小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.007 2



NO.007 MASTER of SPIRAL WORMS:V



「どうやってマザーを破壊する?」
 地下室で、ウェイはのちに「英雄」と呼ばれる五人の中古屋のひとり、テッドと顔をつきあわせる。
 テッドは中古屋であり、情報屋でもある男だ。ウェイもこれまで何度も、モンスターボックスの出現情報などを買っている。だが、こうして話をするのは初めてだ。
 出方をうかがうような視線に、ウェイは慎重に答えた。
「破壊の手段はもういくつか考えてある。……ちなみに、あんたたちはこの抗争にどんな結末を望んでいるんだ?」
 テッドは壁際に立つロブと視線を交わし、口を開く。
「俺たちの最終的な望みは、フレデリック兄弟の死、それからファミリーの壊滅だ」
「マザーの破壊自体は、それほど難しくはない。問題は、破壊したあとだ。フレデリックがまた新たな人工知能を手に入れるか、あるいはバックアップファイルからマザーを再構築でもしたら元のもくあみだ。そうなれば、マザーはセキュリティをさらに強化し、破壊工作も二度と通用しないだろう」
「つまり……?」
「マザーを破壊するなら、それと同時にフレデリック・ファミリーも壊滅しなければ意味がない」
 テッド、ロブ、それにほかの三人の中古屋はぎょっとしたように背筋をただした。
「なにか考えがあるのか?」
「フレデリック兄弟は、マザーの指示に従って行動してるんだろう? なら、マザーにファミリーの壊滅につながるような偽の指示を出させればいい」
「偽の指示なんてどうやって」
「マザーに、ハッキングと同時に、発狂ウイルスを仕込むんだ」
 テッドは「発狂」と反芻し、小さくうなずく。
「なるほど。それで、偽の指示の内容は?」
「……そうだな。たとえば、ファミリーに表世界の襲撃を命じさせる、とか」
「表世界の襲撃?」
「そう。ブロードウェイでも、ウォール街でも、ソーホーでもいい。そして、その襲撃情報をあらかじめ警察にリークしておくんだ。可能なら、警察と手を組み、表世界で万全の迎撃体制を整え、ファミリーを待ちかまえる。そして、一網打尽にする」
 中古屋たちから失笑が漏れる。
「警察と共同戦線を張れと? 裏通りで何百人死のうが、見て見ぬふりをしている連中と? 馬鹿を言え」
「見て見ぬふりはしているが、警戒もしている。火の粉が表世界にまで飛んでこないよう、常に裏通りの動静を監視している。それぐらい気づいているだろう?」
「それは……分かっているが」
「表世界が狙われていると知れば、警察も重い腰をあげるはずだ。フレデリック・ファミリーの脅威は、奴らも十分に理解しているはずだから。できれば、GPS軍にもお出ましいただければ最高だな」
 淡々と言うウェイを、中古屋たちはまじまじと見つめた。
「……それで。発狂させたマザーはどうする?」
 テッドが問うてくる。ウェイは答える。
「放っておけばいい。害はない」
「害はない? 発狂した人工知能が? 甘いな。マザーが暴走でもしたら手に負えなくなる。すぐに処分すべきだ。……たとえば発狂させた後、マザー自身に自害を選択させる、というのはどうだ」
 ウェイはサングラスの下で目を細める。
 ――処分……。
 現代社会は、AIを生命体としては認めていない。犬、猫といった愛玩動物が「貨物」であるように、AIは「機械」に分類される。「AIに人権を」とアメリカ州レベルで議論がなされたこともあったが、六年前、アウトラス社から違法のAI搭載型ヒューマノイドが脱走したことをきっかけに、人々はAIへの嫌悪を強め、さらにはヒューマノイド型ではないAIに対してまで侮蔑意識を持つに至り、議論は頓挫した。
「どうした?」
 テッドの声に、ウェイは我にかえる。
 とっさに顔を背ける。だが、背けた先にロブの不審げな眼差しを見つけ、目を伏せる。
「……いや。そうだな。……わかった。最後に、彼女には『自殺』を選択させる」
 テッドは隻眼でもってウェイを観察し、続ける。
「俺は、ウェイの計画はいい思う。だが、本当にマザーにハッキングすることなどできるのか? マザーは、彼女自身が有能なハッカーだ。インターネットを介し、ありとあらゆる情報を手中におさめては、それをもとにファミリーの最善の行動を計算している。当然、自分自身がハッキングされることも考慮に入れ、万全のセキュリティを敷いている」
「これまでにハッキングを試みたことは?」
「アカツキが。ほかにも何人か。全員失敗し、殺された」
「……そうか」
「マザーのセキュリティシステムは、アウトラス社に匹敵するとさえ言われている。さっきウェイは、マザーの破壊は難しくない、と言ったが、本当にハッキングは可能だと?」
「できないなら、最初からここには来ていない」
 テッドは片目をすがめ、ほかの中古屋たちはどこか異様なものを見る目でウェイを見つめた。
 ウェイはそれらを無視して、ロブを振りかえった。
「ロブ、準備に半月ほしい。半月、持ちこたえることはできるか?」
 ロブはほかの中古屋とは対照的に、深い信頼をもって首肯した。
「最善を尽くす」
 ウェイはうなずき、立ちあがった。
「どこへ行く?」
「家に帰る。準備ができたら、ロブに連絡を入れる。俺がここに顔を見せるのはこれが最初で最後になる。お前たちはこのまま俺のことは忘れてくれ」
「なんだって?」
「俺が関わったことは忘れてくれ。誰にも言わずに口を閉ざしてほしい。それが手を貸す条件だ」
 テッドは眼帯を思案げに指でいじくり、ウェイを見据える。
「無理だな。仮にマザーの鉄壁のセキュリティを突破し、彼女を破壊できたとしたなら、俺は当然、お前の素性を知りたいと思うね」
「俺の素性について考えることもしないでくれ。そのかわりに、俺はテッドが、表世界では何者だったのかは考えない」
 テッドはそれを挑発と受け取ったのか、薄く笑った。ロブは「ウェイの言うとおりにしてくれ」と嘆息まじりに全員に告げた。
「ウェイ。うまくいったら……俺たちが得る報酬の半分は、お前のものだ」
 ふと、ロブがそうつぶやいた。
 ウェイは振りかえらずに答えた。
「金目当てじゃないよ、ロブ」


 七日をかけて、マザー攻略のためのハッキングウェアを開発する。必要な機材はすべて、機械の墓場で手に入れた。時間がかかったのはむしろ、抗争が激化するなかで近づくのが困難になった墓場での機材の入手だった。
 準備が整えば、あとはもうやることはひとつだ。
 マザーを見つけだし、発狂ウイルスを仕込む――。

+++

 金属めいた光沢を放つまで徹底的に磨きあげられた、リノリウムの床。天井は高く、白い照明が柔らかな光を広々とした室内に投げかけている。
 ここは、表世界のセントラルパーク沿いにある「アメリカ州自然史博物館」に併設された、インターネットカフェだ。
 ウェイは無人受付にあるカードリーダーに偽造証明書をかざし、カフェに足を踏み入れた。
 広々とした空間には、簡素なリクライニングチェアが等間隔に並んでいる。すでに利用者のいるチェアの周囲にはホログラフィ映像によるモザイク幕がかかり、利用者の姿は見られないようになっている。
 ウェイは適当なチェアを選び、腰かけた。すぐさま滝が降り注ぐようにチェアの周囲にモザイク幕が展開する。
『いらっしゃいませ、ご主人様! 広大なる〈ブレインネットの海〉へと泳ぎ出る前に、お飲物、お食事のご注文はいかがですか?』
 幕の表面に、なぜかメイド服を着て、猫耳をつけた店員のホログラフィ映像が現れた。
「じゃ、コーラ」
『かしこまりましたぁ。にゃんにゃん!』
 その言葉から間髪を入れず、チェアの横に置かれたテーブルにコーラが出現する。
 時間はあまりない。本来ならば、表世界の施設を、住民権を持たないウェイが利用することなどできない。それでも、偽造証明書を作り、一時的に表世界の住民を装うことぐらいならできる。だが、それも警備に偽造が気づかれるまでのわずかな時間だけだ。
(二十分でいい。それだけあれば十分だ)
「始める」
『ごゆっくりぃ!』
 リクライニングチェアがゆっくりと横倒しになる。横たわるウェイの頭部にカバーがかけられ、軽やかなシステム音がし、そして――、


 閉じた目を、ふたたび開いた瞬間、ウェイは黄昏の街角に立っていた。
 ここは、〈ブレインネットの海〉。
 インターネットの世界を、現実に存在する世界のように可視化した異空間である。
 利用者は肉体を離れ、意識だけをネットの海に投じ、インターネット上にあるありとあらゆるツールを利用することができる。六年ほど前に始まったサービスで、簡単な機材さえあれば自宅でも利用可能だ。
(ここに、マザーもいる)
 現在、ファースト・ジオ・マンハッタンには、登記上、三百体のAIが存在すると言われている。彼らは、AI法の定めにより、「人間の形状をした肉体」を持つことが許されていない。よって、彼らのボディは、自立歩行機能も持たないただの機械であることが多い。
 そんなAIにとって〈ブレインネットの海〉は絶好の遊び場だ。
 AIはしばしば不自由な機械の体を離れ、〈ブレインネットの海〉で「人間」を装って遊んでいるという。この世界で使う「自分」――つまり「アバター」の姿は自由にカスタマイズできるため、金髪美女や、むきむきマッチョ男、あるいは子供や老人に扮し、衣料品販売のサイトを覗いては、かりそめの姿に似合う服を見繕い、あるいは人間の異性とネット上でだけの火遊びを楽しみ、人間相手に囲碁を打ち、チェスをして、ひとときの娯楽を味わうのだ。
 マザーが〈ブレインネットの海〉を利用しているかどうかは分からない。だが、彼女はハッカーだ。当然、頻繁にネットを利用している。AIの性格上、それが〈ブレインネットの海〉である可能性が高い。
 問題は、どうやってこの広大な海から、顔も姿も分からないマザーを見つけるかだが……。
 ウェイは黄昏の街を見渡した。空は茜色、地上には平面的な街が広がっている。自分以外のアバターの姿もちらほらと見られるが、誰もこちらを振りかえらない。
 ウェイもまた、ほかのアバターにも、立ち並ぶ店にも目もくれず、階段の陰にひざまずいた。
 虚空を指で叩く。
 なにもなかったそこに、キーボード画面が出現する。
 ウェイは、素早くコードを入力した。
『WARNING。お客様は、不明のコードを入力しています』
 すぐさま、警告の赤文字が現れる。
「いいや、これでいい」
 ウェイはキーボードに指を滑らせ、いま入力したコードが、〈ブレインネットの海〉になんの害ももたらさない、ごく一般的なコードであると誤認させる。
『了解しました。コード000000ZXを起動します』
 次の瞬間、ウェイの足下から、万を超える数の文字と数字とが、出現した。
 無数の文字は一本の長い紐のように列をつくって、ウェイの周囲に螺旋を描いてたちのぼる。
 小さな羽虫の群れに似ていて、ウェイはこれらひとつひとつを「虫」と呼び、虫の集合体を「蟲」と呼んでいる。
「蟲。マザーを見つけだしてくれ」
 命じる。蟲は黄金色に輝き、螺旋から次々と分離すると、一個の個体となって黄昏の空へと飛び去っていった。
 ウェイは蟲を見送ってから階段に腰かける。そして、ただ待った。
 ウェイだけの頭脳でマザーを発見することは不可能だ。蟲の多くも失敗するだろう。だが、ウェイが開発したあの蟲は、「マザー発見」という命令を遂行するまで止まらない。一匹の虫が経験した情報はすべての虫に共有され、総体である「蟲」は、幾億、幾兆、幾京とおりもの「失敗」から「成功」へのプロセスを導きだす。人間ならば何十年かかっても遂行できない任務でも、蟲は数十分で成し遂げる。蟲にとって「マザー発見」という結果は、確定された未来なのだ。
 ――I got it.
 ふと、ウェイの耳に蟲の声が届いた。
(見つけた)
 ウェイはすぐさま蟲に「マザーへの侵入」と「発狂ウイルスの注入」を命じた。
 警報が鳴る。ウェイの証明書が偽造のものであることがばれたのだろう。タイムリミットだ。だが、もうやるべきことは済んでいる。
 ウェイは笑み、即座に〈ブレインネットの海〉からの離脱を選択。
 直後のことだった。


『あなた、誰』


 はっと足元を見下ろす。
 そこに、少女がいた。
 まるで水面から顔をだす人魚のように、地面から上半身だけを生やし、ウェイへと生白い腕を伸ばしている。
『見ぃつけた』
 少女があんぐりと口を開けた。真っ黒な喉の奥から、ウェイが送ったはずの虫の群れが飛びだす。逃げるよりも早く、蟲は螺旋を描きながらウェイの首に巻きついた。
 紐状になった蟲が喉を締めつける。苦しい。空気を求めてあえいだ口から虫たちが侵入する。喉から鼻腔を通り、脳へと。蟲が這い進んでいく。
 キン、と硬質な痛みが走った。
 鼓膜が雑音に呑まれ、
 アバターの、ウェイの意識が、
 世界に、ノイズ、が――、




 真っ白な世界だった。
 果てのない白のなかに、ぽつんと椅子が一脚だけ置かれている。
 ウェイはそこに縛りつけられていた。
 ここは――。
「こんにちは。ようこそ、わたしの精神世界へ」
 重たい頭を辛うじてあげると、目の前に少女がひとり立っていた。
 波打つ金色の髪、透き通った青い瞳、白磁の肌。十二歳ほどの見た目をした、奇跡のように美しい少女だ。
「マザー……」
 呟くと、少女は愛らしく首をかしげた。
 そして微笑む。
 親指と人差し指でつまんだ虫の一匹を、ゆっくりとすり潰しながら。
「ええ、そう。わたしはマザー。あなたのお名前は? 名無しのアバターさん」








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