ホワイトディの妖精

04

 多分、かなり近づいてると思うんです、チョコレート。
 なにそれ、妖精の勘?
 そうです。
 犬みたいねぇ。
 ……。


 果ての見えない雑木林に、ふたたびチョコを探しはじめたふたりの声だけが延々と木霊して響きわたった。
「でも妖精さんが近いっていうなら、信じたいなぁ……」
 早紀は落ち着いた気持ちで笑った。すぐそばを歩く白い光がふわりと揺れて、青年幽霊も笑ったようだった。
 あの瞬間、あれほど恐ろしく感じた雑木林に、早紀はもう恐怖を覚えなかった。
 出口など見つからないのでは、という恐れは今もある。
 薄れてゆく記憶のことも不安で仕方ない。
 ――自分もここで死んでしまうのではという気持ちも、依然として残っている。
 けれど、青年幽霊が……ケイスケがそばにいる。
 ケイスケがいればなんとかなる、そんな漠然とした心強さが、早紀の心を穏やかにしていた。
 本当にチョコレートの妖精なのかも、少し本気でそう思う。
 彼は探しものをしていると言った。もしかして彼は、バックの中にいる自分自身を探しているのかもしれない。だから自分と一緒に行動しているのかも。一生懸命作ったチョコだったから、自分の想いが形になったのがケイスケなんだったりして。
(メルヘンだなー)
 B級ホラーな雑木林にまるで似合わないその想像に、早紀は苦笑した。
 そして、改めて思う。
 もしもケイスケが妖精なら、ちゃんとチョコレートを見つけてあげなくちゃと。
『サキさん、ひとつ聞いていいですか?』
 そんな妄想に耽っていると、ケイスケがそう問いかけてきた。
「なにー?」
『彼氏のどんなところが好きになったんですか?』
 率直な質問に目を見開き、けれど早紀は素直にうーんと空を見上げた。
「どこかなぁ。……顔?」
『……』
「冗談よ! 冗談! 冷たく黙りこまないでよ! だって顔、今もう……思いだせないんだから」
 早紀は小さく笑って言った。
『……ふーん』
 自分から聞いてきたくせに、幽霊はやけにそっけない返事をしてきた。本当ならあまり答えたくないことを一生懸命言ったのに……早紀はムッとするが、ふと、人の悪げな笑みを唇のはしっこに浮かべた。
「なに? もしかして妬いてたりしない、ケイスケー?」
 冗談半分で言うと、青年は不機嫌そうに顔を上げた。まるで本当に妬いているようだったので、早紀は勝手な想像とは分かっていたが、ついつい照れくさくなってしまった。
 だが、幽霊の次の言葉が、早紀を凍りつかせた。


『じゃあ、どうしてその人の名前を呼ぶんですか』


 あいかわらずの淡々とした口調で呟かれた一言。
 一瞬、なんのことか分からなかった。
『最初に僕から逃げるときも呼んでた。榊って』
 榊。榊洋一。
 それは早紀の彼の名だ。
「うそ、私呼んでないよ、あんな奴の名前なんて」
 早紀は急速に高まってゆく鼓動を無視しながら、不自然に笑って反論した。
 そして反論した次の瞬間──早紀は逃げるときに、たしかに自分が彼の名前を呼んだことを思い出した。
「……ちがう」
 ちがわない。呼んだ。無意識に、彼の名を必死に呼んだ。助けを求めるように。
 早紀は呆然と足元を見つめた。
(榊くん……)
 心中で呟くと、その名前は心の深いところで波紋を広げた。大嫌いだと思ったあの瞬間、空っぽになって乾いてしまった心が、きれいな水で満たされてゆく。
 早紀は自分の右手をもう一方の手で握りしめた。
 思い出せなかったことが──思い出したくなかったことが、頭を過ぎってゆく。


 自分の中の矛盾。


 どうせすぐに終わる関係だと思っていた。
 ──なのにバレンタインデーに、関係を修復しようと躍起になった。


 あんな奴となんて、さっさと別れようと思っていた。
 ──それができずに、なぜか今、必死になってチョコを探している。


 大嫌いだ。そう、思った……。
 ──逃げながら、彼の名を何度も呼んだ。



 意地で付き合っているのではなかったか。


「……たまに笑う顔が、すごく綺麗だったの」
 無意識にそう呟いた途端、早紀の中から消えてしまっていた彼の顔がふっと蘇ってきた。
 それはもうずいぶん長いこと、見ることのできなかった彼の笑顔だった。
「すごく優しくて、綺麗だったのよ……」
 頭の中で微笑む彼に笑いかえして、早紀は不意に溢れそうになる涙を必死でこらえた。
 ──意地で付き合っていたんじゃない。
「好きだったの……」
 認めたくなかったのだ。
「彼は私をもうとっくに嫌ってるって知ってたのに。私はまだ好きだったの……」
 嫌われているとわかっていながら、彼をまだこんなにも好きでいる、情けなくて哀れな自分を認めたくなかったのだ。


 会えば喧嘩ばかりだった。喧嘩をしないときなんてなかった。
 周りはいつも別れろと言ってきた。腹が立つぐらい、みんながみんな、そう言った。喧嘩をするとたいてい早紀がアザをつくって、泣きついてくるからだ。
 チョコレートの入ったバッグを投げ捨ててしまうような奴だ、榊は普段から暴力的な人だった。喧嘩をするたび、口と手が同時に動く早紀と、暴力的な彼とで、さんざんな喧嘩になってしまう。
 アザが増えるたびに、心の傷が増えるたびに、早紀は泣いた。
 会うたびに、会いたくないと思った。
 もう、終わりだとわかっていた。


 けれど、それでも早紀は彼が好きだったのだ。



 早紀は口元をきつく押さえて、深く、深くうなだれた。
 涙の粒があふれて、代わり映えのしない地面をぱたぱたと濡らした。
「やだな、必死で私も嫌いなふりしてたのに……気づいちゃった」
 だからチョコレートを探しに雑木林へ入ったのだ。
 中身のない関係だと分かっていたのに、それでも彼の傍らにいたくて、なんとか関係を修復したくて、早紀はチョコをつくった。自分の本心を、自分の哀れさを認めたくなくて、意地でやっていることだと自分に言い聞かせて。
「ばかだなぁ」
 あんな奴をいまだに好きでいる自分が。必死になってチョコレートを探している自分が。
 早紀はぎゅっと目を閉じて、うまくできない息を吐き出すために顔を上げた。震える吐息が白く白く空気に溶けてゆく。
「ばかみたい……」
 早紀は泣き笑いながら、ケイスケを振りかえった。
「そう思わない? 妖精さん」
 ケイスケはうっすらと微笑んでいた。
 早紀と目が合うとその笑みを深めて、静かに首を横に振る。
 自分の馬鹿な想いを、馬鹿ではないと認めてくれたそのあたたかさに──自分自身すらもあざむきつづけてきた想いを認めてくれた幽霊に、早紀は瞳を細めた。
「そっか……」
 早紀は「あーあ!」と大きく息を吐いて、両腕を広げて空を見上げた。ずっと靄に包まれていた心が、清らかに晴れてゆく気がした。
 榊が好きだった。彼が好きだった。
 今も、この瞬間も。
「好きだったんだなー……」
 押し殺していた気持ちが、自由になって喜んでいるみたいだ。早紀は晴れ晴れとした気持ちで「あは」と笑った。
 そして。
 突然、潤んだ視界に飛びこんできたそれに──早紀は驚きの声を上げる。
「あ……!」
 ケイスケが首をかしげる。
『サキさん?』
「あったわ……」
 早紀は呆然と、あっけないほど簡単に、目の前に転がっていたものを見つめた。


 それは、あれほど探しても見つからなかった、自分のバックだった。

+++

 薄青色のバッグを取り上げて中を探ってみると、そこには綺麗にラッピングしたチョコレートがきちんと入っていた。
「うっわ、皮肉。あいつへの気持ちを自覚した途端、出てくるなんて!」
 早紀は安堵したのと、おかしいのとで、腹を抱えて笑った。
「ばかだなー、もう渡せないのに……」
 青い包装紙でラッピングしたチョコレートだ。多少、箱が潰れてしまっているが、黄色いリボンで十字になるよう飾ってある。中身は手づくりだけど、それを悟られないように、ラッピングだけはお店の有料サービスにお願いした。
 受けとってもらえない。
 そうとわかっているのに、手の中の小さな箱はあたたかい。
 早紀は愛しげに見つめていたチョコレートをケイスケに差しだした。


「チョコ、あなたにあげるわ」


 早紀は自然と浮かんでくる微笑を、心底驚いた様子のケイスケに向けた。
 白い光のなかでまん丸になった目がおかしくて、早紀はくすくすと笑う。
「いいの。あげる。っていうか、もらって。中身は無事だと思うから」
『けど……』
「いいのよ、もう」
 早紀は首を振った。
「乱暴な奴だった。気に食わないことがあると、私を殴ったり蹴ったり……友達とか、付き合うのやめなよって何度も言ってくれたのにね……私ってばそれでも好きだったのよ、奴のこと」
 ケイスケは透明な眼差しで、笑う早紀を見つめていた。
「やっと認められた。もう関係は終わってしまってるけれど、でももういいの」
 早紀は独り言のように続けた。
「……好きだった。なのに私は自分を哀れんで、その気持ちに嘘をつき続けていた。でももうちゃんと、その気持ちを認めてあげることができたから」
 すぅっと呼吸をして、早紀は笑顔で大きく伸びをした。
「あーすっきりした! なんだかなー、すっごい自由になった気分だわ! 本当ありがとう、ケイスケ。もう自分の探しものしていいよ。ね、今度は私も手伝うよ」
 そして早紀は、ケイスケを振りかえった。


 ケイスケは、無言でその場に立っていた。


 ケイスケの眼差しがじっと早紀を見つめている。
 どうしたのだろう、早紀は急に怖くなって後ずさった。
「……なに、探してるんだっけ……?」
 今まで近くに感じていた幽霊が、急にとてつもなく遠い存在に感じた。
「あ、チョコの妖精なんだっけ。じゃあ、それ探してたのかな!」
 早紀は無理に笑って、ケイスケが両手で受け取ったチョコレートを指差した。
 なぜか、その青い包装紙が気になった。
 なんで赤にしなかったんだっけ。
 自分は恥ずかしくなるぐらい赤づくしなのに。
『探しものはもう見つかりました』
 ケイスケが呟いた。
 首をかしげると、ケイスケは──地面を指差した。
「……なに?」
 そこを見るのが怖くて、早紀はケイスケの顔を見たまま聞いた。
 ケイスケはふと表情を和らげ、首をかしげた。
『チョコ、本当にもらっていいんですか?』
 話題が変わったことにほっとしながら、早紀はむやみに笑ってうなずいた。
「いいのいいの! どうせあいつは受けとらないし、私ももうあげる気ないし。捨てるのもかわいそうだから、もらってあげて」
 早紀はなにかに急き立てられるように話しつづけた。
「……だってあいつ、さっきも私のこと殴ったのよー? チョコ投げ捨てて、そのうえ私を殴ったの。ぐーでよ? ぐー。殴られて殴られて、蹴られて、髪の毛もわしづかまれてさー」
 早紀は話しつづける。
 その不自然さに気づかずに。
「しかもチョコ探そうとして雑木林に入った私を追ってきてさ、しつこいぐらい殴られて……服とかぼろぼろになってストッキングだって破れちゃって、それでも殴られて蹴られて、殺されて──」
 早紀は言葉を区切った。
 笑っていた目が、笑ったまま虚空に貼りつけになる。
 ケイスケはただ黙って早紀を見つめていた。
「……え?」
 早紀は震える声で、呟いた。
「殺された?」
 そこで早紀ははじめてまともに自分の姿を見た。
 異常なほどに破れたストッキング。
 気にいっているけれど、ヒールが高すぎる赤い靴──赤かったっけ、この靴。
 高かった、真っ赤な大輪の花を咲かせた、薄い青地のワンピース──こんな色合わせの悪い花の模様なんてあっただろうか。
 手にしたバックは青くって、ケイスケの手にあるチョコも青くって……。
 なのに自分のすべてが赤い。


 ──嘘。
 私、赤は嫌いなはずなのに。


『サキさん』
 ケイスケが囁いた。
『もうバレンタインデーは、一ヶ月も前なんです』
 言っている意味がわからなかった。
『榊洋一はあなたを殺した翌日、警察に自首しました』
 早紀はちっとも面白くないその冗談に、面白くもないのに笑った。
 けれどケイスケは笑っていなかった。早紀の笑いはすぐに消えてなくなる。
「幽霊は……あなたでしょ?」
 ケイスケは首を横に振った。
「妖精さんっていうのはもうなしにしてよね」
『僕は人間です。幽霊はあなたの方なんです』
「だって、白く光ってるのに……」
『幽霊から見れば、人間は生きているものだけが放つ生気で光って見えるのでしょう』
「だって……」
 早紀は言いかけて、唐突に思い出した。
 違う。そうだ。ケイスケは人間だ。
 だって最初に石を投げつけたとき、彼は「痛い」と言ったじゃない。
 石はたしかに彼の体に当たって、跳ねかえったじゃない。
 透けていたのは、自分が触れたときだけ……透けていたのは、私?
 それに、途中で会った悪霊。彼は光っていなかった。けれどケイスケは彼を見て「あれは悪霊だ」と言った。それが本当なら、悪霊と同様、光っていなくておかしいのは、


 私だったんだ。
 着ている服だって……。


「私、赤は嫌いなのよ」



 血まみれだったのに。



「私、殺されたんだ、あの人に」
 早紀は呟いた。
 なぜだか気分がすとんと落ち着いていた。
「やだ、え? じゃあこの雑木林って……あーわかった。地縛霊ってやつだ。だから出口が見つからないんだ」
 怒りも悲しみも絶望も、不思議とわいてこない。どうしてだろう、好きな相手に殺されて、自分は死んだのだと知ってしまったのに。
 早紀は殺されたことよりも、ようやく解放されたのだという気持ちのほうが大きくて、ひどく浮かれた気分になった。
「そっかー」
 早紀は大きく息を吐きだして、夜空に浮かぶ赤い月を見上げた。
 それは血のように赤かった。
 もしかしてあの月も、本当は白いのに、自分が「赤」に染まっているせいでそう見えるのだろうか。
 月が、歪む。
「ケイスケ、もしかして霊感少年とかなんだ? 私を助けようとしてくれたの?」
『一ヶ月も、ずっとひとりで探しものをしてたから、気になって……』
 その声がひどく悲しげなのが、早紀は嬉しくてたまらなかった。
「だから一緒にチョコを探してくれたんだ……」
 じゃあ、やっぱりチョコレートの妖精だ。
 そして、とてもとても、優しい青年。
 彼がいなかったら、ケイスケが自分を見つけてくれなかったら、自分はいつまでもさまよいつづけていたのだ。この、果てのない「後悔」という名の雑木林で。
「私、馬鹿よねぇ。あなたみたいに素敵な人、いたのに」
 涙が溢れて、早紀の頬を伝い落ちていった。
「でも、あいつを恨む気にはぜんぜんなれないの……」
 そして、彼女は微笑んだ。
「やっぱりそのチョコ、もらって」
 青いチョコレート。
 早紀の好きな青い色で、自分の本当の気持ちを包んだチョコレート。
 受けとり手のいないバレンタインチョコなんて、あまりにさびしい。
「あ、気になる子がいるんだっけ」
 涙を流しながら笑うと、ケイスケはチョコレートの箱を掴む手にそっと力をこめると、白く輝く手を早紀に向かって差しのべてきた。
『今日はホワイトデーなんです』
 ケイスケは優しい優しい微笑を浮かべた。
 早紀は惹き寄せられるように、その手に自分の手を重ねた。
 途端、手のひらから真っ白な光が溢れだし、早紀は真っ白な光に包みこまれた。


「綺麗ね……」


 早紀は笑った。
 光の中に、ケイスケの姿が溶けてゆく。




 自分が溶けていた。

+++

「京ちゃん!」
 奈倉京介は自分の名を呼ぶ声に気づいて、肩越しに背後を振りかえった。
 電灯の灯りがついた団地内の道を、幼馴染の法子と、京介の親友の相葉がこちらに向かってくるのが見えた。
「おー」
 京介は適当に答えながら、道端に止めておいた自転車に無造作にまたがり、彼らが傍らに来るのを待った。
「今、あんた、こっから出てこなかった?」
 法子が右手に広がる雑木林と京介とを見比べて、不信感いっぱいの声で言った。
「ここってこの間、事件があったとこだよね。OLが恋人に殺されるってやつ。ほら、地方欄に載ってた……。まだ、死体見つかってないんだよね。恋人は殺して埋めたって自供したらしいけど」
 恨めしげな眼差しで京介を睨みあげながら、やけに説明的に語る法子に、相葉がにやにやと笑って賛同した。
「あっやしーなぁ、奈倉ちゃんってば。やっばいことでもしてたんじゃないの?」
「うん」
 京介は飄々とうなずく。
 相葉が長い沈黙のすえ、がっくりと肩を落とした。
「マジかよ。おまえ天下のホワイトデーに、まさか死体掘り?」
「そう」
 やはりあっさり認める京介に、法子は「やっぱり」と深すぎる溜め息をついた。
「……最悪」
「だって泣きながら走っている姿が見えちゃったんだ……」


 目の前で白い光に包まれ、消えていった女性。
 意地を張って、自分の気持ちに嘘をついたまま死んでいった女の人。
 捨てられたチョコレートを探して、一ヶ月も前から雑木林の同じ場所をさまよいつづけていた。
 自分の正直な気持ちに気づいた彼女は、大切な想いの象徴であるチョコレートを見つけだして、そして消えていった。
 彼女は気持ちを偽っていたことだけを、ただひたすら後悔しつづけていたのだ。


「走ってるってなにそれ、今度はマラソン選手の幽霊でも見たわけ?」
 険悪な声に、京介はかすかに微笑を浮かべ、「いや、可愛くて魅力的な女の人だった」と呟いた。
 相葉があちゃーと顔に手を押し当てたが、京介は気づかず「警察行ってくる」と毎度のことのような慣れた口調で言って、自転車のペダルを踏みこんだ。
「……私、チョコあげたよねぇ、京ちゃん」
 法子の声が背にかかる。
 京介は振りかえって、「あ」と呟いた。
「悪い、ホワイトデーもうあげちゃったんだ。今度、別で埋め合わせする」
 法子がびくっと肩を震わせ、しばらくして小刻みに体を揺らしはじめる。
 相葉があーあーと嘆きながら、両耳に自分の指を突っこんだ。



「……っ勝手にしろこの無神経バカの心霊オタク野郎ーー!」



 京介は背後に轟く法子の罵声に「どうしたのだろう?」と首をかしげながら、近場の警察を目指して自転車を走らせた。
 手にしたままだった青い包装紙に包まれたチョコレートを、背にした鞄の外ポケットに丁寧にしまいながら、埋め合わせの方法をあれこれと考えはじめる。


 ──やっぱりタチ悪いわ、ケイスケ。


 脇を過ぎてゆく雑木林の上空、真っ白に輝く月のなかで、ひとり苦笑している女性を見た気がして……。
「さようなら」
 京介は天然ナンパ師な優しい微笑みを浮かべ、そっと、手を振った。

おわり

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