第十三話「岐路」
闇の中に灯る蝋燭の火が、戦いたように小刻みに震える。
か細い火に照らしだされた人々の影は、剥きだしの岩肌を右往左往し、そして。
「どういうことだ、いったい……なぜだ、オヴジェウル殿!」
ひとりの影が、泰然と佇む人影に食ってかかる。
「首尾よくあの男を殺したまではいい。だがなぜ、我らの仲間内から――天議長から三人も逮捕者が出て、し、しかも……斬首刑に処されるなど、き、聞いていないぞ!」
詰め寄る人影の背後から、別の人影が「そうだ」と賛同の声を上げる。
「犯行は、かつて宮廷爆破事件を企てた下級民の残党の手によるものということにするのではなかったのか! なぜ、我らの側から……!」
そのほかの人影は、ただ押し黙って、震えている。獄舎で耳にした仲間の無実を訴える悲鳴が、処刑場で上がった断末魔が、今も耳に残り、離れないのだ。
人影に群がられた男――オヴジェウル・ミウリは、暗がりの中で苦笑を浮かべて天議長たちを見渡した。
「申し訳ない。ただ、ガーサ殿と約束をしてしまったのだ。なにがあろうとも、ガーサ殿を、その志を貶める真似だけはすまい、と。下級民を貶めることは、ガーサ殿を貶めることに繋がりましょう」
あまりに場に似合わぬ笑顔に、人影は震えあがり、よろめくように後ずさる。
「なにを……言っているんだ」
「愛娘に調べさせたが、あの三人、ずいぶんと下卑た趣味を持っていたようだ。幼い娘を買って手籠めにする。下級民を気ままに痛めつけ、死体をどぶに捨てる。清廉潔白たれとは言わぬが――少々、あれらを我が同志と呼ぶには、目に余った」
「そ、それだけのことで……殺したと?」
言葉を失う影たちを、オヴジェウルは無表情に眺める。
「我らの私欲によって、あの清らかな、尊き魂を奪ったのだ。二人か三人、こちらも贄を捧げねば、天秤が釣り合いますまい」
オヴジェウルは小さく息をつく。
「別に、誰でも良かった。無論、貴殿でも。ただ、あの三人は貴殿よりも多少ばかり目障りだった。それだけのこと。不服でしたかな?」
金属を撫でたような鋭い音がした。影たちがはっと暗がりに目をやると、闇の中で、愛娘が長刀を鞘から引き抜かんとしているところだった。
「安心めされよ。総師と天議会の不仲は周知の事実。最大の敵であったガーサ殿が不審な死を遂げれば、下級民を犯人に仕立てようとも、自然、疑いの目は天議長に向けられる。なれば、最初から天議長の仕業と世に明かした方が良い。すべての罪を三人にかぶっていただき、残された我らは清廉潔白に政に臨み、一から陛下の信頼を勝ち取っていくのです」
「……しかし――それでは総師の地位が高まるばかりでは」
オヴジェウルは薄ら笑う。
「いいや、総師には、天議会とともに、薄汚れた皮を脱いでいただく」
オヴジェウルの淡々とした言葉に、影たちは息を飲んでその場にひれ伏した。
「心静かに待たれよ。精神的支柱たるガーサ殿を失った総師など、赤子同然。ほどなくして、あっけなく瓦解しよう……」
ふっ、と息を吹きかけられた蝋燭の火が、細い煙の筋を残して消えた。
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魔仲師ガーサ・シュティッバーの葬儀は、その功績を讃えて、国葬として執り行われた。
前皇帝の死去に続き、海明遼国は長らく喪に服すこととなったが、民に不満の声を挙げる者はなく、この日ばかりは下級民が城下町の献花台に野花を捧げることを咎めることもなかった。
そして、葬儀から二週間が経ち、人々がわずかばかりに平静な心を取り戻した頃――その事変はあまりに静かに起こった。
兆しと呼べるものはなにもなかった。特に、宮廷の外にいるメラスには、予兆も、騒乱の喧噪すら、感じとることはできなかった。
最初の異変は、親しい者の姿を借りて、メラスの前に現われた。
「イスティーノ! どうしたんだ、こんな時間に」
その日の夕刻遅く、屋敷を訪ねてきた来訪者イスティーノ・アシュラスに、メラスは驚きながらも歓迎の声を上げた。心優しき魔終師の顔を見るのは、ガーサの葬儀以来、二週間ぶりのことだった。
門前に佇んだイスティーノは、淡い茜色に染まった空気の中で、静かに微笑んだ。
「よかった、メラス。元気そうだ。……悪かった、こんな時についていてやれなくて」
消沈した声に、メラスは目を見開き、微笑んで首を横に振った。
親友の死に、イスティーノがどれほど打ちのめされたか。総師軍の礎とも言えた偉人の急逝に、いかに苦難を強いられたか。それをメラスは十分すぎるほどに知っている。
「私は大丈夫だ。しばらくは大変だったけど、フォレスもずっと側にいてくれたから」
「フォレス様が?」
「ああ。葬儀の前日までずっと」
ガーサが亡くなってからずっと、フォレスは屋敷にいてくれた。マイサが屋敷に戻って来ても、三人の天議長が処刑されてもずっと側にいてくれた。
そのおかげで、二度と、あの絶望的な孤独を味わうことはなかった。それでもしばらくは、ひとり寝台に横になると涙が止まらず、眠れない日が続いたが――今はもうだいぶ落ち着いている。
本当に少しずつではあるが、ガーサの死を乗り越えようとしている。
「……あ、話があるなら、中に。イスティーノ、ひどい顔色だ」
メラスは門を開けて、イスティーノを迎え入れようとする。
だが、彼は中に入ろうとはしなかった。
「いや、今日は様子を見に来ただけだから」
メラスは眉を寄せる。様子がおかしい。
ガーサの死によって敏感になっている心が、イスティーノのかすかな異変も見逃さずに捕え――自然、口端から笑みが引いていく。
嫌な予感がした。
「お別れを言いに来たんだ、メラス」
その言葉はあまりに自然に零された。
「……え?」
メラスは唖然とし、不意にイスティーノの背後、姿が見えるか見えないかぎりぎりの場所に、幾人かの兵士が佇んでいるのに気づいた。
まるでイスティーノの監視するように、槍を片手に、こちらに注意を向けている。
「イスティーノ……?」
不安に駆られ、ぽつんと名を呼ぶと、イスティーノは赤く焼けた空を背に、困ったように微笑んだ。
そのやつれた微笑を見て、なぜだかメラスは急に泣きたくなった。
小さい頃から、イスティーノの空気に溶けこむような優しい笑顔が好きだった。その気性を表すように穏やかで、優しく、気高さに溢れ──なのに今はどうだろう。気高さどころか、そのまま空気に溶けこみ、消えてしまいそうな、そんな儚さが……。
「我が軍に国家反逆罪の嫌疑がかかり、私は国外追放処分となった」
メラスは目を見開き、数秒遅れて、震える唇を開いた。
「なんだよ、それ……!」
その問いかけには答えず、イスティーノは一通の書簡を手渡してきた。
「フォレス様が良いと言ったら開けてくれ」
「イスティーノ!」
イスティーノは半ば強引にメラスの手に書簡を握らせる。
そして、ひどく冷え切った両手で、メラスの手を書簡ごと包みこんだ。
今さら、気づく。イスティーノの手は赤く腫れあがり、爪が――指の爪が剥がれ、真っ赤な肉が外気に晒されていた。
息を飲むメラスの瞳を、イスティーノは怖いほど真摯に覗きこんでくる。
「メラス。なにが起ころうとも、胸に抱いた信念に違うことなく、真っ直ぐに道を進むんだ。できることなら、俺もそれを側で見届けたかったが――遠い地で、君の行く末に幸あらんことを祈っている」
「そんな、どうして急に。国外追放ってどうして! なんだよ、この手……まさか拷問されたのか? なんでこんな、ひどいこと――」
イスティーノは答えない。悔しげに歯を食いしばり、メラスの手を包みこむ両手を震わせるだけだ。それがメラスには理解できなかった。一体なにが起きたのか、なにがイスティーノからあの優しい笑顔を奪っていったのか。
「前皇帝とガーサの死が、この国の中枢を一挙に変えてしまった。くれぐれも用心するんだ。海明遼国はすでに以前の状態ではない。つい先ほどまで、天議長たちは、厄介な存在ではあっても、脅威ではなかったはずなのに――ほんのいっとき目を離した隙に、天議会は手に負えない悪鬼と化した」
「イスティーノ……」
苦渋にかすれた声で、イスティーノは呟いた。
「この国を――海明遼を、救ってくれ。焔の髪を持つ娘……」
茜色の空が、じわじわと夜の闇に浸されていく。
メラスは兵士に連れられ、高級街を去っていくイスティーノの背を見つめる。
その姿が闇に溶けこみ、消えてしまってから、メラスはきっと北東の空を睨んだ。屋敷に戻り、マイサが止めるのも聞かずに上着を掴んでふたたび外に飛び出し、街灯の灯りはじめた高級街の道を全力で駆ける。
向かうのは、支初師ファイファンダ・ファイフォンドの屋敷だ。幾度か、ファイファンダに招かれて訪ねたことがあるから場所は分かっている。ファイファンダに会えば、きっと魔終師になにが起きたのか、詳しい話が聞けるはずだ。
そのはずだった。
支初師の屋敷に着いたメラスを迎えてくれたのは、真っ赤に目を腫らした侍従たちと、深く項垂れている支初師補佐エレンバンスだけだった。
「メラス……」
訓練で顔馴染みとなった若き補佐エレンバンスは、苦悶に満ちた顔をメラスに向ける。
「あの……ファイファンダに会いに。イスティーノが……魔終師が――」
異様な雰囲気に圧倒され、言葉がうまく紡げない。
エレンバンスは静かに息をつき、侍従たちに声をかけてから、門前に出てくる。眉を寄せたままメラスの背を叩き、歩くように促す。
「俺もいま来たところだ。初師は城下街の酒場にいるらしい。お前も一緒に来てくれ」
「酒場? でも、ファイファンダ、あまり酒は強くない……」
エレンバンスは筋骨たくましい大男だ。だが、今はどこかいつもより小さく見えた。
「多分、俺では初師を止めることはできない。力を貸してくれ」
酒場がひしめく城下街の歓楽街は、続いた悲報を乗り越え、普段通りの賑わいを取り戻しつつあった。それでも酒場の一軒一軒には、喪中を意味する黒い旗が掲げられ、人々の顔もどこか暗い。
その中で、一軒だけ、遠慮もなにもない喧噪を外にまで漏らしている酒場があった。
メラスは扉を前にたじろぐ。通りからも分かるほどの異常な賑わい。通行人たちも怪訝な面持ちで、酒場を遠巻きに歩いている。
「ここに、ファイファンダが……?」
思わず傍らのエレンバンスに問うと、補佐は小さく息をつき、扉を押し開けた。
途端、強烈な酒の匂いと一緒に、耳を弄する喧噪が弾け、メラスは顔を顰めた。
広々とした酒場の中は、顔を真っ赤にした酔っ払い客でひしめいていた。杯を手に、千鳥足で歩く客、喧噪に負けじと声を張り上げては、笑い転げ、泣き崩れている。
そして、酔いどれたちの中心に、大声で歌を唄っている老人がいた。
「あーあ! そっれはー、そっれはー、ほろ苦い青春のー!」
メラスは脱力のあまりにへたりこみかけた。
酒場の中央、円卓の上に立ち、酔客の歓声を浴びながら、陽気に歌う老人。
海明遼国の偉大なる支初師ファイファンダ=ファイフォンド。
「お、と、こ、は、まっことにー、悲しい生き物なんじゃー、ときたもんだ!」
メラスは拳を握り締め、「爺さん!」と気付いたら叫んでいた。
瞬間、うるさかった酒場が水を打ったように静まりかえった。
「おう! おうおうおう!? その声は……わしの可愛いメラスー!」
静寂の中、ファイファンダがメラスに気づいて嬉しそうに笑いだした。
それが引き金となった。
呆けていた酔客たちが一斉に目を見開き、雪崩となってメラスに押し寄せてきた。
「メラス!? って言うと、ガーサ仲師の娘か……!」
「今回は気の毒だったな――!」
「どうだ、一緒に酒でも……そら、ここに座れ! 座れよ!」
度を越して酔った男たちは、我を忘れてメラスの腕やら肩を乱暴に引っ張った。
「ちょ、い、痛いって、放せ!」
「なにをする、手を離せ、酒が過ぎるぞ!」
エレンバンスが制止に入るが、人数が人数だ、メラスはあっという間に無数の手に掴まってしまった。なまじ抵抗したものだから、手や胸ぐらを掴む手には過剰な力が籠り、痛みとともに目が眩むような苦しみが襲いかかって来た。
「ま――くるし……っ」
そして、ついには床に引き倒されそうになった、そのときだった。
「おやめなさい、見苦しい!」
酒気に霞む店内に、凛とした声が響きわたった。
メラスを掴んでいた手が一斉に離れる。メラスは床に膝をついて、激しく咳きこんだ。
「大丈夫か、メラス!」
人々を掻き分けて、ファイファンダが駆けつけてきた。その顔は焦りに歪み、すっかり酔いは醒めているようだった。
「怪我は? メラスちゃん」
体を支えてくれるファイファンダとエレンバンスの背後から、ふたたび声がする。メラスは顔を上げ、久方ぶりに見るカイ補佐の呆れたような顔を見つめた。
「まったく! 酔いは醒めたかしら、支初師!? こんな情けない姿を晒してもう!」
カイはいつもの気の強さで天下の支初師を叱りつけ、ふっと微苦笑を浮かべた。
酒場の後処理をエレンバンスに任せ、メラス、ファイファンダ、カイは小川沿いの夜道を並んで歩いた。
「まったくもってすまない、メラス。わしはなんという醜態を晒したものか――」
「もういいって。気にするな」
打ちひしがれるファイファンダの丸まった背を、メラスは苦笑しながら叩く。酒場を出てからもう何十回も謝られている、怒る気力はすでになかった。
「いい大人が。仮にも一国の支初師が。ああ、恥ずかしい」
カイの方はメラスほど優しくなく、だいぶ容赦がない。
「そういうお前さんはどうして酒場に。お前さんも酒を呷りに来たのかね」
「まさか。私はメラスちゃんに会いに、ガーサの屋敷を訪ねたんです。そうしたらいきなり出て行ったと言われ……慌てて探していたら、エレンバンスといるところを見かけたので、慌ててついてきたんです。そうしたら、あの馬鹿騒ぎ! 呆れて物も言えません」
「十分、物を言っておるよ……」
「十分! 十分の意味をご存じかしら、こちらの支初師様は!」
賑やかに言い争う二人を呆然と見つめ、メラスはふと足を止める。
「メラスちゃん?」
気づいたカイが振りかえってくる。
「カイ補佐も、私に会いに来たのか……?」
ふたたび脳裏をかすめる予感。イスティーノもメラスに会いに来て、そして別れを告げたのだ。カイが会いに来た理由が同じでないとどうして言えるだろう。
カイはファイファンダと顔を見合わせ、悲しげに微笑した。
「ええ。メラスちゃんにお別れを言っておこうと思って」
やはり。言葉を失い、途方に暮れる。カイは「なぜ」と問うこともできないメラスを見つめ、陽気を装って口を開いた。
「実は、流都国との国境にある砦に、辺境警備兵長として赴任することになったの。補佐として残ることもできたんだけど……ガーサがいないのに、私だけ魔仲師軍に残る気にはなれなくて、自分から解任を願い出たのよ」
カイは小さく息をついて微笑み、メラスの頬を優しく撫でた。
「メラスちゃんが元気そうでよかった。会いに行けなくてごめんなさい。ガーサのことは……残念だったわ」
メラスは不意に涙が込み上げそうになるのを感じ、慌てて顎を引いた。
「カイ補佐も……お辛かったでしょうね」
たどたどしく言うと、カイは笑みを消してうなだれるが、ふっと物憂い感情を振り切るように晴れやかに笑うと、メラスの肩をぽんと叩いた。
「もうしばらくは海明遼国にいるから、困ったことがあったらいつでも屋敷を訪ねてね。じゃあ――ファイファンダ初支師、私はこれで失礼します」
「ああ。道中、気をつけてな」
カイは立ち尽くす二人に深々と礼をし、身を翻した。その背が夜陰に紛れるまで見送ってから、残されたメラスとファイファンダはまた歩きはじめる。
沈黙が積もる。
気まずい沈黙だった。
メラスはもう気づいていた。
ファイファンダもまた、メラスの元から去りゆこうとしていることを。
「メラス」
ガーサの屋敷が見えるころになって、ようやくファイファンダが口を開いた。
メラスは唇を噛みしめて涙を堪え、なるたけ平静を装い「ん?」と問いかえした。
「わしの屋敷を訪ねたのは、イスティーノのことを聞きたかったんじゃろう?」
ファイファンダが言いながら足を止める。
メラスもまた足を止めて、老いた軍師を振りかえった。
「……うん。というか――爺さんも、どこかに行くんだな?」
その察しの良さに苦笑し、ファイファンダは深くうなずいた。
「本日付で、支初師を解任となった。オールアーザ皇帝陛下より直々の辞令でな。解任の理由は老齢だそうだ。おお、すっかり忘れていたが、確かにわしは足腰のすっかり弱った老人であったわい」
おどけたように肩を竦めるファイファンダ。
「イスティーノ殿はの、魔終師軍内に国家反逆を企てた者が出た咎で、責任を追及され、国外追放を命じられた。首謀者とされる十三人、魔終師補佐はすでに処刑されたが、公式発表がされるのはまだ先になるじゃろう」
淡々と、恐ろしい事実を口にするファイファンダ。
先ほど晒した乱痴気騒ぎとの落差があまりに激しく、メラスは打ちのめされる。
「私は……行かないでくれとは、言っちゃいけないのか? ファイファンダ」
ファイファンダはひどく悲しげに顔を歪めた。
その問いには答えなかった。
「メラス。これを」
ファイファンダは懐から書簡を取り出し、メラスの手に握らせた。それは魔終師が爪の剥がれた手で握らせてきたものとよく似ていた。
「ガーサは、未来のある男じゃった。惜しい男を失った……」
支初師の皺の刻まれた掌が、メラスの赤い髪を撫でる。
「寂しかったろう、メラス……」
イスティーノとは対照的な、悲しくなるぐらいの温かな手。
ファイファンダは項垂れ、壮健な肩を震わせる。
「かわいそうにのう。かわいそうにのう……」
そう言って、老いた軍師は何度も何度もメラスの頭を撫でた。
メラスはどうしていいか分からず、溢れる涙を拭うこともできず、ファイファンダの老いてなお屈強な体に縋り、泣いた。二人で、体が芯から凍えてしまうまで、いつまでも。
数日後――総師六名、総師補佐六名のうち、半数以上となる八名がその座を下ろされたことが公式に発表された。
襲撃によって死亡した、魔仲師ガーサ。
自ら解任を願い出て、辺境警備兵長の任についた魔仲師補佐カイ。
軍内に国家反逆者が出たことの責を取って、国外追放を命じられた魔終師イスティーノ。
国家反逆を企てたとされ、斬首刑に処された、魔終師補佐イーダ。
老齢を理由に解任となった、支初師ファイファンダ。
自ら解任を願い出て、海上警備隊の任についた支初師補佐エレンバンス。
そのほか、支仲師ユェンサラン及び補佐ラメッサもまた、国家反逆を企てたという理由で、数人の軍人たちとともに処刑された。
同日、天議会議員百五十名のうち、天議員三十五名がその地位を剥奪された。理由は、総師とともに国家反逆を企てた、という理由であったとされる。
以上、四十二名は、数日内に宮廷から姿を消し、そして――。
「いよ! メラス、久しぶりー!」
安寧の国に次々と降りかかった惨事に、民がいまだ動揺から脱け出せずにいた晩夏のある日、いつもと変わらぬ能天気面のフォレスが、いつもと同じく屋敷の窓から現れた。
忙しく荷造りをしていたメラスは、窓を振りかえって、久方ぶりの親友の来訪に破顔する。
「フォレス! 久しぶり。元気してたか?」
フォレスはしかし挨拶もそこそこに、窓枠に腰かけたまま、にやりと笑った。
「時にメラぷっぷ。お前、今後の身の振り方、もう決めた?」