ラギルニットの突撃!隣の晩ご飯

外に出ないでください編

 本日のお天気。
 絶対に外には出ないでください、と注意書きの付いた、

 超ド級の暴風雨。

「っギャァアアァアアアアアッッ」
 雨風吹き荒ぶ甲板は、凄まじいことになっていた。
 水量の増した滝の中にいるかのような、凄まじい雨。風は激しく吹き荒れ、頑丈なはずの帆柱が、今にも折れそうな不気味な軋みを上げている。見上げれば、雷撃が乱舞する空には、どこから飛ばされてきたのか、折れた樹木が舞い、誰かの靴が舞い、牛が舞い、宴会用ズラが舞い、お母さんが舞いと凄まじい光景が繰り広げられていた。
 そんな中、外へと放り出された三人は、一気にずぶ濡れになった拳で、ご丁寧にも鍵のかけられた船長室の扉を、どんどんと叩いた。
「開けろ──! 死ぬ──! マジで死ぬ──!」
「うぎゃあ! 雨とかよりもダラ金、髪の毛痛い痛い痛い痛い痛いぃー!」
「オレも痛いぃぃダラ金髪髪髪髪髪ぃいいいいいい──っっ」
「うおぉおおおお俺自身も痛いぃいいいいいい!! 首持ってかれるぅうう──!」
 船長室の扉の上には屋根がついているのだが、強烈な風雨はそんなものお構いなしに、四人を強打してくる。特に髪の毛ダラダラダラ金は、金髪をぶわぁっさぶわぁっさと四方八方に持っていかれ、その金色の触手でもって、ラギルとバザークをバシバシと乱打するという、真夏のホラーもびっくりな事態に見舞われていた。本人自身も髪を風に攫われ、今にも首がもげそうな勢いである。
「うわぁあ! ホーバーが!」
 その時だ。この状況でもなお眠り呆けていたホーバーの仰向けの身体が、暴風をもろに受けて、人間スキー板よろしく、雨に濡れた甲板を猛スピードでズザザザザザザザーッと滑って行ってしまった。
 遠ざかるイビキ。消える人間スキー板。
 さよならホーバー。お元気でホーバー。
「ブーッッ」
 引きとめようと思わず伸ばした手を口に当てて、ラギルは盛大に吹き出した。死ぬほど可笑しい。
 しかし彼らの恐慌をよそに、シャークは窓の向こうにぬっと顔を出すと、まるで「うるさいっス。」とでも言いたげな溜息を落として、カーテンを乱暴に閉めてしまった。
「「こ、殺すぅうっ」」
 ダラ金とバザークは見事に声をはもらせて、拳をふるふると震わせ──しかし一瞬後には暴風に背中を押されて扉にびたっと張り付くはめになっていた。
 そんな中、ラギルニット一人が相変わらず楽しそうだった。
「っうはは! 死にそうだけど、楽しいねぇ!」
 豪傑にも大口で笑って、ラギルニットは風に負けぬ大声で空に向かって叫んだ。
「っどーこーがーじゃ───!」
 ノリの悪い大人二人が、壁に叩きつけられた蛙の死体そのままな体勢で雄叫んだ。

+++

 船内の廊下は外の大雨の音で騒々しく、しかしその分返って静寂が際立っている。
 船室には船員たちがいるはずなのだが、気配はすれど、物音は聞こえてこない。皆、おとなしく寝ているのだろう。
「なんだよシャークの奴!」
 死ぬ思いで船内へと飛び込んだバザークは、服やら髪やらを絞りながら悪態をついた。
「今まで酒に飲まれてた男が、いきなり酒について説教はじめて何なんだー!」
「鼻が痛かったんだろ、単に」
 手櫛で髪をオールバックにしながら、ダラ金が簡潔に答えを出す。ものすごく身も蓋もない。
 ラギルニットは頭をぶるぶる振って滴を飛ばすと、くすくす楽しげに笑った。
「うはは! はぁ、怖かったぁ! 本当に死んじゃうかと思ったね!」
「ほんと、ラギルって有意義に人生楽しんでるよな」
 よしよし、と黄金色の頭を撫でて、しけった煙草をくわえたダラ金は、ふと視線を落とした。
「お前は、日々、無駄に生きてるな」
 その先には、壁にもたれて船を漕いでいるホーバーの姿。甲板の隅っこで壁に激突していたところを、バザークに首根っこを引きずられてここまで運ばれてきたアホである。
「先端恐怖症検査ー」
 目の前にしゃがみこんで、目と目の間にじりじり指を近づけると、神経がむずむずするようなあの独特の気配を察知したのか、ホーバーが薄目を開けた。寄り目でダラ金の指をじーっと見つつ、部分部分の記憶はあるのだろう、むにゃむにゃと呟く。
「なんか状況分かんないんだけど……何、夕飯? 夕飯??」
 完全に寝ぼけてるホーバーに、「えぇえぇ夕飯ですとも」とエルボで再び昏睡させてから、ダラ金はウンコ座りで盛大な溜息を吐いた。
「畜生……企画的にはすっげぇ面白そうなのに、隣の夕飯」
「そ、そうかー?」
 妙なところで悔しがっているダラ金に、バザークが呆れ顔で突っ込むが、ダラ金はそれを無視して、更に続ける。
「天下の人妻が作った料理だぞ……多少は残ってた愛情と日頃の惰性のみで作った隣の夕飯……旦那に食べさせるのはもう飽き飽きだが、突如乱入してきたとはいえ、なかなかの男前どもが夕飯をガツガツ食し、こんな美味い飯は初めてです奥さん……とかほざいて、そりゃ人妻は久々の刺激に歓喜して、明日も食べてってとか……一人調子に乗ったバザークが、そんな申し訳ないです奥さんせめてお代を……いえそんなお代なんて明日も来てくださればそれだけで……あぁ奥さん……あぁバザークさん……俺実は海賊なんですまぁ素敵あたしをさらってそんなこんなで船上についてきちまって、クロルとばったりバザーク我に返っていやこれは」
「……」
 ダラ金はどんどん水たまりになってゆく床をじっと睨み据え、完全に据わりきった声でぼそぼそとつぶやき続ける。
「なぁんて、せっかく面白そうなのに……シャークの野郎に訳わからねぇ理由で、それを強制的にやらされると思うと──腹が立つ」
「う、うん、そですね」
 どろどろと真っ黒な空気を発し始める、現指名手配中・元連続殺人鬼のダラ金に、バザークはもはや、ただひたすらカクカクとうなずいた。
「でもでも隣の夕飯、おれ、すっごく見てみたいよー!」
 一方、ダラ金の毒波など意に介した様子もなく、ラギルニットがじたばたとその場で足踏みをした。ダラ金がどうでも良さそうにうなずいた。
「んじゃま、やりますかね、隣の夕飯突撃隊」
「本当に!? いやったぁ!」
「おー」
「ええぇええ!」
 即座に答えるラギルニットと、寝ぼけてノるホーバーに、一人常識人のバザークは動揺してそっくり返った。
「ちょ、ちょっと待ったダラ金、なんでいきなりノリノリ!?」
「俺は最初からノリノリよ? 強制的なのは腹立つだけで。えらく暇だしさ」
「ま、まあそりゃ確かに暇ではあるけど……いやそうじゃなくて! だから外は大雨で、危険極まりなくて、しかも船は無人島に停留中で──というか、そもそもっ」

「隣の家って、どこ!?」

「……」
「……」
「……」
 ダラ金はぽりぽりと頭を掻いた。
「さぁ……」

 現在地、ダヴィスカー大洋のど真ん中にある、人っ子一人いない無人島。
 最寄のお隣の家まで、約七千キロ。

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