ホワイトディの妖精
01
視界いっぱいに広がるのは、不気味な夜の雑木林。
頭上を覆う枝々の隙間から降りそそぐ月光は、不気味さを助長させるように、赤い色をしている。森は墨でも零したように真っ黒で、なのに降ってくる光は赤くって。
「……陳腐っ」
早紀は汗で濡れた髪を掻きあげると、息の切れたかすれ声で乱暴に吐き捨てた。
倒れるようにしてその場に膝をつく。肩が激しく上下し、そのたびに乾ききった喉がチリチリと痛んだ。
雑木林は虫の音すらせず、耳が痛いほどの静寂に満ちていた。自分の吐き捨てた言葉と荒い息が耳について耳について仕方ない。
「もー! なんなのよこれ! 陳腐なホラー映画のセットじゃないのよ!」
不気味な静けさを振りはらうように、早紀は地面をバシバシと叩いて、ことさらに声を張りあげた。
「赤い月に、出口のない雑木林、ベターすぎるってのよ! 少しは王道外れてみなさいよ、こんの……っ三流大根監督ー!」
早紀はひたすらわめいた。言っている内容は自分でも意味不明だったが、それを誰かに責められるいわれはない。早紀にとっては、この状況のすべてが意味不明なのだ。異常な状況下に置かれ、それでも正常な台詞が吐ける奴は、それこそ異常者に違いない。
「ここ、どこなの……?」
早紀はぽつりと力なく呟いた。
少しだけ期待していた返事は、やはり返ってこなかった。
この年齢にもなって。自分でもそう思うが、早紀は迷子になっていた。
道端にあった、ただの雑木林だった。戦後植林された杉が大半を占める、ごく普通の雑木林だ。
なのに軽い気持ちで入ったら、出口が分からなくなった。
出口を探して走りまわっているうちに、いつの間にか方向感覚までも見失っていた。
「……最悪」
早紀は倒れついでに膝を抱えて、ころんと顔を横に向けた。そして、ふと見えた泥と砂埃で汚れに汚れた赤い靴に、がっくりと肩を落とした。
気にいっていた靴だったのに。ヒールが高くて疲れるのだが、形が良くて……なのに見るも無残に汚れている。
服だってそうだ。ブランド物でもないくせに、すごく高かった。けれど他にはないとそのときの早紀には思えるぐらい、綺麗なツインだった。薄い色の地に、それよりも濃い赤で花の模様があしらわれている……それも今や泥だらけだ。ついでに言えば、ストッキングまであちこち破れている。
打ちのめされて、早紀は強く膝を抱きかかえた。
本当なら、今日は最高の日になるはずだったのに。
日付が変わっていないならば、今日はバレンタインデーだった。
早紀には付き合いはじめて、ずいぶんになる恋人がいる。
付き合いが長くなると、互いの嫌な面がたくさん見えてくるもので、最近つまらないことで喧嘩をすることが増えていた。そんな状態にうんざりした早紀は、お互いに交際しはじめたばかりのころの気持ちを思いだせればと、このバレンタインデーにチョコをあげることにした。仲直りをしようと思っていた。──最高の日にしよう、と。
気合いを入れて、朝早くに起きた。前日までに選びに選んで買った服を、しつこいくらいアイロンにかけた。靴もせかせか磨いて、歯だって何度も磨いた。いつもは適当な化粧も、一時間も前からはじめたりして……。
なのに。
どうしてこうなったのか。
待ち合わせの場所に、彼はかなり遅れてやってきた。寒いなか、さんざん待った早紀に「ごめん」の一言もなかった。
私の気持ちも知りもしないで……そう思うと腹が立って腹が立って、少し歩いたところにあるレストランへ入る前に、彼をひっぱたいてしまった。
彼はすごく怒った。すぐにまた喧嘩になった。彼のほうもここ最近の状態にいらだちが募っていたのか、今回はいつも以上に激しい喧嘩になった。
長い口論のすえに、彼は早紀の持っていたバックを──チョコの入っていたバックを奪いとって、怒りにまかせて道端の雑木林に投げ捨ててしまった。
そこからは泥沼の展開になって──その先は思い出したくもない。
喧嘩が終わったあと、早紀はすぐに後悔をした。
仲直りするつもりでチョコを用意したのに、我慢の足りなかった自分にひどく後悔した。遅れてきた理由が何かあったかもしれないのに、聞きもしないでひっぱたくなんて……。
だから早紀は雑木林に踏みこんだ。なくしてしまったチョコを探そうと思って。
そして、迷った。
迷ったと気づいたときにはもう遅くて、慌てて出口を探して走りまわったら余計に迷って、ふと我にかえればこのありさまだ。
どんなに走っても、林はどこまでも続いていて、チョコも見つからなかった。
落ちこんでいる場合じゃないのは分かっている。こうしていてもしょうがない。膝に顔を埋めてたって、雑木林が消えうせるわけでも、チョコや出口が見つかるわけでもないのだ。
けれど。
「……探しにぐらい来なさいよ」
早紀は浮かんでくる涙を情けない気持ちで拭った。
進むべき方向を直感で決め、早紀はふたたび歩きはじめた。一歩歩くごとに痛む足首に、靴を捨てていこうかと何度も迷いながら、結局惜しくて捨てられぬままひたすら歩きつづける。
「あの月、ずっと同じ場所にある気がする……」
静まりかえった雑木林のなかを、ひとり黙々と歩くのがあまりに怖くて、早紀は独り言をつぶやいた。
頭上に浮かぶ赤い月。なんとかの海だとか名前がついた月の模様が、まるで染みになった血かなにかのようで、とても気持ちが悪い。
「けっこう歩いた気がするのに、まだそんなでもないってことかな……」
もう足がもつれるぐらい、雑木林をさまよい歩いているのに、月は上りも沈みもしていないように見える。単なる気のせいだろうか。
早紀はおそるおそると周囲を見渡した。林の中には人影はおろか、鳥や虫の影ひとつ存在しなかった。
B級ホラー映画そのものじゃない。早紀はまた鼻で笑ってやろうとしたが、できなかった。たとえB級ホラー映画のようでも、早紀にとってそれはまぎれもない現実であり、まぎれもない恐怖なのだから。
高まる鼓動を必死で無視しながら、土と石ででこぼこした地面に四苦八苦しつつ、それでもチョコの入ったバックを探して首をめぐらせた。
人が見ていたら「この期に及んでまだ探すのか」と言われそうだが、出口なんてもうとっくに分からないのだ。出口付近に落ちているはずのチョコを探して歩こうが、チョコが近くに落ちているはずの出口を探して歩こうが、どう変わるとも思えなかった。
──それに、チョコを探すことを、もうやめるわけにはいかないのだ。
早紀は唇をぎゅっと引き結んで、止まりそうになる足を叱咤しながら、ただひたすらチョコの入ったバックを探しつづけた。
それから少しも経たないときだった。
「……?」
それまで休まず歩き続けていた早紀は、不意にその足を止めた。
目を見開き、彼女はそれを見つめる。
前方の木々の間に、何か白くぼんやりと光っているものがある。
なんだろう、あれ。
眉根をひそめて首をかしげた早紀は、それが人影であることに気がついた。
(な、なに?)
心臓の鼓動が一瞬止まって、再びドクッと脈を打つ。
白いそれは、人影だった。
人影は不気味なほどひっそりと立っていた。顔はよく見えない。全身が白いぼんやりとした光に包まれていて、顔の輪郭も、体の線も、いまいち判然としない。
ただ分かるのは、こちらをじっと見つめているということだけだ。
(なに、あれ……)
人? 自分の独り言を聞いて助けに来てくれたのだろうか。
だが、人だとしたら、なぜあんな風に光っているのだろう。ライトでも持っているのだろうか。いや、そんな光じゃない。まるで体の内側からぼんやりとした光を放っているような……。
早紀の脳裏に鳥肌のたつようなイメージが浮かんできた。
それは先ほどから頭をよぎって仕方がない、このあいだ見たばかりのB級ホラー映画の一場面だった。
幽霊だ。
早紀は喉をつまらせ、そのまま凍りついた。
それを見てとってか、白い人影がひっそりと蠢き、こちらへと移動しはじめた。
「……っ」
早紀は衝動的に身をひるがえした。まるでそれを止めようとするように、白い人影が腕を伸ばしてくる。
早紀は自分の声とは思えない悲鳴をあげ、指の形がぼんやりした白い手から辛うじて逃れた。
だが、無理な姿勢で避けた反動で、足が絡まり、その場に尻餅をついてしまった。とっさに立ち上がれない。早紀は地面を這いずって、ともかく遠くへ逃げようとした。
しかし四つんばいで逃げる早紀に、幽霊が追いつけないわけがなかった。
「……ぁ」
自分の目の前に回りこんできた白い人影を呆然と見上げ、早紀は声も出せずにただ口を開閉させる。
幽霊はそんな早紀の様子をじっと見つめ、ふと腰を折って早紀の顔を覗きこんできた。
『あの』
「……!」
早紀はその辺に落ちていた石を拾った。無我夢中で幽霊に投げつけると、何個か命中したらしい、「いた……っ」という悲鳴が上がった。その隙をついて、早紀は萎える足を叱咤し、地面に手を叩きつけて無理やり立ち上がった。
よろめきながら走りだすと、背後から制止の声がかかった。
早紀は両手で耳に塞いで、重い足を必死に持ちあげて走った。
鬱蒼とした木々が、頼りなげに走る自分の両脇をのろのろと過ぎ去ってゆく。
心臓が恐怖と興奮と疲労とで、壊れてしまいそうにうるさい音をたてている。
「誰か……!」
早紀は助けを求めて、粘る喉を無理やり広げて悲鳴を上げた。
「助けて……、さ、榊くん……!」
だが必死の祈りもむなしく、誰かが助けに駆けつけてくれることはなかった。
おそるおそる振りかえった背後からは、白い幽霊が自分を追ってきているのが見えた。
「いやー!」
早紀は反射的に目をつぶって、力いっぱい腕を振りあげて走った。
──どうしてこんなことになってしまったのだ。
がむしゃらに走りながら、早紀は今日の出来事を反芻する。
なにをどこで間違って、こうなってしまったのだろう。どこからがまずかったのだろうか。
今日は最高の日になるはずだったのに。
最高の日にしようと思っていたのに。
早紀は思い描いていた最高の今日とあまりに差のある、思い描けるはずもなかった恐ろしいこの展開に、ただひたすら目をつぶって逃れようとした。
『……っあぶな──』
そのとき、背後で鋭い声があがった。
早紀は、え?と目を見開いた。
──後で考えてみれば、当然の結果だった。
目をつぶって走るのが馬鹿だったのだ。
「あ」
避けようもないほど目の前に、黒ずんだ木の幹が迫っていた。
ゴンッ!
「────」
『…………』
「──……」
『…………』
顔面から幹に衝突した早紀は、鼻の先から頭の奥まで走り抜ける衝撃に、力なくその場に崩れ落ちた。
幽霊の足音がすぐ背後で止まる。
早紀はぐらぐらする頭をパニックでさらに沸騰させ、木に衝突したままの格好凍りついた。
そんな場合ではない。そんな場合ではないのは分かってはいるが、早紀は後にも先にもないぐらいの恥かしさで死にそうになった。正面から木にぶつかるなんて、そんな漫画みたいなことをやってしまうなんて。
早紀は真っ白になる頭で、必死に次の行動を考えた。
『……っぶ!』
とそのとき、背後の幽霊が吹きだした。
「な、なによっ」
早紀は耳まで真っ赤になって、幽霊相手であることも忘れて声を張りあげた。
「なによなによ! あんたが追ってくるのがいけないんでしょ!? 女怖がらせて笑って……最悪! 最低!」
一度叫ぶと奇妙な興奮が沸きあがってきて、早紀は恐怖心も吹っ飛ばして、勢い良く背後を振りかった。
『す、すみません』
背後では幽霊が深々とうつむき、手らしき部位を口に押し当てて、肩を小刻みに震わせていた。
「ちょっ……、笑わないでよ! ちょっと!」
早紀は前髪を苛々と掻きあげて、幽霊相手にがむしゃらに怒鳴りつけた。
「笑わないでよこの変態幽霊! 笑わないでってば! ちょ──」
掻きあげた前髪をそのまま引っつかみ、早紀は不意に言葉を詰まらせた。
途端、思いもよらず涙が溢れてくるのを感じた。
緊張の糸が途切れてしまった。誰もいない不自然な雑木林をひとりでさまよい歩いて、幽霊に追われて、転んで、怒鳴って……張り詰めていた緊張が、怒鳴ったことで切れてしまったのだろう、涙はどんなに拭っても後から後から零れてきて、それでも泣いていることを隠そうと、早紀は必死に「笑わないでよ」と繰りかえした。
もうとっくに幽霊は笑ってなんていなかったけれど。
不意に目の前にあたたかな気配を感じた。
顔を上げると、そこには身を屈めて早紀の顔を覗きこむ幽霊の白い顔があった。
『……すみません、そんなつもりじゃなかったんです』
幽霊は困ったような表情で、小さく囁いた。
その眼差しは、それが幽霊のものであるということも忘れてしまうほどに──優しい優しいあたたかさに満ちていた。
恐怖が体中からすっと抜け落ちていった。思わぬ優しさに、意思とは無関係に安堵してゆく自分を感じて、早紀はまた涙がぼろぼろと零しはじめた。
『ごめんなさい、泣かないでください』
幽霊は泣きつづける早紀に、おろおろとひどく人間くさく頭を抱えた。
数分後。
降りそそぐ赤い月光から逃れるように、日中なら木陰になっているだろう場所で、二人は並んで座っていた。
(なに幽霊と並んで座ってるんだろ、私……)
泣きはらして赤くなった目をうつむいて隠しながら、早紀は気恥ずかしいやら気まずいやら怖いやら、複雑な気分でぼんやりと思った。
ちらりと横目で覗き見ると、泣いている間ずっとそばにいてくれた幽霊が、木の根元に腰かけ、じっと地面を見つめていた。
遠くで見たときは白くてぼんやりとした影にしか見えなかった幽霊だが、近くで見ると、かすかだが、光の向こうにその輪郭や顔かたちを見ることができた。
幽霊は青年だった。自分より、たぶん年下。大学生ぐらいだろうか。今どき珍しく清涼感のある青年で、短く切った黒髪に好感が持てた。
幽霊なんて、すごく怖い、腐り落ちたみたいな顔をしていると思ったのに。
予想外に現代っぽい、優しく端正な顔立ちは、早紀の恐怖心を否応なく和らげた。
視線に気がついたのか、青年幽霊がこちらを振りかえってきた。早紀は慌てて視線を逸らし、気まずい思いであちらこちらに視線をさまよわせる。
(幽霊に泣きつくなんて……)
先ほどの状況を思い出し、早紀はとことん自己嫌悪に陥った。
よりによって幽霊相手に泣きつくだなんて。しかも一瞬前まで悲鳴を上げて逃げまわっていた相手に。
(逃げよう、食われる前に)
早紀はまとまらない思考をフル回転させ、どうにかそこにたどり着く。
だが、どうしても逃げる気がわいてこなかった。泣きついてしまったという気まずさもある。ふたたび、ひとりになるのが怖いというのも、正直なところある。
けれどそれ以上に、この幽霊から逃げる理由が、早紀には見つけられなかった。
(危害を加えてくる様子もないし)
追いかけてきたくせに。追いつくことができたはずなのに。今はこうして隣に黙って座っている。
危害を加えるつもりがないのなら、もしかしてこの幽霊は自分になにか助けでも求めているのだろうか。早紀はふと思いついて難しい顔をした。
夏恒例の特集番組でよくあるやつだ。成仏するための手助け、とかなんとか。墓がないから墓を作ってくれだの、幽霊が身勝手な頼みごとをしてくる、あれだ。
(墓石っていくらぐらいするんだろう)
早紀は漠然と馬鹿なことを想像し、はぁ……と暗い溜息を落とした。
そして半分ヤケで口火を切った。
「ええと、あー……あの」
青年幽霊が早紀の声に反応して、顔をこちらに向けてくる。
「あの……ご、ごめんね、いきなり泣きついたりして」
なるべく幽霊の顔を見ないようにしながら、早紀は大根役者が台本でも読むようにつづけた。
「えーと、それであの、なんだかよく分からないけどその……未練なんて残してないで、さっさと成仏しちゃいなさいよ」
『…………』
「あのさ、私も私で探し物があるんだけど……でもあー、いきなり泣きついたおわびで、できるかぎりのことはするから。だからこんな不気味なとこいつまでもうろちょろしてないで、早く、楽……になりなよ」
早紀は独り言のようにぶつぶつ呟いて、しばらく膝を抱えて幽霊の反応を待った。
だが、いつまでたっても返答がないので、不安に思って幽霊を振りかえると、青年幽霊は驚いたように見える顔で早紀をまじまじと見ていた。
「な、なによ」
『驚いた』
「……なにが」
『そんな格好してるから、もっときつい性格かと思ってたのに』
早紀はきょとんとする。その一瞬後、ものすごく失礼なことを言われたことに気づいて、早紀は「なんですって!」と詰めかかろうとした。
だがそれより一瞬早く、青年幽霊は静かに柔らかな微笑みを浮かべた。
『あなたは道に迷ってるんでしょう。なのに優しいんですね』
「……──」
意表をつかれて、早紀は言葉を失った。
優しいだなんて、そんなこと言われるとは思わなかった。というか、生まれてはじめてそんなことを言われた気がする。はじめて言ってくれたのが幽霊だったというのはなにやらアレな感じだが、早紀は自然と表情が緩むのを抑えることができなかった。
(って、そんな格好?)
幽霊のその前の言葉を思いだし、早紀は改めて自分の姿を見下ろした。
赤系統の色で合わせた服だ。いつもは適当なジーンズとトレーナーの自分に比べると、随分と背伸びをしている大人っぽい格好だ。
「……あ、赤い色はやっぱり派手すぎたかな」
最高のバレンタインにするために、珍しく気合を入れて選んだ服だ。そんな格好と言われてしまうと、今まではなかなかだと思っていた服が急に色褪せて見えてくる。不安にかられた早紀は、思わず幽霊相手に聞いてしまった。
幽霊は物静かな表情をわずかに傾けた。
『……赤、好きなんですか?』
「え? 赤? あー、好き……ってわけではないけど」
しどろもどろと言い訳しつつ、早紀は挙動不審にあちこち視線を彷徨わせる。
「そう、好きってわけじゃないわ、断じて! ただあのほら、バレンタインだからさ。一応赤かなー……なんてなんとなく思った……のかも」
少しでも自分のセンスが非難されるのを逃れようと、早紀は必死に言い訳をした。
だが、早紀の困惑をよそに、幽霊はふーんと頷くと、真顔で呟いた。
『綺麗ですよ』
「――──」
こいつ、生前はナンパ師だったんじゃないの!?と早紀は、心中で血がのぼった頭を抱えた。
『でもヒール高いし、パーマもきついから。なんとなく気が強そうだなって』
「……そ、そうですか」
持ちあげて落とされた早紀は、ガックリと肩を落とした。
確かに今思うと、気合を入れすぎた感がある。ヒールは高すぎかな、とは最初に思っていたけれど。全体的にもうちょい抑えたつもりだったのだ。けれど第三者に言われてみて、初めて早紀は自分の服が派手すぎたことに気づいた。
(特に色よね色。バレンタインデーに赤って、センスやばすぎ……)
早紀はあーと頭を抱えて、首を振った。
「……へこんできた。もしかしてあいつ、この服見てうんざりしたのかな。派手なの嫌いだしな、奴。……別にうんざりされても、今更どうでもいいけど」
『誰?』
「……彼氏」
早紀はポツリと言って、ハッと顔を上げた。
何を幽霊相手に愚痴っているのだろうか。今はむしろ幽霊の愚痴を聞かなくてはならないというのに。ディズニーランドのホーンデットマンションよろしく、幽霊に家までついてこられるのは御免だ。
早紀は地面をバシッと叩いて、勢いで幽霊を睨みつけた。
「私の話はいいのよ! あんたの話よあんたの! なんでこんなとこに、いつまでもうろちょろしてるのよ。さっさと成仏しなさいよ!」
『……成仏』
「成仏がいやなら、ええと……昇天でもいいし! 昇天! 天使がラッパ吹いて、迎えにきそうな感じで素敵じゃない!」
『…………』
幽霊は顔を膝に埋めてクツクツと肩を震わせた。
『変な人だなぁ』
「変って──ゆ、幽霊が側にいるのにおかしくならないほうがおかしいわよ。言動がおかしいのなんか、とっくに自覚があるわよ! パニック起こしてるの悪かったわね!」
むきになって答える早紀に、幽霊はますます笑いころげた。
そして青年幽霊は、膝を支えに頬杖をついて、微笑みついでに言った。
『いいんです、僕のことは気にしないで。そばについてたのだって好きでそうしてただけだし。第一、おびえさせちゃったのは僕なんだから。……そう、むしろ僕がおわびをしなくちゃ。なに探してるんですか?』
「え──あ、バック」
言葉を詰まらせる早紀に、幽霊はますます微笑を深めた。
『探し物、おわびに手伝います、サキさん』
その言葉に、早紀は目を見開いた。
「え? ……何で名前」
幽霊は不可思議で静かな笑みを口端にだけ浮かべて、「僕はケイスケ。よろしくね」と勝手に名乗って立ち上がった。