第三話 |
遡る事数時間・・・少なくとも彼の頭の中ではそうだった。 チャラララッタターー 今、目の前の機械は見事に777の数字をはじき出している。 「おぉ、またまたフィーバーかいな!」 機械の中で踊り走るマンガのキャラクター・・これは・・確かバカボン・・・そんなことを思いつつレバーを握った手をひねる。 機械からは大量の銀の玉がほとばしり、流れ出る玉を受け取りつつ「これやとまたケースが一杯になるな」などとのんきに考えつつ席を立つ。すでに足元には銀の玉で一杯になったケースが3つほど積まれている。 玉は出だし好調で、かなりのご機嫌である。 白衣を揺らし、うきうきしながらケース置き場を探すその足も心なしか軽やかだった。 だが、そんな彼はふと足をとめ微妙に首をひねった。 「あれ?・・・・・・さっきまで確か俺・・・カジノで遊んどったと思うのは気のせいなんやろか・・・。」 彼は確かに別の空間にその存在を置いていたはずだった。 空気はどこか退廃的で、広がる空間には無数の人がひしめき合っている。表情を隠すためか、ライトを暗く落とした中で小声でささやき交わすもその声は周りの騒音によってかき消され、最終的には大声でさえ小声に聞こえるといったありさま。 それを耳ざとく聞きつけるギャンブラーたち。 そう、彼はそんな空気の中に身をゆだねていたはずだった。 行きつけのカジノ・・そこで彼はカードゲームに身を沈める。精神と精神の駆け引き。隙を見せる・・それはすなわち負けを示す。そんな緊張感がたまらず彼は常にカジノではカードで遊ぶことにしていた。 だが、何故か・・・なぜかその時は唐突に目にとまってしまったのだ。店の隅に置かれた旧式のスロットマシーン・・・それが過去の産物でパチンコ台・・と呼ばれていることを彼は文献で知っていた。 マスターに「これ使えるん?」とたずね、了承を得たことで何気にマスターに手渡された数個の箱を足元へおき、銀の玉を放り込み時間をやり過ごしていた。 チャララチャラリラチャッチャチャー 軽快な音楽と共に彼が「よっしゃ、フィーバーや!!」と拳を握り締めた時だった。 突然、電気が消えた。 音も何もない、ただの暗闇・・それは人の心の深遠に似ていた。 「・・・・・・・・マジかい・・・・・・・うおーーー!!俺のフィーバーちゃん返したってーやー!!!」 彼は目の前のパチンコ台につかみかかりゆさゆさと揺さぶった。 カション・・・・・ 何かが動く音・・・・・・。 それと同時に周りには一斉に音が帰ってきた。 彼の目の前の機械からは玉がマシンガンのように一斉放射され、以降、彼は目の前の機械に魅了されていたのだった。 そう・・つまり、彼・・秋月紅は今の今まで自分のおかれた状況を理解してはいなかったのだ。 気がつけば回りは機械ばかりが整然とただずんでいる。おまけに店内は明るい蛍光灯で彩られ、紅の銀髪がそれをまぶしく反射する。ネオンで飾られたキャッシャーの棚には様々な景品が並べられている。 「こりゃまた随分とちゃうところに来たもんやなぁ・・・・」 口元を上げ、にやりと楽しげに笑いながらきょろきょろと店内を見回すもそれに動じた様子は一欠片も見当たらなかった。 「・・・・・・こんな時に取る方策・・・その1・・・・・状況を楽しむ!!これに限るわな!!」 大物なのかはたまた正真正銘の馬鹿なのか・・・彼はそう言い放つと目の端に映ったケースを引っつかむとスキップしそうな勢いで今までいた自分のパチンコ台へと戻っていった。 そして・・・今にいたるわけだった。 獲得した銀の玉はキャッシャーに置かれた景品と交換してくれるということを紅は知っていた。キャッシャーに人はいなかった。だが、せっかく獲得した銀の玉の山をそのまま放置するのはあまりにももったいないではないかと思うところがこの男の図々しさか・・・。店の奥まで鍵をあさりに行き、ゲットした鍵でショーウィンドゥを開けると紅は銀の玉の重量分でもらえる景品(それは店の中に並べられたほぼ半数の景品だったが)を置いてあった紙袋に詰め、紙袋に入りきらなかった分は背中へとくくりつけ、意気揚々と店を出たのであった。 ほくほく顔の紅が見たものは大方想像していたとおり、自分の考えていた世界とは別物であった。 まったく知らないものであるといえばそれは嘘であろう。見慣れた店舗のロゴもいくつかはあった。だが、それは紅の知らない世界のものであることは明らかだった。 見慣れない街並み、見慣れない街路樹・・大方が見慣れないものであふれていた。 右も左もわからない。だが、とりあえずじっとしているのは時間の無駄と考えたか、紅はとことこと店が面している大通りの歩道を歩き始めた。 大通りには様々な店が建ち並んでいる。これほど大きな通りなのだ、それは当然だろう。 だが、それがその違和感を際立たせていた。 人がいない。 店の中から今にいたるまで、紅が感じていた違和感は歩をすすめるごとに強くなる。 「結界・・・みたいなもんやろか・・・」 人がありながら別の空間を作り出し、指定したもの以外の進入を拒むそれを紅達はそう呼ぶ。それは、姿かたちばかりは等しいが、まったくの擬似空間。そして、ここはその雰囲気に似ていた。 車は渋滞していたのだろう・・道の上に並んだままで静止している。車を覗き込んで見るが生憎そこに人影は見受けられなかった。 紅は歩道に設置されたベンチにどかりと腰をおろした。ついでに両手に抱えた紙袋も両脇へと投げ出す。この緊張感のなさは今にも寝そべりお昼寝タイムに突入する・・そんな風情がある。 「いつまでもこないな所にいてるわけにはいかへんしなぁ・・・まぁ食料には困らへんのやろうけど・・・ってーーーーーーー!!?」 言葉の最後は驚愕だった。目を見張ると同時にベンチから飛び降り、紅は視界に写る影を追い、一目散に駆け出していた。 後には紙袋が一つ・・寂しげに残されていた。 ザ・・・・ザ・・ジジ・・・・ 紙袋が残されたベンチのある歩道に面した電気屋のテレビが一斉にノイズを吐き出した。画像は揺らめき判然としない。 人影が一人・・・残された紙袋を見て首をかしげる。 「これ・・・・危険物・・なんて冗談は言わないよね?」 からかうような楽しげな口調、からりと笑い、その人影は悠然とベンチに腰掛けた。 そこへ来る何かを待つように・・・・。 |
written by 神代晶 2002年05月25日公開 |