序話「蝋の火」
「この世界は闇から始まった……」
視界のまるで利かない闇に、低い声が響いた。
「暗黒に閉ざされた世界に、やがて一縷の光が点り、国が興った」
暗がりの中央に、闇を退けるにはあまりにか細い蝋燭が灯される。
蝋燭を囲って立つのは、数人の人影。
「しかし国の支配者は、ふたたび世界が闇に閉ざされることを恐れ、太陽に沈むことを禁じた。ゆえに……見るがいい、民は四百年も太陽ばかりを見つづけ、すっかり目を眩ませ、まるきり愚鈍なイキモノと成り果ててしまった」
「その通り。……我らにとっては、実に好都合なことに、な」
一人が笑うと、人影は一斉に笑いさざめいた。
「さて、我らが”愛娘”よ」
「――はい」
不意に、細い火が揺れ、人影の足元に新たな人物が平伏した。
「時は来た。今こそお前に与えられた使命を全うするが良い」
短い命令に無言で頭を垂れ、その人物は音もなくその場を辞した。
後に残された人影は、互いに顔を見合わせる。
「ガーサ・シュティッバー。邪魔な総師め……」
数刻後、蝋の焼ける甘い匂いを残して、火は消えた。