それぞれの新年

「今年も終わりかぁ……」
 ラギルニットはしみじみと呟く。
 常夏の大陸タネキアの海域は、冬の夜とは思えぬほど暖かく、月光の下を漂う船の上にも、ふわりとした柔らかな風が流れ込んできた。
 風は、去ろうとする年、訪れようとする年を暗示するかのように、右から左へ、右から左へと、ラギルの黄金の髪を揺らした。
「おー、ラギル。もうすぐカウントダウンだってよ」
 見張り台に膝を抱えて座っていたラギルニットの横に、下から上がってきた親友のレックが腰をおろした。その言葉通り、時はもうすぐ12時、もうすぐ今年の終わり──新年の始まりが訪れる。
「来年はなにが起こるかなぁ?」
 ラギルニットの独り言に、レックは星空を見上げて笑った。
「ラギルは何がしたいのさ」
 星空はどこまでも澄みわたり、見上げていると何だか夢の中にでもいる気分になる。
「うーん。いっぱいいっぱいありすぎて、よくわかんない!」
「いっぱい?」
「うん、いっぱい! あのお星様の数くらい!」
「多すぎ! ……手始めに?」
 見張り台の下に広がる甲板から、歓声が聞こえた。バクスクラッシャーの船員が、麦酒の入ったジョッキを天に掲げていた。
「うん。まずは……」
 興奮が頂点に達して、皆は一斉に叫んだ。
  五、四、三、二……!
「みんなと新年を迎えたいな」
  一!!


   明けまして、おめでと────!!

 レックはニヤリと笑った。
「今年もよろしくな!」


 雪の降り積もった白銀の大地を、イスティーノは酒瓶を片手にざくざくと進む。
 今年の冬は例年よりも寒く、厳しいものだった。一歩進むたびに足は雪の中にすっぽりと埋もれ、二歩目を踏み出すのに大変な悪戦苦闘を強いられる。
 イスティーノは人気のない夜の町をぐるりと見渡して、ひとつ苦笑をした。
「やれやれ。狐のまやかしにでも遭った気分だ」
 先日まではあんなに近かったはずの友人の家が、今日はこんなにも遠い。
「酒が冷えて、丁度いいかな?」
 しばらく立ち止まっていると、少し遠くの方に、仄かな明かりが灯るのが見えた。ぼんやりと光るその中に人影を見つけ、彼は破顔した。
「御老体に出迎えをさせてしまうとは、不覚」
 笑みまじりに呟いて、彼はその光、扉を開けたがために漏れた家の明かりの中にたたずむ、旧き友人に向かって、大きく手を振った。


 部屋の暖で曇った硝子の外に、雪が散らついているのを見て、オールアーザは乾いた唇をわずかに開いた。
「新しい年、か」
 白い硝子の中に自分の顔を見つけ、彼は不快そうに目をそむける。
 新年をこれほど意味のないことに思えた日は他にない。一日隔てただけで、昨日と今日、去年と今年の何が変わるというのだ。
 今年は一人で始まった。
 彼は五人兄弟の長子だ。伯子オールアーザ。だが側には四人の兄弟たち、仲子フォレス、伯娘ファスラ、仲娘メウィア、季娘ホズシ、その誰もがいない。母も父も、妻も子も、誰一人として自分の側にいない。
 オールアーザは低く息を吐き、悪夢しか臨めないだろう夢の中へと閉じこもっていった。


 火が爆ぜて、音をたてる。赤い炎はゆらりと揺れて、火粉を宙にふりまく。
 メラスは木の根元に寝転がり、その焚き火を見つめた。
 ふと目の前を黒い影が横切る。目を向けると、唯一の旅の友、烏に良く似た黒鳥が、自分の周りをちょんちょんと跳びはねていた。
 新年が嬉しいのだろうか。メラスは手を伸ばして、鳥の頬をそっと撫でる。鳥は嬉しそうに喉を鳴らし、メラスに身を預けた。
 数刻経って、さきほどまでは闇に融けこんでいた遠くの山際が、仄かに輝きだしたことに気がつく。青白いそれはやがて上へ上へと拡がり、紫に、赤に、徐々にその色を変えていった。
 メラスは起き上がると、まだ微かに燃えている焚き火を足で踏み消した。
 そしてじっと待つ。
 今日という日の太陽が、その姿を現す瞬間を……。

おわり

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