小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.007 5



「待ってくれ。忠義を示すというなら、俺も示したい」
 テッドがなにかを言うよりも早く、ウェイは挙手した。
 その場にいた全員が、意表をつかれてウェイを振りかえる。
「これは驚いたなあ、ウェイちゃん! 積極的に忠義を示したがるなんて、さすがの俺様も予想外」
 ビューティが膝を打って笑った。
「"相棒" が、俺のせいでファミリー内での立場を悪くしているというなら、その汚名を返上したいんだ」
 ガイが自分を見上げる。サングラスに隠れて見えないが、胡乱な目つきをしているだろうことは想像がついた。
「それに、俺自身、孤立は避けたい。中古屋仲間から嫌われたいま、ここで生き残るためにも、あんたらに媚を売っておくほうが得策だと判断した」
 失笑が漏れる。中古屋、武器商人、ファミリーたちの嘲笑いだ。
「面白いなあ、ウェイちゃん。テッドちゃんの素直さも気に入ってるが、お前の率直さも悪くねえ。けど、残念だ。あいにく、お前の所有者は俺じゃねえんでな。――さて、どうする? ジョニー」
 ジョニーは目を細めた。
 心臓が高鳴る。ジョニーはビューティほど自分を買ってはいない。むしろ先日の入社面談での反応を見るかぎり、警戒しているはずだ。
 案の定、ジョニーは冷淡に言った。
「……テッド、龍海幇ロンハイ・バンにはお前が行け。ただし、もうひとり中古屋をつけることを認める。人選は任せた」
 ――駄目か。
 ウェイは嘆息する。クグカの来訪は突然すぎた。無策のまま、発作的に動いてしまった。テッドは決して自分を選ばないだろう。
 悲しいほど予想どおりに、テッドはバーナードという名の中古屋を同行者に選んだ。
 さらにまずいことに、話はそれで終わらなかった。
 ジョニーがウェイから視線をそらさぬまま、低い口調で言う。
「ウェイをどうするかは兄貴に任せる。ただし、龍海幇に行かせる気はない。怪しすぎる」
「え、俺様が決めていいのかあ?」
 ビューティは唇をめくりあげるように笑って、身を乗り出した。
「じゃ、ウェイ。お前はアレクセイ・ファミリーに行け。連中が経営する闇カジノに行って、頭目にご挨拶してこい」
 アレクセイ・ファミリー。
 最悪な結果になってしまった。龍海幇に行けないばかりか、ロシアン・マフィアの元に行かされるはめになるとは。
(数分前の自分を殴ってやりたい)
 ウェイは動揺をこらえ、慎重にうなずく。
「テッドと同じく、中古屋をもうひとりつけることを認める。選べや」
「選べと言われてもな……」
 龍海幇に行けないのならば、誰を選んでも同じだ。だいたい、テッド以外の中古屋は名前すら知らない。
(いや、外に出られるなら、まだ逃げ出せる可能性はある)
 自分にとって有利な人間を選ぶべきだ。だが、そんな人間どこにいる?
 ――そうだ。ひとり、いた。
「エニグマを」
 答えようと口を開きかけたところで、ガイがウェイの考えを代弁して言った。
 ビューティとジョニーは同時に顔を歪め、ウェイは驚いてガイを振りかえった。
「……お前をウェイに同行させるとは言ってねぇぞ、ガイ」
「案内役が必要だと言ったはずだ。龍海幇にはそこの運転手が、アレクセイ・ファミリーには僕が行く。なんならヨムチャイ商会も僕が行ってもいい」
 沈黙が下りる。不信感に満ち満ちた空気だ。
 ガイは倉庫内を見渡し、嘆くように溜め息をついた。
「そこまで僕は信頼を失っているのか。悲しいなあ。他意なんてないよ。ただ、"相棒" が僕の立場を気にかけてるなんて思ってもみなかったから、つい嬉しくてさ……」
 さらなる沈黙が落ちた。ガイは肩を落とし、ミッキーを寂しげに抱きしめた。
「……わかった。正直に言う。ここ最近の僕の行動を不審に思っているなら、僕はそう、拗ねていたんだ。だって、兄さんたちがあんまり運転手ばかり大事にするもんだから。僕のことなんて眼中にないみたいに、さ」
 ウェイはぞわりと背筋が震えるのを感じた。
 その気弱で、心細げな声音。あたかも傷だらけで雪原をさまよう哀れな小鹿のようだ。
 ファミリーがざわつく。ガイに向けていた剣呑なまなざしが、徐々に、優しさのこもった哀れみにとってかわる。下世話なことを言えば、一部の男どもの目には明らかな情欲の色が宿っていた。
(おいおい……)
 ガイは美男子だ。サングラスで顔を隠していようとも、放つ空気にぞっとするほどの色香がある。彼自身がその気になれば、ファミリーの感情を自在に操ることも可能というわけだ。
「それから、相棒を勝手に部屋に連れかえったことだけど……兄さんなら許してくれると思っていたんだ。僕が傲慢だったよ。弟っていう立場に甘えていたんだね。……ねえ、もう許してはもらえないかな? ふたりと喧嘩したままなのはつらい。でも、だめなら、信頼を回復できるように頑張る。チャンスをくれる? 兄さん」
 ビューティが筋肉隆々とした腕を組み、こめかみに青筋を立てる。
 激怒している。と、思った次の瞬間、
「可愛い弟よおおおおおおお、ようやく分かってくれたかああああああ!」
 木箱を飛びおりた巨体が、弾丸の勢いでこちらに吹っ飛んでくる。怯えるウェイを無視し、ビューティはガイを力任せに抱きしめた。
「俺も厳しくしすぎたようだ、許しておくれ! 俺はお前が俺たちとの関係よりも、そいつのほうを優先しているように思えて、悲しかったんだ! 最近、お前の行動が理解できなくなっていたし、思春期の弟にどう接していいか分からなくなっちまってたんだ、うわああ!」
「ああ、そう言ってくれて嬉しいよ、兄さん……!」
 感動の兄弟仲直りの図に、ファミリーたちが拍手喝采を送る。
 なんだこの茶番劇。
 ウェイは顔をひきつらせ、自分と同じように身の置き場に困っている人間がいないかを探し、ジョニーと目が合う。
 ジョニーは相変わらず疑わしげな目でウェイを見つめていた。ふっと視線をそらされ、緊張に凍りついた心臓が思いだしたように早鐘を打ちはじめる。
「……わかった。ウェイ。エニグマとガイと一緒に、アレクセイ・ファミリーに行け。詳細は追って知らせる」


 ガイとともに廊下に出る。「上機嫌です!」と言わんばかりに両腕を振っていたガイは、部屋に帰りつくなり表情を消した。
「なにが汚名返上だ。吐き気がする」
 やっぱり。ウェイは顔をひきつらせる。
「俺も吐き気がしたよ、お前の演技に」
「どうせ中古屋の案内役をしなけりゃいけないなら、君を案内するほうがマシだもの。途中でさぼっても文句は言わないだろうし。言わせもしないし。……でも残念だ」
 ガイが床に置かれた巨大クッションの上に飛びついた。
「クグカのところに友達がいるんだよねえ。ニックって言う子。だから、僕も龍海幇だったら気分がよかったんだけど。ねえ、ミッキー?」
「お前に友達なんているのか」
「引きこもりの中古屋には言われたくないね。そう思わない? ミッキー」
 ウェイは執拗にミッキーとだけ会話をするガイを見下ろし、入り口わきの壁に半身をあずける。
「……ガイ。ものは試しで聞きたいんだけど」
 ガイがクッションに顔をうずめたまま、くぐもった声で「なに」と言う。
「俺を殺す気がないなら、逃がす気はないか?」
 ガイが動きを止める。やがて無言で頭をもたげ、ウェイを見上げた。


 物は試し。今の問いに、それ以上の意味などない。ただ、ガイのほうが、情報屋クグカよりもマシな気がしてきただけだ。
 ガイはニナの頼みを受けてウェイを助けている。その行動規範は明解で、納得はできないが理解はできる。
 だが、クグカはなぜウェイを助けようしているのか。
 ――借りを返すために……。
 クグカはそう言った。だが、その「借り」とやらにまるで覚えがない。クグカとは先日、熱に浮かされていたときが初対面のはずなのだ。
(ただ、ひとつ気にかかっていることはある)


 情報屋クグカ。裏社会では名の知れた凄腕のハッカー。
 彼のまたの名を、MASTER of SPIRAL WORMS――螺旋の虫の遣い手、という。


螺旋の虫スパイラル・ワーム……たまたま似た名前をつけただけか?)
 ハッキングウェア〈螺旋の虫〉を開発したのは、他でもないウェイだ。
 マザーを破壊するために生みだし、マザーを破壊した後、痕跡も残さずに廃棄した。
 だが、螺旋の虫に、凄腕のハッカー、誰にも所在を把握できないファミリーの隠れ家をあっさり見つけ出したその手腕。嫌になるほど、"誰か" を連想させやしないか。
(まるで、"俺" だ)
 耳の奥でマザーの断末魔がこだまし、ウェイは目を伏せる。
 ただの偶然ならいい。だが、彼が接触をはかってきた以上、そう簡単に考えることはできない。


 ――それとは別に頼みごともある!
 ――が、それは、おぬしがもう少しまともな思考を取りもどしてからにしよう。


(クグカが俺に頼みごと。それはいったいなんだ)
 龍海幇行きから外されたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。正体不明の情報屋クグカの頼みごとなど、ろくなものであるはずがなかった。
 だが、クグカの助けを蹴るならば、あとは頼れるのはガイだけということになる。そこで先ほどの問いになるわけだが……。
「無理だね」
「……だろうな」
 もちろんそうだろう。仮にガイがウェイを逃がせば、ガイはますますファミリー内での立場を悪くする。せっかく汚名返上の機会を得たというのに、それを覆すほどの義理はさすがにないはずだ。
 だいたい、ウェイの右手首には用途不明の鉄輪が嵌められているのだ。フレデリックの意に反した行動をとった途端に爆発、なんてことになったら目も当てられない。
 ふと、クッションに頬杖をついて黙りこんでいたガイが口を開いた。
「死にたがりのくせに、逃げたがる。それはどういう心境だろうねえ、ミッキー?」
「別に死にたいなんて一言も言ってない。ただ、お前のほうが俺を殺したいだろうと……いや、いい」
 堂々巡りになりかけて話を切ると、ガイはぽつりと零すように言った。
「ニナに会いたい?」
「……え?」
 予想していなかった問いかけに、意表をつかれる。
 ガイは上着のポケットから四角い記録媒体を取り出した。
「今朝ニナに会いに行って、君が生きていること、しばらく帰れないことを話した」
 放られたそれを、とっさに受けとる。
 ガイが顎をしゃくってうながすので、ウェイは訝しみながら記録媒体を起動した。
『……これに向かって話すの?』
 舌足らずな幼い声がした。ウェイははっとする。
 四角い媒体の上に現れたのは、ニナのホログラフィ映像だ。拳大の小さなニナは、肩までの黒髪を揺らし、ウェイをじっと見上げて、長い睫毛に縁取られた瞳を瞬かせた。
『ウェイ』
 唇が開き、ニナが心細げにウェイの名を呼ぶ。
『いま、どこにいるの? はやく、ウェイに会いたい』
 ――その瞬間の胸の高ぶりは、自分でも予想だにしていなかったものだった。
 乾ききった胸の奥に涼やかな風が吹き荒れ、そのあまりの激しさに呼吸が止まりそうになる。
『ごはん、食べてる? よく眠れてる?』
「……なんだそれ」
 ウェイは思わず笑って、それと同時に困惑した。
 これは本当にニナだろうか。自分が知っているニナとなにかが決定的に違っている。
(まともにしゃべってる。それに表情も前より生き生きとして見える……)
 前は人形のようだったのに。不気味さを覚えるほどに無表情で、意思疎通をはかるのもやっとだったはずだ。
 ピッ、とニナの足下でエッグの鳴き声がする。ニナは一瞬、エッグを見下ろすようにしてから、眉を寄せてウェイを見つめた。
『あのね、ユンファとおっさんが帰ってこないの。情報屋のクグカに会いに行くって言ったっきり』
「――なんだって?」
 とっさに映像の中のニナに問いただす。もちろんニナは答えず、困ったような横顔をウェイに見せた。
『ふたりとも、ウェイを助けるって言ってた。なにか知ってる?』
 ウェイは当惑のあまりに絶句する。
 おっさんというのはロブのことだ。ガイの前で、ニナが「ロブ」と口にしなかったのは幸いとしか言えないが、それはともかくとして、ロブと、それにユンファ? ウェイを助けるために、クグカに会いに行って戻ってこない?
(どういうことだ。なら、クグカはふたりの要請を受けて俺に会いに来たということか?)
 分からない。クグカはそんなそぶりを見せていなかったが。
『ウェイ。あなたがいなくて、さびしい』
 ニナが呟く。
 ウェイは食い入るようにニナを見つめる。
『待ってるから』
 ニナが囁くように言って、胸の前で小さく手を振る。
 そこで映像は途切れた。
 ウェイは立ち尽くし、ただの無機物に戻った記録媒体を見つめる。
「龍海幇の隠れ家までの抜け道は知っている」
 不意に、ガイが言った。
「ただ、片腕しかない君には命がけの道程になるだろうけどねえ」
 ウェイは言葉を失い、まじまじとガイを見つめた。








…お返事 
Powered by FormMailer.