「それで、それで?」
カッカトーランはうずうずと話をせがむ。
ハージブは鼻白み、「お伽話のように劇的な展開は期待なさらぬように」と念を押した。
「頭領はひどく苛立っていました。近ごろ、スカルトーガの兵士たちが頭領の周辺を嗅ぎまわっているらしく、『うっとうしくてかなわない。俺が犯人なら、領主は殴るに留めず、殺してるっていうのに』と鼻を鳴らしていました」
盗賊の頭領らしく、立派な体格の男だった。
覗き穴に背を向けていたため、顔立ちは分からないが、夕日を浴びた砂漠のような肌色に、紅蓮の装束をはおり、頭には「何者にも属さぬ」を意味する黒いターバンを巻いている。
声は陽気にふるまっていたが、根底にぞっとするような冷徹さを感じさせ、覗き部屋のなかでタジ族は身を硬直させた。
「『誰が盗人かはわかっているのか』と娼婦が頭領に問いました。まさに、私たちもそれを聞きたかった。すると……その」
よどみなく話を続けていたハージブが、そこではじめて言葉を濁した。
身を乗りだすカッカトーランに目をやり、眉間に皺を刻む。
「盗難事件のあった日から、〈カララックの牙〉の支団のひとつ、〈五尾の蠍〉の行方が分からなくなっているのだそうです。頭領は、彼らが関係しているのでは、と疑っているようでした」
「盗賊団〈五尾の蠍〉?」
カッカトーランは首をかしげた。
どこかで最近、そんな名前を聞いた。
そう思った瞬間、スカルトーガの門前市場で、屋台の店主に聞いた話が、光が閃くようによみがえった。
――どっかの盗賊団が〈金貨〉を連れてるってんで、噂になったことがありましたね。〈金貨〉はともかく珍しいから、どこで手に入れたんだろうか、と噂になったんです。
――なんだったかな、ええと……ここまで出かかっているんだが。あー……そう、四尾だか、三尾だか、その……蠍がどうとか。
「〈五尾の蠍〉は、構成員五人の小さな盗賊団です。盗みの手口は、一言でいえば『残忍』。隊商を襲い、荷を盗むだけでは飽き足らず、男は嬲り殺し、女は犯して殺すことから、彼らなりの流儀や美学を持つ〈カララックの牙〉よりも恐れられていた」
「その〈五尾の蠍〉が、盗難事件から行方をくらましている、か」
カッカトーランは呟き、ふとハージブが隊商宿の方に視線を向けたのに気づいた。
ハージブもまた、カッカトーラン同様、金貨のことを気にしたのだと察する。
「浴場でも金貨のことを気にしていたな。なにかあるなら言ってくれんかの?」
ハージブは気難しい顔で唸る。
ダブゥが「金貨?」と首をかしげ、カッカトーランとハージブとを見比べた。
「ああ、ダブゥはまだ気づいていないのじゃったな。わしがわっぱを連れていたのは見ていたじゃろう? あのわっぱは〈金貨〉なのじゃ」
ダブゥは目を丸くし、しかしすぐに「やれやれ」と首を振った。
「そういうことか。おい、ハージブ、変に気を回すなよ。余計に失礼だろ」
気軽に言って、ダブゥは両手を広げた。
「いやさ、〈五尾の蠍〉には五人の盗賊のほかに〈金貨〉がいたって話なんだよ。盗賊団が、高価な〈金貨〉を連れてるってんで、けっこう有名だったらしいぜ。でも偶然だろ? 〈金貨〉なんて、いるところにはどこにでもいる。なんだよ、溜め息つくなよ!」
「無神経な出っ歯」
悪態をつくハージブと、「出っ歯は関係ねぇだろ!」と詰め寄るダブゥ。
だが、カッカトーランは険しい顔で、隊商宿の二階の窓辺に目を向けた。
偶然――果たして、そうだろうか。
門前市場の店主の話では、スカルトーガでは〈金貨〉は珍しいのだという。
スカルトーガという名に反応を示した金貨。スカルトーガの近隣で、近ごろ姿を消したという盗賊団が連れていたという〈金貨〉。
(そして、領主の宝物庫から盗まれた財宝……)
カッカトーランは顎に手をあてがい、顔を上げた。
「それで。そのあとはどうなったのじゃ?」
ハージブは話を濁されたと思ったのか、しばらくカッカトーランを不審げに眺めていたが、やがて大仰に溜め息をつきながら肩を落とした。
「あとはご存知の通りですよ。この男のせいで!」
ハージブはぎろりと絶対零度の眼でダブゥを睨みつけた。
「この男ときたら、覗き穴に顔を近づけすぎて、壁に頭をぶつけるという愚行を犯したのです。たいそうな物音でしたよ。あげく、生まれたての赤子のような悲鳴まであげて!」
「だから、違うっつってんだろ! そりゃ俺は物音をたてたさ。けど、どっちみち話はここで終わりだったんだ。と、頭領はその、しょ、娼婦と……は、はじめちまって」
「ええ、ええ。それで興奮して、覗き穴に釘づけになり、うっかり頭をぶつけたというわけですね。これだから、乳離れしたばかりの坊やは!」
「乳からは十数年前に離れてますぅ!」
「命からがら逃げだしましたが、頭領の一声で集まった警邏に顔を見られました。さらにまずいことに、どうやら娼館〈赤薔薇の秘所〉は、盗賊団〈カララックの牙〉の経営だったようなのです。以来、ああして追われる身となり……」
散々な結末に、カッカトーランは思わず噴きだした。
「なるほど! それが、あの追手の正体か。さすがタジ族、恰好がつかんのう」
「さすがってなんだよ、魔導師様!」
「ともかく五日間で得た成果はこれだけです。追手がついた状態では、もはや自由な立ち回りもできず……情けない。こうしている間にも、族長は牢獄のなかで苦痛を味わっているというのに」
ハージブは投げやりに吐き捨て、文句たらたらだったダブゥは深刻な顔で押し黙る。
「いいや、おぬしたちはよくやった」
カッカトーランは笑った。
「投獄生活はつらい。心はすり減り、体力も奪われる。とくに、族長だけが拷問を受け、じっと耐えるしかなかったとなれば、我が身が責め苦を受けるよりもきつかったろう。だというのに、兵舎にしのびこみ、娼館の壁を這いのぼり、必要な情報を手に入れ、さらに今日まで追手から逃げつづけおおせた……族長殿は、おぬしらを誇りに思うじゃろうの」
ハージブは目を見開き、ダブゥはひねくれた目に涙を浮かべる。
「話はわかった。つまり、わしはタジ族が盗人ではないなんらかの証を探せばよいのじゃな?」
ハージブは我に返ったように目をまたたかせ、うなずいた。
「はい。……もしも時間に余裕があるならば、我々だけで族長を救いだしたかった。ですが、もう時間がないのです」
「時間がないとは?」
「タージャ・ミラルカが我々に与えた『自由』の猶予は、残り三日。三日が経ったら、我々は虜囚の塔に戻ります。そして、バサド族長ともども斬首刑に処される」
カッカトーランは目を見開いた。
「まさか」
「タージャが我々に監視役をつけたのは、三日後の逃亡を防ぐためです。これまで、どんなに無茶をしようとも、監視役が妨害をしてくることはありませんでしたから」
「覚悟はできてるぜ。監視なんかつけなくたって、族長をひとりで逝かせたりなんてしねえよ」
ダブゥは太ももの上で拳を握りしめた。
そのひょうきんな顔には、不安や恐怖、憤りが次々とよぎるが、そのたびにダブゥは強い意志でもってそれを打ち消していっているようだった。
カッカトーランは思いがけず心を打たれた。
ダブゥは、どうやらお調子者のようだ。挙動といい、台詞回しといい、なにかと大袈裟だ。
だが、族長とともに処刑台の露となるという決意は、決して、調子づいたうえでの嘘ではなかろう。
ダブゥは己の死を覚悟した上で、この五日間を、カッカトーランに会ってからの数時間を、陽気にふるまって過ごしていたのである。
「ところで……」
ふと、ハージブが気まずげに声をひそめた。
「申しあげにくいのですが、タジ族は貧しく、すぐに金を用意することができません。貴女を……つまり〈夜の民〉を雇うためには、いかほどかかるものでしょうか」
「……いらん」
カッカトーランは嘆息とともに答え、ちらりと詩人に目をやった。
「タジ族から金を巻きあげては、詩人にどんなお伽話を作られるか分かったものではないからのう」
「いえ、しかしそれでは……」
「――それに」
カッカトーランはふっと周囲の空気が歪んで見えるほど邪悪に微笑んだ。
「個人的に、たいそう気に食わん。スカルトーガの領主め、これほどの忠義者どもを、言いがかりをつけて盗人扱いするとは」
痛い目見せてくれる、とクツクツ笑う魔導師を、恐々と遠巻きに眺めるタジ族である。
「それにしても、おぬしらは族長殿をよほど慕っているのじゃの」
カッカトーランが微笑ましく言うと、二人はごく自然な笑みを口の端っこに滲ませた。
「タジ族はご存じの通りの〈残飯喰らい〉。私も幼いころは、タジに生まれたことを恥じたものです。けれど、族長は違った。族長は、己がタジの民であることを心から誇っていた」
「そうそう。女たちの青く染まった十指は、我らタジ族の誇りだ、ってな」
ダブゥは紐に吊るして、乾かしている最中の青いターバンを見上げた。
「偃月刀を持たせりゃ最強。馬の扱いもとびきりうまい。悔しいぐらいにいい男なんだ! 俺の婚期が遅れてるのは、村の女がみんな族長に惚れちまってるからに違いねえ!」
「婚期の遅れは、貴方自身に著しい問題があるからでは。現に私には妻がいますがなにか」
「うるせぇな、お前の意見なんか聞いてねえんだよ!」
喧しいタジ族の楽しげなやり取りを聞き、詩人が琵琶の弦に手をかけた。
ああ、青いターバンを巻いたかの勇ましきお方には、どこに行けば会えるのです?
それは風に聴けば答えてくれましょう。
ああ、風はどうしてかのお方の居場所を知っているのです?
それは男が水辺の村に住んでいるからです。
水の香りを含んだ風は、貴女をかの男に導いてくれることでしょう。
「以前、バサド族長に恋するハミル族の娘たちに乞われて作った歌です」
茶目っ気たっぷりに微笑む詩人。
カッカトーランはしししと満足して笑った。
「なるほど、救うべき対象がいい男と知れてやる気が出たぞ。そんじゃあまあ、正式に雇われたということで、わしは寝る。おぬしらも〈夜の民〉を雇ったからには、昼に眠り、夜に目覚める生活に慣れてもらうぞ。というわけで、おやすみぃ」
「はい。……はい?」
ダブゥとハージブは、いきなり地面に寝転がり、すーぴー寝息をたてはじめるカッカトーランを呆気にとられて見下ろす。
「ね、寝てるぜ、魔導師様……」
「そうですね。寝てますね……」
慎ましさの欠片もなしに腹をぼりぼり掻いて、心地よさそうに寝返りを打つカッカトーランをしばし観察し、タジ族は困り果てて詩人を視線を送った。
「……いえ、私を見られても困りますな」