小説(長編小説)王宮の自動人形|風呂嫌い




「風呂嫌い」

 ――しっかり隅々まで磨くんですよ。
 侍女長マイサの言葉を思い起こし、メラスは今日も困り果てていた。
 素っ裸に剥かれた体を抱きしめ、「寒い寒い」と足踏みしながらもなお、躊躇してしまう。
「く、くそー……」
 負けず嫌いのメラスは歯を食いしばると、片足を持ち上げ、風呂桶を満たす湯の表面を爪先でつっついた。
 途端、爪の間まで熱さが染みこんでくる。髪の先までぶるりと震わせ、メラスは風呂桶から飛びずさった。
 風呂なんて、ガーサの屋敷に来るまで入ったことがなかった。まして、こんな熱い湯など調理以外で使ったことがない。慣れない熱さを、体が「冷たい」と認識するらしく、風呂に入るたびに身震いするのがたまらなく気持ち悪かった。
 しかし、風呂から出れば、ガーサが能天気に「いい湯だったろう?」なんて聞いてくるのだ。
 昨日ためしに「最悪だった」と答えたら、ガーサは大慌てで侍女長マイサと、風呂の検証なんぞを始めてしまった。風呂そのものには別に問題がないと分かると、今度は本気でメラスの体を心配しはじめ、熱でもあるんじゃ、風邪でも引いたんじゃの騒ぎになり――思い出しただけでげんなりしてくる。
「メラス? 湯加減はいかが?」
 ぎくり。外からマイサの無愛想な声が聞こえてくる。
 メラスは大慌てで風呂に飛びこみ、気泡が皮膚を這いあがる感覚に悲鳴を上げながら、辛うじて答えた。
「ちょ、ちょうどいいよ!」
 そうですか、とマイサが去ってゆく気配。
 メラスはほっと息を吐き出し、さっさと風呂桶から上がろうとして――、
「ちゃんと、百、数えるんですよ」
 見越したように、マイサの声が飛んでくる。
 驚きのあまり、風呂桶の中で足を滑らせたメラスは、湯の底へと沈みながら、「風呂」、すなわち「キライなもの」と認定するのだった。




おわり