小説(長編小説)王宮の自動人形|第二章 13



第十四話「行くべき道」

 ――お前、今後の身の振り方、もう決めた?
 フォレスが窓辺に現われるのと一緒に、秋の気配を感じさせる涼やかな風が吹きこんできて、メラスは笑んだ。
「ああ。ガーサの知人夫妻が、私を引き取ってもいいと言ってくださっているんだ。中級民で、武官輩出の家柄らしい。……と言っても、まだ、ガーサの養女ではなくなった私の身分がどこに落ち着くのか分からないから、それが可能かどうかも分からないんだけどな」
「なるほど。で、メラスは、その夫妻のところに行くのか?」
 行くのか、とは、まるでほかに選択肢があるかのような問いだ。
 メラスは、まだ胸の奥でくすぶる鋭い痛みに眉を寄せながら、物がなくなって寂しくすっきりとした室内を見渡した。
「……いつまでもここにいるわけにはいかない」
 この屋敷は、ガーサ・シュディッバーの所有物ではない。魔総師であるガーサに対し、国が与えた国有物だ。ガーサがいなくなってしまえば、たとえ家族が残されていようと、その家族に居住権は存在しないのだ。
(マイサもそれは同じ……)
 使用人も国から派遣されたもの。すでに侍女長のマイサとは別れを済ませてある。マイサはメラスが去った数日ののち、屋敷を国に明け渡すことになっている。
 この屋敷に次に住むのは、次代の魔総師だ。
「その夫妻のところに行って、どうする気だ」
 感傷的になるメラスとは正反対に、フォレスは感想を返すでもなく、淡々と質問を重ねてくる。
 メラスは荷造りの手を止め、窓辺に座るフォレスを真っ直ぐに見上げた。
「総師選に、出たいと思っている」
 その決意を告げるのに、もはや迷いはなかった。
 フォレスからは相変わらず、反応らしい反応がない。
 だから、メラスは息を吸いこみ、もう一度、口を開いた。
「ガーサは、私を総師軍の一員にするため、何年もかけて、私に知恵と技を注ぎこんでくれた。私はその想いに応えたい」
 本当は――ガーサが属する魔総師軍に入り、ガーサの傍らで彼を支えたかった。
 だが、それはもう叶わない。だから、ガーサや、ファイファンダ、イスティーノ、カイ補佐のように、崇高な志を持つ次代の総師に仕え、その下で、己自身の願いと、ガーサがついに遂げることのできなかった想いを成就させたい。
 下町の民を、壁の内より救いだすこと。
 下級民を、泥の底から救済すること。
 その、二つの想いを。
「総師軍の一員となる。それが、メラスの見い出した未来?」
 問われ、メラスはうなずく。
「もちろん、夫妻の許可を得なければならないし、資金も稼がないといけないし……そもそもそんなことが許されるのかどうかすら、分からないけど」
 苦笑が漏れる。今の状態では捕らぬ狸の皮算用とやらでしかない。
 だが、フォレスは笑わなかった。
「ガーサが望んでいたのは、本当に、メラスが総師軍の軍人になることだったと思うか?」
 突然の言葉に、メラスは「え?」と首を傾げた。
 フォレスは怖いぐらいに真剣な顔をしていた。
 これまで感じたことのない、皇族の底知れぬ覇気を垣間見た気がして、自然、姿勢が改まる。
「メラス。ガーサは、お前が総師そのものになることを望んでいたんだ」
「総師……そのもの?」
 それはつまり―― 一軍人などではなく、総師軍を束ねる六軍師のひとりにするという意味か。
 淡々と語るフォレスを、メラスは信じられぬ思いで凝視する。
「今回の事変によって、総師、総師補佐の八席、天議会の三十五席が空席となった。ゆえに、今後、過去に類を見ない規模の「総師選」、「誉世挙」が実施されることになる」
 誉世挙とは、なんらかの理由で空席となった天議会議席を埋めるために開かれる議員選抜試験であり、総師選とは、次代の軍師と補佐の決定、及び不足している軍人の補充のために開かれる武術・学術試験のことである。
「本来なら、空席が出た時点ですぐに試験が実施されるが、今回はあまりに規模が違う。だから、まず先に「誉世挙」が行われる。次いで、「総師選」が行われるが、総師選の実施は、早くて半年後だ」
「半年後……」
「総師選参戦のために必要なものは、すべてこちらで揃える。半年あればどうとでもできる。だから、あと必要なのは、メラス。お前の覚悟だけだ」
 メラスは息を飲み、室内に射しこむ、晩夏の日差しを見つめる。
「私が……総師に?」
「そう。正確には、魔総師に。メラスは生まれついて、炎の力を操れる。精霊の力を持つ者は、絶対数が少ないからな、力の程度に関わらず重用されるんだ」
 そう言って、フォレスはやっと表情を緩めた。
 皇族の底知れぬ覇気、メラスがそう感じたものは、どうやらただの緊張だったようだ。フォレスは言うべきことを言って安堵した様子で、ほうっと肩を落とした。
「言ってて怖くなるよなあ。ガーサの奴、あーんな温和な顔しといて、こんな過激なこと考えてんだから。下町の娘を、国を支える総師に据えようなんて……大胆大胆」
「で、できるのか? そんなこと。だって、私、もともと海明遼国の民ですらないんだぞ? そんな私が、一軍人ではなく、総師そのものにだなんて――!」
 フォレスの砕けた口調につられ、メラスもようやく不安を露わにする。
「問題ない。法的には」
「法的には」
「お前は今でも高級民のままだ。養父が死んだことで、地位が剥奪されるといった法律はどこにもない。もっとも、保持したままでもいいって法律もないんだけどな! なら、面倒くさいから、もー高級民のままでいいんじゃん、てことで!」
「ちょ、それ詐欺だろ!」
 フォレスは物騒に笑う。
「ガーサが死んで、ずいぶん日が経ったってのに、なんで誰も、お前を高級街から追い出さないと思う? 指針を示してくれるはずの法律がないからだ。誰も対処法が分からず、放置しておくほかない」
「まさか……そんな」
「ついでに言うと、今、宮廷は相当ごたごたしてるからな。お前の存在自体、頭からすっぽ抜けちまってる」
 メラスは絶句する。
「……大丈夫なのか、この国。そんなんで」
「大丈夫じゃないよ」
 フォレスは笑う。
 だがその黒い瞳は少しも笑っていない。
「大丈夫じゃない。この国は、もうずっと」
 メラスは目を見開き、そして眉を寄せた。


 この国を――海明遼を、救ってくれ。焔の髪を持つ娘……。


 国を去る直前、イスティーノがメラスに残した言葉。あの言葉の意味を、メラスはまだ理解できずにいる。
 メラスは宮廷の外にいる。
 かつてガーサとともに越えた、宮廷と高級街を隔てる六壁六門。あの向こうで、フォレスや、イスティーノは、いったいどんな景色を見ているのだろう。なぜイスティーノは、下町の民や下級民ではなく、海明遼を救ってくれと言ったのだろう。なぜフォレスは己の国を大丈夫ではないと言うのだろう。
 メラスは、知らない。
 ガーサが殺されねばならなかった理由も、多くの総師と天議会議員が処分された今回の事変の原因についても、なにひとつ――。


 あなたさまは、なぜ下町などというものあるのか、お分かりか?


 いつか路地裏で会った辻占い師の不吉な言葉。
 ああ、そうだ。自分は下町がいったいなんなのかすら、いまだに知らずにいる。
 そして、それらの答えはきっと、六壁六門を越えた海明遼国の心臓――宮廷にある。
「総師を目指せとガーサが言うなら。それが本当に可能だというのなら」
 メラスは唇を噛みしめ、座した膝の上で拳を握りしめる。
「私は――総師になる」
 口にした途端、体の奥底で紅蓮の炎が激しく燃え上がった。
 熱風が体の中を駆け巡り、冷え切っていた体の末端にまで熱をもたらす。
 熱い。体が、焔になったみたいだ。
 炎はメラスに告げる。立ち上がれ、と。
 立ち上がれ。立ち上がれ。
 悲嘆に暮れていた幼い頃、メラスはその声に従い、立ち上がった。
 そして、越えたのだ。
 己を閉じこめる、絶望的に高い、あの壁を。
(次に越えるのは、宮廷を閉ざした、あの六壁六門)
 メラスは息を飲みこみ、フォレスと顔を見合わせた。
「――総師選はただでさえ難関だが、メラスにとってはさらに厳しい試験になる」
 フォレスはどこか嬉しそうに笑み、語りはじめる。
「ひとつは、身分。法的に問題がなかろうが、心情的には別だ。お前の出自に反感を抱く者は多いだろう。いや、ほとんど全員が反発すると思っておくべきだ。だが、ガーサの死によって、民ばかりかオールアーザ皇帝までも、ガーサが抱いた志に強い関心と共感を抱いている。早いうちに、ガーサの養女であるお前が、「ガーサの遺志を継いで総師選に出る」と宣言すれば、世論はある程度までは味方についてくれるはずだ。皇帝の心情もメラス支持の方向に傾くだろう」
 丁寧な説明に、メラスは熱心に聞き入る。フォレスはメラスを総師選に出すために、ひそかに思案を巡らせてきてくれたのだ。メラスが「総師を目指す気はない」と言えば、無駄になるだろう調べものをたくさんしてくれたに違いなかった。
 フォレスの想いを、無駄にしたくなかった。
「ひとつは、女であること」
「女であること……」
「女人が総師になるということは、海明遼国ではまだ例がない。カイ補佐の例はあるが、カイはちょっと別格だった。総師選では群を抜いて好成績だったし、それに推薦状──ああ、総師選では身分を問わないかわりに、推薦状が有利に働くんだが、その推薦状の数が尋常でなかったんだ。成績と推薦状の数だけでいえば、カイが魔仲師、ガーサが補佐であってもおかしくなかったが、女人ということを加味し、補佐の座に収まったんだ」
 そうだったのか。メラスは初めて知る事実に目を見開きながら、うなずく。カイの優秀さは端で見ていても十分すぎるほどに分かる。
「ひとつは、お前に前科があること。正直、これが一番まずい。……が、「国を正すために前皇帝に歯向かった下級民の娘」というのは、使い方次第では武器にもなる。これは、メラスという娘がいかに正義感溢れた人物か、ってのを広報するために活用する」
 なんとも詐欺臭いことを言ってから、フォレスはふと表情を改めた。
「あと……実は、お前の出自が分かった」
 さらりと、しかし躊躇いがちに言われ、メラスは一瞬、理解できない。
 数秒経ってから、愕然として口を開いた。
「出自って……え!?」
「お前の両親が誰か分かった」
 フォレスは今度こそ言葉を失うメラスを見つめ、黒い道着の懐から折り畳んだ紙を取り出した。
「ガーサがひそかに調べていた。メラスは下町で生まれたのか、それとも、下町の外で生まれ、その後、なんらかの理由で下町の孤児院に引き取られたのか。……ガーサはずっと疑問に感じていたんだ。「リュマーラメラス」という名前は、身分の低い人間がつける名じゃない。明らかに、身分上位の者の名だ」
 名前の由来など考えたこともない。
 メラスは下町の孤児院で育ち、親がいない子たちとともに成長した。
 両親が下町の外になんらかの身分を有していた人物だなんて、一度も――。
「これはカイ補佐から預かったものだ。数年かけて調べた成果が記されている。見るか?」
 メラスは、以前、ガーサが不審な挙動をとったことを思いだす。ガーサの私室に飛びこんだら、ガーサが慌ててなにかを隠し、傍らにいたカイ補佐がやんわりとメラスに部屋を出ていくように言った――あのとき。
「実の……親」
 不思議と、なんの感動も湧いてこない。実の親と聞いても、心に浮かぶのはガーサの笑顔だけだった。ガーサがメラスに内緒で調べてくれていた。その事実が心に突き刺さり、涙が出そうになる。
「フォレスは、中身を見た?」
「見たよ」
「それは、もしも総師選で私が下町の――いや、下級民の出自であることを言及されたとき、有利に働くものか?」
「ああ。働く」
 メラスは唇を噛みしめ、丁寧に畳まれた紙を受けとる。
「ひどい話だよな。本当の親が分かったっていうのに、なにも感じないんだ。どうしても、ガーサのことしか頭に浮かばない」
 フォレスは笑い、紙を開けぬままに動きを止めたメラスの手に、自分の手を重ねた。
「それでいい。これは必要なときに見ればそれでいいものだ。ただ、自分を生んでくれた両親に感謝し、大事に心のどこかにしまっておけ」
 そう言って手を離す。メラスは少しだけ体温を帯びたような紙を胸に抱いた。
「うん、そうする」
 もしかしたら、本当の両親のことは、総師選に役立つばかりではなく、下町の秘密を探る手立てにもなるのかもしれない――。
「じゃ、最後にこれだ!」
 と、フォレスはいきなり声を上げて話題を変えた。
 きょとんとすると、フォレスはほとんど荷造りの済んだ室内を見渡した。
「書簡、預かってないか? ファイファンダの爺さんと、イスティーノから」
 メラスは瞳を瞬かせる。
「預かってる。フォレスが良いと言ったら開けてくれって」
「開けていいよ」
 あっさりと言われ、メラスは荷物の奥深くに仕舞った二つの書簡を慌てて取りだす。ずっと気になっていたのだ。けれど、フォレスと会う機会はなかなかなくて。
 二つとも、豪奢な装丁の巻き物だ。
 繊細な色使いの紐を解き、そっと巻き物を引きだすと、そこには見事な達筆で文章が連ねられていた。
 これは――。
「推薦状だよ」
「推薦……状?」
「さっき、言っただろ。総師選で有利になるって。前支初師ファイファンダ=ファイファンド、前支初師補佐エレンバンス=アリギュレ。師武官庁長タイガル=ラーグ。前初師軍師第一から第六団長ら、それから魔導研究所の学者たちが数名、連判をくれてる」
 メラスは息を飲んで、巻き物に連なる無数の名と朱印を凝視した。
「イスティーノの推薦はないけど、彼は軍内から国家反逆者を出した責任をとって、国外追放となった身だ。推薦すれば不利を招く。かわりに、魔導研究所の学者たちの推薦を受けれるように、交渉をしてくれた」
 胸が詰まって、メラスは目を伏せた。
 拷問によって爪のなくなった手で、メラスに書簡を託したイスティーノ。泣きながら、同じように推薦状を手に押しつけてきたファイファンダ。
 どれほどの想いと信頼が、この書簡に詰まっていることだろうか。
「そう……か」
 メラスは泣き笑い、書簡を両手で握りしめる。
「そうか……」
「で、最後にこれは俺から!」
 気鬱な気持ちを吹き飛ばすように明るく言って、フォレスは懐から取り出した書簡をメラスに放った。手の中に飛んできたそれをおろおろと受け止め、困惑する。
「こ、これは……えっと」
「推薦するよ、お前を。メラス」
 メラスは目を真ん丸にした。
「フォレスが? 私を?」
「そう。皇族が個人を贔屓しちゃ駄目ですよーっていう暗黙の了解があるんだけど、放浪皇子の俺がそれに従う義理はないってもんで。まあ、受けとっておいてよ。こんなんでも、一応、皇族からの推薦だぜ? めっちゃ有利! ……いや、不利かもな」
 おどけておきながら、最後に己の宮廷内での微妙な立場を思い出してか、真顔になって悩むフォレス。
 メラスは途方もない嬉しさと心強さとで、今度こそ目元を潤ませた。
「フォレス、お前……お前って奴は――!」
「感謝の気持ちは、ほっぺにキスでお願いします!」
「やだよ」
 おどけて片目を閉じてみせ、フォレスは胸の前で両腕を組んだ。
「それより……分かってるな、メラス。今回の総師選、恐らくは尋常なものとはならない」
「ああ。今回の、イスティーノやファイファンダの一件は、天議会が仕組んだものだろう?」
 フォレスは神妙にうなずく。
「多分な。はっきりしたことは分からない。今、宮廷内は混沌としている。これまでは、天議会がどれほど好き勝手をしようと、皇帝と総師が両脇を固め、天議会の動きを封じていた。だが、それももうない。新たに玉座についた皇帝はまだ経験が浅いし、なにより、総師がここまで歯抜け状態では――」
「まともな総師選にはならない、か?」
「総師選自体は、皇族が管轄する。公平に執り行われるはずだ。メラスを推挙する分、俺は総師選の運営に関われないが、公平さについては心配しなくていい。ただし……恐らく、天議会は、今回の総師選に、己の親類縁者、あるいは手の及んだ人間を、大量に投入してくるだろう」
 なるほど。総師の半数以上を決める総師選。敵対関係にある総師の座に、天議会側の人間を据えてしまえば、もはやそれは天議会の一部となったとしても過言ではない。
「推測にすぎないが、天議会は、大規模な総師選、誉世挙を行い、駒をすべて天議会のものにすげかえるために、今回の事変を起こしたと考えられる。だとしたら、総師選、誉世挙に出す人選は、かなり前から準備していたはずだ」
「このために――イスティーノたちを貶めたと?」
 フォレスはうなずく。
「とはいえ、さっきも言った通り、選抜自体に不正はない。推薦状の有無で、多少の有利不利はあるが、結局は本人の実力だ。でも一応、天議会の動きには気をつけておいてくれ。特に、総師選開催までの一年、命を狙われないとも限らない」
 メラスは顔を歪める。天議会のいやらしさに反吐が出そうだ。
「そんな顔すんなって!」
 嫌悪感も露にしたメラスに、フォレスは苦笑した。
「偏見は持つなよ。議会と言ったって、その人数は百人を超えるんだ。いい奴もいる」
「……ううん」
「観察眼を養うんだ。相手がどのような人間かは、目を見りゃ、だいたい分かる。腹黒い奴、馬鹿な奴、頼りになる奴、味方になる奴……」
 メラスは眉を寄せる。確かに――天議会の人間だからというだけで疑いの眼を向けるなら、それは下級民に対する差別となんら変わらないだろう。
「肝に銘じる」
 しっかりとうなずくと、フォレスはにっと笑い、突如、勢いよく窓枠から室内に飛び降りた。
「よーし、ってことで、小難しい話はここまで! あとはそうねえ……総師選に向け、いっちょ手合わせでもします?」
「手合わせぇ?」
 メラスは思わず不審顔になった。
 手合わせというと、武術の手合わせという意味だろうが、この七年間、フォレスと手合わせなんぞ一度もしたことがない。
(いや、そもそもこいつ、武道はできるんだろうか)
 木登りしているところと、ル=レイ老師から逃げ回っている姿しか見たことがないが。
「なにかな、その疑いの眼は」
「いや、だって……フォレス、手合わせなんてできるのか?」
 疑念たっぷりに言うと、今度はフォレスが目を丸くした。
「なに馬鹿言ってんだよ! 俺は皇族だぞ! 小さい頃から武術に学問、徹底的に習わされてんの!  超エリートなの!」
「よく言うよ! 学校中退したくせに!」
 言い返してやると、フォレスは「ほう」と粗野な笑みを浮かべ、指の骨をぽきぽきと鳴らした。
「だったら、中退エリートが、お前の伸び切った鼻をへし折ってやることにしましょうかねえ……?」
 メラスは深緑色の瞳を輝かせ、同じく勢いよく立ち上がった。
「ようし、表出ろ、中退皇子。だらけきった肉体、叩きのめしてくれる!」
 二人は顔を見合わせてにっと笑い合い、両の拳を打ち鳴らした。


 それは、夏の終わり。
 宮廷内の混乱がいまだ解けぬ晩夏の、穏やかなひとときであった……。