小説(長編小説)王宮の自動人形|第一章 序



序話「騒動の兆し」

 それは冬も間近に迫った、肌寒い早朝のことだった。
 朝日が昇ってまだわずか、数刻もせず参内するであろう官吏を迎えるため、宮仕えが慌ただしく開廷の準備を整える中、宮廷の隅にある古蔵の一つが、突如、火の手を上げた。
「なんだ!?」
「蔵だ! 火の手が上がったぞ!」
 次々と駆けつける宮仕えたちを前に、蔵を呑みこんだ赤々とした炎は、まるで生きているかのようにその身をくねらせた。
「支終師、いや、魔仲師殿を……!」
 その時、誰かが悲鳴を上げた。
 視線を巡らせ、声の出所を探していた宮仕えは、燃えさかる蔵の内部に目を留め、驚愕した。
 轟々と荒れ狂う炎の中に、少女がひとり立っていた。
 その、鮮明な紅。
 それは、蔵を燃やす炎の色であると同時に、熱風を受けて激しくひるがえる、少女の髪の色でもあった。
 赤い髪の少女は、集まった人々を泰然と見つめ、言い放った。
「我が名は朱燬媛士しゅきえんし。愚かな海明遼の王より、この地を救いにきた!」
 そして少女は烈火のごとく、獰猛な微笑を浮かべた。


 ケナテラ大陸中央部に位置する文明国家、海明遼かいめいりょう
精霊王かみの一族」たる皇帝が支配するこの国は、他国に類を見ない厳格な法律と、絶対的な階級制度によって統治されていた。騒乱はおろか、重犯罪と呼べるものすら存在せぬ平穏の国。歴史書に一点の墨痕すら残さぬ潔癖の御世は、民草に「国家四百年の安寧」と称された。
 しかし全ては、灼熱に焼き尽くされる。
 新暦九百八十四年。
 焔とともに、ひとりの少女が宮廷に舞い下りた。
 それがやがて巻き起こる、国家四百年の安寧を揺るがす騒乱の兆しであることに、その時はまだ誰一人として気づく者はなかった。