小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|無意識に構えてました




「無意識に構えてました」


「それ、飲みたい」
 ウェイは口元に運びかけたマグカップを止め、相変わらず平坦な顔で自分を見つめるニナを見下ろした。
「飲みたいって……このコーヒーか?」
 ニナがこくりとうなずく。
 ウェイはしばらくニナと、マグカップの中で揺れる黒い液体を見比べた。
「……いいけど、砂糖もミルクも入れてないし、苦いぞ?」
 ニナがまたこくりとうなずく。
 本人がいいならば、とウェイは肩を竦めるが、しかし今日のコーヒーはいつも以上に苦味をきかせてしまった。砂糖とミルクを入れてやろうかとも考えたが、あいにくこの家にそんなものはない。ニナが飲む用に、ジャンク映画の『レオン』よろしく牛乳は買ってやっているが、ちょうど切らしていて、ついさっき買い物リストに「牛乳」と書き加えたところだ。
「ウェイ。それ、飲みたい」
 ぐだぐだと考えこむウェイに焦れたのか、しかし焦れた表情を一切表さずに、ニナが同じ台詞を繰りかえす。いつにない執着心を訝しみながら、ウェイは「それ」とマグカップをニナに手渡した。
 ニナは小さな両手でマグカップを受け取り、暖かそうに指先をほんのりと赤くさせる。心なしか、頬も紅潮して、無表情なニナの雰囲気を和らげた。
 ぽす、と軽い音をたてて、自分の隣に座るニナ。背の低いニナの足は床に届かず、両足が楽しげに揺れる。
 ウェイはどうなることかと内心で冷や冷やしながら、ニナがマグカップのふちを口元に運ぶのを見つめた。何やら巣立つ子を見つめる親のような気持ちである。
 マグカップが傾く。睫毛に縁どられた黒い瞳が伏せられ、喉がこくりと鳴る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 ウェイは「こくり」と一回鳴ったきり、動きを止めてしまった細っこい喉を見つめ、おそるおそるニナの顔を覗きこんだ。
「だ、大丈夫か? かなり苦いだろ……ぇ!?」
 言いかけたウェイは、ニナの顔がマグカップを口に当てたまま、かたかたと小刻みに震えていることに気づいた。
(こ、これは――!)
 こんなに無表情なのに、人形もここまではというほどに乏しい表情なのに。
(超我慢している……!?)
 ふるふると痙攣する顔が明らかに「我慢」を物語っていて、ウェイは動揺した。ニナの考えていることが手に取るように分かるなんてこと、今まで皆無に等しかったのだから、責められない動揺と言えるだろう。
「に、苦いのか。苦いのか!」
「…………」
「口から出すか? えっと……あ、マグカップに出していいぞ。無理するな!」
 おろおろしながら言って、ウェイは手元にたまたまあったあるモノをばっと構えた。
 数秒後、ニナはごくんと思い切って口の中のコーヒーを飲み干した。そして相変わらず表情ひとつ変えないままウェイを振り返り、中古屋が両手で構えたあるモノをまじまじと見つめた。
「……それはなに」
「え?」
 ウェイは問われている意味が分からずに首を傾げ、ニナの視線の先――すなわち自分の両手が構えているものを見下ろし、愕然と、事実すぎる事実を答えた。
「……カ、カメラ……ですね」


おや-ごころ【親心】
1 子を思う親の愛情。「はえば立て、立てば歩めの―」
2 親の愛情に似た温かい心遣い。「福祉政策にはもっと政府の―が欲しい」
3 泣きじゃくる我が子を、かわいそうにと思いながら、つい写メっちゃう心理。「待って、まだ泣き止まないで! 先に写メするから! やだめっちゃ可愛いー!」


おわり





…お返事 
Powered by FormMailer.