小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.006 9



 生き残った中古屋と武器商人の六人は、ファミリーの世話役に連れられ、狭い廊下をのろのろと歩く。
 寒い。凍えるようだ。真冬だというのに、暖房が効いている気配はない。
 どこに連れていかれるにせよ、ろくな場所ではないことはたしかだ。
 ウェイは一列になって歩く中古屋たちの真ん中で、ふらつきながら歩を進めた。吐き気をこらえる。眩暈がひどく、脂汗が噴きだす。ビューティに左肩を踏みつけられた痛みが振動となって、わん……と脳に反響しつづけていた。
 どん、と背を乱暴に押された。
 振りかえるまでもない、背後の中古屋だろう。
 ――もっとも、あそこにいる中古屋どもは、決してお前を歓迎はしねえだろうがな。
 ビューティの言うとおり。
 もちろん、あれほどの暴言を吐いて、中古屋がこれまでウェイに持っていた「引きこもりの臆病者」という評価を変えないわけがなかった。
 いまや、「引きこもりの、臆病な、最低の裏切者」だ。
(当然だな)
 ウェイはサングラスの下で目を伏せ、小さく、音にもならぬ溜め息をついた。
 連れていかれたのは、食料置き場らしき狭い空間だった。
 壁に一列に並べられた六人。白々と輝く蛍光灯のあかりの下、全員の右の手首に、ガチン、と冷たい音をたてて鉄の輪がはめられる。
「なんだこれは」
「なんだと思う?」
 一番端に立つ武器商人の問いに、輪をはめたファミリーの世話役はただ物騒に笑った。
 鉄の輪は、ひどく冷たい。冷凍庫のような室内の気温に冷やされ、右手首の血が凍りそうなほどだ。
(位置を知らせる発信機か。身体的変化を見抜く、嘘発見器か。命令にそむいたときに、電撃でも流すための懲罰装置か……)
 ウェイはうつむけた顔を鉄輪に向け、意外と重みのないそれを見つめる。
(それとも、そうした疑いを持たせることが目的の、ただの輪か)
 なんにせよ、フレデリック・ファミリーは「入社面談」だけで、中古屋たちを「仲間」と見なす気はないようだ。
「俺たちは、これからなにを?」
 ウェイの隣に立つ、隻眼の中古屋テッドが、平素と変わらぬ冷静さで問う。
 ファミリーの世話役はいっそう笑みを深めた。
「おうおう、その調子だ。積極的にお仕事をする気でいるかぎり、俺たちのボスはお前らを生かしておくだろうよ」
「――お前らを信用はしない」
 ふと、部屋の入り口から声がした。
 振りかえると、そこに立っていたのは、フレデリック兄弟のひとり、ジョニーだった。
(エニグマ……)
 ジョニーのかたわらに立つエニグマの存在に気づき、ウェイは驚きに目を見開いた。
 垢汚れのない清潔な衣服をまとったエニグマもまた、床に落としていた視線をあげ、ふとウェイに気づいて、暗い瞳を見る間に明るくしていった。
(無事だったか)
 ハドソン川のほとりで倒れていたエニグマを、川辺の小屋まで運んだことは覚えている。だが、その直後、ウェイ自身が攻撃を受けて左腕を失い、その場に昏倒してしまった。
「入社面談」では姿を見かけなかったから、もしや助からなかったのか、とも思っていたが――。
 エニグマは果たしてそのことは覚えてはいないだろう。
 だが、ウェイを驚きの目で見つめるエニグマの瞳にも、やはりどこか安堵の色が見られた。
 ふたりはいっとき視線をかわし、しかしジョニーやほかの中古屋に気づかれるまえに、どちらともなく顔をそむけた。
「仲間として認める気もない。だが、利用価値はあると思っている。そこでひとまず、お前らのことは奴隷だと思うことにする」
 ジョニーは淡々と言って、手にしていたなにかの小型の機械を、六人に掲げて見せた。
(録画機器か)
 それで十分に、ウェイにはこれからの展開が予想できた。
「さて、まずは中古屋。お前らの最大の利用価値を、存分に発揮してもらうとしようか」
 ジョニーは一切、笑うこともせず、そのかわりにファミリーの世話役がひどくいびつな笑みを浮かべた。


 ――その日……。
 痛々しいほどの静寂に包まれていた第三裏通りのありとあらゆる建物の壁面に、ノイズまじりの映像が投射されたのは、日暮れ前の遅い時間帯のことだった。
 映像に映しだされた隻眼の中古屋テッドは、みずからが五人の英雄のひとりであることを名乗ってから、第三裏通りに身をひそめる数多の中古屋と、住民たちに向け、告げた。
『中古屋は本日この放送をもって、フレデリック・ファミリーへの完全敗北を宣言する』、と。
 鳴りひびく声は、さらにフレデリック・ファミリーがいかに素晴らしい組織かを淡々と語り、中古屋として彼らに抵抗をしつづけた自分を恥じ、猛省する、とまで告げた。
 そして空からは、まるで雪のように無数の紙片が降りそそいだ。
 それは、いつかの日に降った、サーカス団の公演広告に似たチラシだった。
 水色と白の縦縞衣装を着たピエロ。不気味に笑う道化師が手にしているのは、三色の風船。ピエロの横には、「求人広告!」という文字が躍る、コミカルな噴出し口。


 求人広告!
 ファミリーの仲間になりたいひと、ご連絡待ってまーす!
 今なら、お仲間ステッカーとトイレットペーパーを進呈中。
 ステッカーを身につけている君は、もしかしたらファミリーから攻撃されないかも!?


 住民たちは空から降ってきたふざけた広告を手に、呆然と、黒い煙のくすぶる廃墟のなかにたたずむ。
 重たい沈黙に包まれた第三裏通りには、中古屋テッドによる敗北宣言は、いつまでも、いつまでも、虚しく反響しつづけた……。







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