第四話 |
その日、湯ノ倉 浅海(ゆのくら あさみ)は、いつも通り3限目の授業をサボって校舎の屋上にいた。 浅海は何をする訳でもなく、フェンス越しから小さな町を見下ろしていた。 「…〜〜♪」 少し前に流行った曲を鼻歌で唄う。非常にゆったりとした旋律で…。それこそ子守唄のように。 その時だけは、浅海ただ一人の世界が流れていた。 彼女が歌い終わると同時に、浅海が創り上げた世界を打ち砕くかのごとくチャイムが鳴った。 浅海はそのチャイムが授業の終りを告げるチャイムだということに気付き、教室へ戻ろうと振り返ると、見知った男子生徒の姿があった。 ―――様に見えた。 だが、そこには誰もいなかった。そこには元から何も存在しなかった様に。 「…あれ?」 しかし、彼女は焦燥感に似た違和感を感じた。 何かがおかしいと理性が叫んでいる。 それは何だと本能が問いかける。 それらが彼女の焦燥感を余計に掻き立てて、浅海はその場に居ても立ってもいられなくなった 駆け足で扉に向う。と、さっき男子生徒がいたと思い違えた場所に、留め金の外れたネックレスが落ちていた。 そのネックレスは浅海の知り合いがいつも身に付けている物と全く同じ物だった…。 「…………あ、わかった」 そう言って浅海はそのネックレスを付け、虚無の世界に一言だけ残して去って行った。 「誰も、いないんだぁ…」 生徒達の声が聞こえてくるはずのグラウンドに、浅海のその言葉は撫でるように響いた。 浅海は学校中を歩き回った。教室、体育館、食堂、職員室。人がいるはずの場所… 浅海にはそこが、今までいた誰かがいる世界よりもずっとリアルに思えた。 人がいなくなった事への恐怖や悲しさはなく、ただ… 誰もいないこの世界より、元の、人でごった返していた世界はとても空虚で無機質で殺伐としたものに思えたのだ。 …しかし、それでも、殺伐とした空虚で無機質な空間が満たされる場所はあった。 「病院…行こ」 学校を出た浅海は自然と病院のある街の方へ足を向けていた。 /// 「結構食らいついてくるねぇ…」 カーチェイスを始めてかれこれ40分近く経つ。 だというのに、いまだにマクドナルドの看板が窓の外に見えていた。 「せっかく見つけたんだし、…このままどこかに行くのも勿体無いよね?」 助手席にいるミッキーがガイの方を向いて頷く。 第一印象とでもいうのだろうか…、ガイはそのマクドナルドに何かがあるような気がしてならなかった。 結果、こうして40分も隣接する街を行ったり来たりしているわけである。 「さて、そろそろこの街の地形も分かってきたし、本気を出そうか…」 そう言うとガイはより一層アクセルを踏みこんだ。 後から追ってきた車もスピードを上げるが、車の質が違いすぎたのだろう、どんどん離されて行く。 「なんだ、始めっからこうしてればよかった」 と、さもつまらなさそうにぼやいた。 ミッキーも肩を落して首を左右に振ってうなだれた。 バックミラーに映る車がどんどん小さくなって、見えなくなりかけた時、突然目の前が真っ白になり、ついで… ―――バチ!! という音が助手席から聞こえた。 「ミッキー!?」 ガイにはその音以外、何も聞こえなかった。 全ての音、勿論ガイ自信の声をも掻き消す大音量。 本来、絶対に聞こえるはずのその大爆音すらガイには聞こえなかった。 それは間違いなく雷だった。 ガイはその事に気付き、ミッキーのほうを見ると 「アレを見ろ」とでも言わんかのように、右手を前に突き出していた。 ガイがミッキーの指す方向へ視線を向けると、 「――――」 ガイはここがもう天国なのだと思った。 フロントガラスの向こうに雷に包まれた少女が見えた。 それはまるで天使のようだった。 /// 「ち、ちょい待ちぃ!!」 紅はその人影を追ってT字路を曲がろうとした時、今まで自分の足音しか聞こえてなかった耳に、それ以外の音が入ってきた。 昔聴いたことがあるような旋律。 まるで母親が子守唄を歌っているような…。 「……」 紅の目にはもうはっきりと一人の少女の背中が映っていた。 「…〜〜♪」 少女は紅に気付かずに歩いていく。 紅はようやく我にかえって少女を呼びとめようとした…が、 ―――ドン!! と、突然の爆裂音がそれをかき消した。 「ったーーーー!! なんやねんないったい!? どっかで雷でも落ちたんやろか」 紅はじんじんする耳を片方だけ押さえて、少し回りを見渡し、視線をもとに戻した。 視線の先には「よっ!」とでも言わんかのように片手を上げた少女の姿が映った。 近づいてきた少女はほんのわずかだけ微笑んで、 「んー…、あなたも…独り?」 と、訊ねてきた。 服にプリントされたPinkのロゴと気にならない程度に間延びした声が印象的だった。 |
written by 樫乃 2002年06月11日公開 |