ラギルニットの突撃!隣の晩ご飯
意外に面白くないホーバーの死に様編
「あ、ありえなぁーい!」
ふたたび暴風雨の中に立ったバザークは、女子高生な悲鳴をあげた。その頭に、どこからともなく飛んできたトンカチが、パコーンッと命中する。
「っい――たいんだけど、パコーンッて! 痛いわりに、効果音、軽ぅ!?」
「おい、そこの無駄に美形! ぼさっとしてないで手伝え!!」
「むだにびけー!!」
トンカチ投げた張本人のダラ金と、言われるままにトンカチを道具箱から取り出し、「メス」「はい」とばかりに手渡したラギルとが、無駄に美形コールを上げる。
「無駄に美形言うな! 無駄どころか、日々、有効活用してますよー!!」
口を両手で囲ってメガホンを作り、精一杯自分の美形っぷりを力説するバザーク。
小船の固定索と格闘していたダラ金は、そんなバザークを哀れみいっぱいの目で見つめた。
「……かわいそ」
「ひぃ! 心底そう思ってる口ぶり!」
「最近気づいたんだけどさ、お前って側に女がいないと、とことん普通で、とことん陰の薄いキャラだよなー。リアクションもいまいち普通だし」
「は、はぁ……」
何だかいきなり、暴風雨の中、溜め息まじりのダメ出しを食らうバザークである。
「もっと愉快な芸はねぇの? ホーバーですらもうちょいマシなノリ見せるぜ?」
「は、はぁ――いや、この危険極まりない状況で、何をどうノれっての! オレ、正常! むしろ正常!」
「だからダメなのよ、お前。ホーバーちゃんなら、例えば寝ながら海に飛びこんで、そのまま浮かんでこないなんて芸当ができちゃったりするよな? ホーバー?」
「おー」
ダラ金の無責任な発言を受けて、相変わらず絶賛爆睡中のホーバーが、目を閉じたまま、むくりと起き上がった。
ま、まさか! バザークがぎょっとし、ラギルとダラ金が期待に目をギラギラ輝かせる中、ホーバーは言われるままに船縁へと歩いていって、そのままスッテンコロリン、海に落ちた。
どぼーん。ナチュラルな飛びこみ自殺に、ささやかな水しぶきが上がり、ホーバーが「ぁー」と渦に巻かれて海底へと沈んでゆく。
「……」
「……」
「……」
ダラ金が、ぽりぽりと頭を掻く。
「……なんかあんま面白くなかったな」
「……そだねー」
「ぎゃーっっ、おバカさーん!! オレを一人にしないでぇえー!!」
バザークは一人、誰もいなくなった海面に向かって、雄叫びを上げた。
「あ、索具外れたー。よっし、船を海面に下ろすぞー」
「おーう!」
「うっわ、ホーバーの死、ちっぽけ!」
副船長の無残な死など肩についた糸屑ほども気に留めず、さっさと小船を海面に落とす作業に取りかかるダラ金とラギルを見て、バザークはさすがにホーバーに同情した。
だが事態は実際、ホーバーの死どころではなかった。
いかん、バザークは息を呑む。このままじゃ本当に、ただのノリだけで、隣の晩御飯を見に行くことになる。それもこんな危険極まりない嵐の海に、小船一艘っきりで。
バザークはごくりと喉を鳴らした。この二人は止められるのは、もはや自分だけだ。自分以外、この謎の展開にケリをつけられる人間はいないのだ。拳が固く、握りしめられた。
「だめだ、二人とも!」
「あー?」
「ふえぇ?」
「さ、さっきも言っただろ! 人家がある島なんて、ここから七千キロ以上も遠くにあって……第一、どっちの方角に行くか、分かってるわけ!?」
ダラ金が腕組みし、轟々と唸りを上げる海面を見つめ、うーんと首をかしげた。
「まぁなんつーか、俺は一介の船大工だし。進路を決めるのは、舵手の役目だろ」
「……オレか!」
ちらっ、ちらっ、とラギルとダラ金の視線を受け、舵手なバザークはひぃっと仰け反る。
「いやそうじゃなくて、そもそも何でこんな展開になってんだよ! シャークに適当に謝っとこうって! 何素直にノッてんの! ていうか舵手ってこんな小船で、舵手も何もないだろ! 普通に全員死ぬわ! ホーバーなんかもーすでに死んでるくさいし!」
「大丈夫、ホーバーだし」
「あー、まぁ、ホーバーだしねー。ちがぁあう!! ともかく、隣の晩御飯なんか見るために、何でこんな命がけで!」
「バザーク!」
不意に、ラギルが厳しい怒声を上げた。
勇ましい眼差しで睨みつけてくる、小さくても船長なラギルに、バザークはどきりとする。
思わず言葉を詰まらせるバザークに、ラギルは赤い瞳をすっと細め、ビシッと指をつきつけた。
「命を懸けてまで手に入れた晩御飯の味が、どんなに美味しいか……バザークは知りたくないって言うの!?」
「……何故だろう。ぜんぜん道理がないのに、すっごい知りたい気がした、一瞬」
そんな二人に、ダラ金がやれやれといかにも知った顔で首を振った。
「まあそういう訳だから、もうさ、諦めろって。どっちにしろ、シャークの命令なんだから、やるっきゃないだろ」
「や、そもそもシャーク命令ってまるで権限ないだろ。船大工だしあいつ」
「いやあいつは実は、さっきから船長なんだよ、黙ってたけど」
「まぁじでぇ? やっだぁ、バザーク知らなかったプー! そんな簡単な嘘に引っかかってたまるかァ!」
「……わりと一番ノリノリだよな、バザーク」
一番言われたくなかったような一言を言われ、バザークは雨に濡れた甲板に突っ伏した。
「あああもう、二人とも何で死ぬ気満々なんだー! オレは……、オレは隣の晩御飯を見るために死ぬなんて御免だぁ!」
そりゃそうだ。だがなぜか目の前の船長と船大工には、極めて普通なその反論が通じない。理性捨てちゃえよー楽になれるぜバザークの旦那よーとか一秒に五百回ぐらい心の中のオヤッさんが親指を立てていたが、可哀相なことに、どうしても人間でいたいバザークは頭を二、三回振って、ついにはダラ金の胸倉を掴みあげた。
「お願いだ、ダラ金! オレはまだやりたいことがあるんだ! 口説きたい女の子がまだ世界中に星の数ほどいるし、まだすれ違ってもいないレディが東西南北の市町村でオレを待っているんだ! この世のすべての女性と会うまで、オレは死にたくないんだー!」
涙を流しながらの必死の訴えに、ダラ金がハッと眼を見開いた。
「お、お前、そこまで……」
ダラ金は可哀想なぐらいマジ泣きなバザークの肩を、なだめるように叩いた。
「そうか、分かったよ、ハンサム舵手」
思いがけず優しい反応に、バザークがうるうると顔を上げる。
「ダ、ダラ金」
「分かったから……」
――パシィッ!
いきなり、鞭が唸りを上げて、バザークの足元を鋭く打ちつけた。
掠ったのか、バザークの頬から、一筋の血がつつーと流れ落ちる。
ダラ金は、影落ちる顔に氷点下の殺気を宿らせ、振るったばかりの鞭の握り手に、赤い舌をじっとりと這わせた。
「……そろそろ、俺と一緒に、死出の航海に出ましょうよ」
「……ハイ」
なんか一気に、あきらめがついた。