小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|運転手による下世話な考察




「運転手による下世話な考察」


 ガイ・フレデリックの尾行を始めて、早四日。
 運転手にはひとつ、切羽詰まった疑問があった。
「あいつはいつ便所に行くんだ……!」
 運転手は薄暗い路地の前方で、ミッキーと楽しくお話しながらスキップするガイの背中を見つめて、歯軋りをした。
 確かにこの四日間、ガイには何度となく尾行を撒かれている。ガイの把握する第三裏通りの裏道はあまりに複雑で、角を曲がったかと思えばそこは完全な袋小路、ガイの姿だけが忽然と消えていた……なんてことも、一度や二度ではない。
 それでも、運転手は持てる技術と知識を駆使して、ガイを追跡しつづけている。
 にもかかわらず、その間、彼は一度たりと便所に行っていない。
(見失った間に行っているのか?)
 運転手は顎に手を当て、苦悩に眉根を寄せた。
(いや、だとしても回数が少ない)
 ガイは知り合いらしい子供に出会うたび、道端だろうと何だろうと、簡易的な茶会を始める。お菓子はともかく、砂糖をたっぷり淹れた紅茶を、一日五、六回は開く茶会で、毎回楽しげに飲み干しているのだ。時には、おかわりだってする。
 加えて、この寒さ。となれば、襲い来るものは通常よりも、”近い”はず。
「……化け物か、あいつは」
 自分はこんなに行きたいのに。
 ガイが行かない限り、尾行を中断して、便所に駆け込むわけにはいかない。
 もちろんそこらで済ますなんて、もってのほかだ。半ケツ状態の無防備な姿をさらした瞬間、銃口を向けられたらどうする。反撃ひとつ出来ないまま、情けなさすぎる姿で死を迎える――冗談ではない。
 運転手は心中でガイを呪って、ふと前方からその姿が消えていることに気がついた。
「僕の秘密が知りたいかい?」
 声は頭上からした。運転手は何を思うよりも前に銃を腰から引き抜き、銃口を上空へと向けた。発砲。撃った二発とも狙いを外し、非常階段の鉄製の手すりに当たる。
「乱暴な男だ。ねぇ、ミッキー?」
 くすくすと笑った声は、多少距離を置いた背後から聞こえた。
 表情を消して振りかえると、ガイは相変わらずの美貌を微笑ませ、両腕に抱いたミッキーの頭を撫でていた。
「全く。後ろでぶつぶつと、便所、便所、言うのはやめてほしいものだね。実に不愉快だよ。だから君には、特別に、僕の秘密を教えてあげよう……」
 ガイは一歩、二歩と足を進めると、戸惑う運転手の前に立ちはだかった。
 そして頬を恥じらいでぽっと赤く染め、内股でもじもじっとした。
「アイドルは、おトイレになんて行かないんだよ……?」
 どういった仕組みでか、ガイの背後に、可憐な花がふわっと咲きみだれた。
「…………」
 呆ける運転手。ガイはその額に「えいっ」と便所用の小型すっぽんを突き刺し、自分の胸の辺りを人差し指で示した。
「そのほかの疑問のあて先はここ。ジョニーズ事務所まで。みんなのお便り、待ってるよ。じゃあまた来週、バハハイッ☆」


 花びらに紛れて姿を消したガイを、これ以上追う気にはなれず、運転手はよろりと地面にひざまずいた。
「アイドル像が古すぎる……っ」
 憤るところはそこじゃないだろ、と自分に突っ込みを入れながら、運転手は「ああ、自分もだいぶフレデリック兄弟に毒されてきたな」と悟るのだった。


おわり





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