小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|ウェイの日常




「ウェイの日常」


 ジャンク映画を見ていると、「これ、美味そうだな」という食べ物が出てくる。
 もちろん架空の世界の食べ物だ、食べようと思っても食べれるものではない。
 たとえ再現できたとしても、作ってみたら、案外、まずい。
 そんな話を、昼下がりの仕事帰りのロブとした。
「ああ、俺もあるな、そういうの」
 機械の墓場からの帰り道に、安いがまずいパスタ屋があって、そのオープンテラスでの話だ。
 オープンテラスと言えば聞こえはいいが、実際には薄汚い、いかにも厨房はゴキブリと鼠だらけだろう店の前に、適当に椅子と机を並べただけである。
 ちょうど仕事上がりの中古屋が数組、ほかにもつまらなそうに、ゆるゆるのパスタをフォークに巻きつけては、口に入れる前にぶつっと切れて皿に落ちるそれを、錆びた目で見つめていた。
「あれとかなぁ……ハヤオ・ミヤザキの『LAPUTA: Castle in the Sky(天空の城ラピュタ)』の、パン。ううん、たまらん」
「パン?」
「おいおい、お前に合わせて、ジャンク映画から話題を引っ張ってきてやったんだぞ、パン? なんてつまらねぇ声出してんじゃねぇよ」
「俺に合わせてっていうか、日本のアニメだろ、それは」
 前世紀の世界地図には、"日本"と呼ばれる国があった。"ワビ"やら"サビ"やら、とかく繊細なその文化を、繊細さとは程遠いロブというこの男が愛してやまないのは、実に不可解であり、正直、気色悪い。
 日頃から、永遠のマドンナは"フジコ・ミネ"だと豪語するロブは、得意な日本アニメの話題に、おぞましくも恍惚と首を振った。
「その通り、ジャパニーズアニメーションだ。素晴らしい文化だ。あの国が今や"偉大なる遺跡"となっちまったのは、悲しい話だなぁ、え? ウェイ」
「俺は、2000年以前の映画が全部ジャンク呼ばわりなこと自体が悲しいよ……」
「ああ、ラピュタもジャンク呼ばわりだ。腐ってやがる。あんなに美味そうなパンはねぇってのに」
「……だからそのパンって何だ?」
「パンだよ、パン。シータが、パズーと一緒に、坑道の中で食べるだろ、食パンを。ドムおじさんと出会う、あの坑道だ! 目玉焼きののった食パン……それでシータがぺろっと目玉焼きを先に食べて、後から食パンを食べるんだよ。ああ、あのパンと目玉焼き……俺はパズーの食べ方よりも、断然シータの食べ方の方が美味そうに見えてな」
「……ああ、出てきたな」
 夢見る心地で喋っていたロブは、チッと舌打ちした。思うような反応を得られなかったのだろう。
 仕方ないので、俺も天空の城ラピュタから引用することにする。
「俺は、パンよりも、ドーラが食べるあの肉の方が食べたいな」
「あああ、ありゃ食べたいな! 俺もそれを言おうとしたんだよ」
「フォークでぶっさして、あのでかい肉の塊を食いちぎるんだ。で、糸が引くんだよ。何の糸なのかさっぱり分からないんだが、あれは美味そうだよな」
「べろーんってしてな。肉厚で……ち。」
 そこでちょうど、安くてまずいパスタが運ばれてきて、ロブはまた舌打ちをした。
 店員は、自分でも安くてまずそうなパスタだと思っている顔で、おいおいちゃんと洗ってんのか? と突っ込みを入れたくなるような汚い皿に山盛りのパスタを、テーブルに置いて去っていった。
 ロブは仏頂面でクラシュト・ペッパーを引っつかみ、パスタに山ほど振りかける。まずいものに辛味を足しても、美味くなるとは思えないが、それだけかけりゃ、まずさも紛れる辛さだろう。
「『LUPIN THE THIRD(ルパン三世)』の『THE CASTLE OF CAGLIOSTRO(カリオストロの城)』の山盛りパスタが食いてぇ……ルパンと次元が奪い合って、フォークにぐるぐる巻きにするやつだ」
 フォークをおざなりにくるくると回して、パスタに食らいつきながら、ロブは呟く。
「それなら俺は、『Le Grand Bleu(グランブルー)』のパスタが食べたい」
 グランブルーは、フランスとイタリアが合同製作した映画で、1988年に公開された傑作だ。俺の好きな『LEON(レオン)』って映画と同じ監督の撮影だが、ロブに話したところで話題は盛り上がらないのは分かっているから、ここまでにする。
 うんざりするパスタを地味に平らげながら、ロブは「で?」としかめ面で促してくる。
「は?」
「お前は、何の映画のどんな食べ物が食いたいんだ?」
 俺はパスタを突っつきながら、そういえばそもそもこの話題を振ったのが自分であることを思い出した。
 今さらになって、先に言っておけばよかったと思う。
 俺とロブがこういった話題を共有できるとすれば、唯一、「映画」と「日本」の間を取って、「日本アニメ」の話題のみである。ある程度、ラピュタやらルパンやらで盛り上がったあとで、これを言うのは自分でもどうなのかと思った。
「あー……映画じゃないけど。『Twin Peaks(ツイン・ピークス)』のチェリーパイ。クーパー捜査官がしきりに勧めてるやつ」
「……へぇ。分かんねぇけど」
「……だろうな」


 ……まあ、そういう日常の話だ。


おわり





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