小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.006 5



「面談を終えていない中古屋が、お前の部屋にいるってなぁ、どういうこった? あん?」
 ワインの空瓶を、投げては掴み、投げては掴みと弄びながら、ビューティは問うてくる。
 ガイは何気なさを装い、長机の周りに集まったファミリーに混じって、肩を竦めた。
「先に、そこの運転手に話を聞いてみたら? それより、僕は喉が渇いたよ。ねえ、ミッキー?」
 ファミリーの数人が慌てて空のワイングラスを用意し、トロピカーナプロダクツ社のオレンジジュースをとぽとぽと注いだ。
 いつの間にか、倉庫内の空気は痛いほど張りつめていた。ファミリーは誰もが戦いた様子で沈黙している。
 ビューティが運転手に顔を向けた。運転手は爬虫類のような目を細める。
「……ただの推測ですが。先ほど、ガイ・フレデリックを呼びに部屋に行ったとき、ベッドに男がひとり眠っていたようでしたので」
 気持ち悪い言い方をするな。ガイは眉を寄せながら、運転手が喋る間に、頭を目まぐるしく回転させる。
 やはり、見られていた。だとすれば、下手な嘘はつけない。
(考えろ。どうすればあの男を、生きたまま、ニナの元に届けられる?)
「ベッドに、男が、ひとり、眠っていた、だあ? おいおい、なよなよした弟ちゃん、まさかおホモ達をおうちにお招きしたんでちゅかー?」
「僕はなよなよなんてしていない」
「お人形抱えて言う台詞じゃねえよなあ! 畜生、俺の可愛い弟は、アルカトラズ監獄で男に掘られてカマになっちまったんだ……っうあああああ!」
「掘られてないし、掘ろうとしてきた男たちは、ことごとく股間にボールペンを突き刺して使い物にならなくしてあげたよ。兄さんも、知ってるじゃないか」
 ひっと短い悲鳴とともに、ファミリーの男たちが蒼白になって股間を押える。
 成り行きを見守っていた主賓のジョニーが、大仰に溜め息をついた。
「……話の腰を折るなよ、兄貴。続けろ、運転手」
「いえ、それだけです。足しか見えませんでしたが、靴に見覚えが。私が川辺からここに運び入れた、死にかけの中古屋の――いえ、武器商人かもしれませんが、ともかくその男の靴と良く似ている気がしたので」
「靴とか覚えてやがんのかよ。てめぇの気色悪いスキルは、フレッシュ・ジュース作りだけで十分だっつの」
「はあ。ですが、暇なもので」
 嫌味たらしく言って、運転手は油断ならない視線をガイに向けてくる。
「ついでに言えばその男、失血死したので、ゴミ捨て場に捨てたはずなのですが……」
 まったく、なんて腹立たしいまでの記憶力だ。ガイはオレンジジュースをぐっと呷る。
 ビューティは無言だった。かわりに、ジョニーが高圧的に問いかけてくる。
「どういうことだ、ガイ。兄ちゃんに分かりやすく説明をしろ」
「こういう時だけ、兄貴面はよしてほしいんだけど」
 ガイは呟いて、グラスを長机に置いた。すかさずファミリーがジュースを注ぎ入れるのを横目に見ながら、口を開く。
「そう。彼は確かに中古屋だ」
 端的に答えると、ジョニーは蜘蛛の刺青をした目に剣呑の色を宿した。
「……どういうことだ」
「中古屋だけど、そう、あれは僕の……友達、かな?」
 我ながら怖気が走る。ガイは吐き気を堪えて、続ける。
「ジョニーは中古屋が大嫌いだから黙ってたけど、アルカトラズ監獄から脱出した後、アニーの紹介で知り合ったんだよ……ねえ、ミッキー?」
 ジョニーは呆気に取られた様子で首を横に振った。
「アニー? あの赤毛の酒場の店主か? なぜ中古屋なんて紹介してもらった」
「ジョニーは、僕が表世界のF.A.OシューワルツXTに、クリエイター登録をしているのは知ってるだろう?」
 F.A.OシューワルツXT。ファースト・ジオ・マンハッタンの一等地「五番街」に本店を構える、世界最大規模のおもちゃ専門店。
 アルカトラズ監獄に収監される以前、ガイはF.A.OシューワルツXTに籍を置く、当代一人気のおもちゃクリエイターだった。
 フレデリック一味として逮捕されてからは、ずっと休業しているが、クリエイターとしての連絡箱には定期的に復帰を願うメールが届いていた。
 その事実を知る者は兄弟以外にはおらず、ファミリーばかりか中古屋、武器商人、運転手までもが目を見開き、ガイを見つめてくる。
(あんまり知られたくなかったな……)
 ガイは小さく息をつく。
「ようやく裏通りに帰ってこれたし、そろそろクリエイター業の方にも復帰しようと思ってる。でも……作れないんだよねえ。アルカトラズ監獄は、僕に良い影響を与えなかったみたいだ。心が浮き立つような楽しいおもちゃが、ちっとも考えつかない」
 ガイは鉄製のミッキーを抱きしめ、首を傾げる。
「あの中古屋は、アニーもお気に入りの優秀な男でねえ。スランプ中の僕が考えたつまらないおもちゃを、あっさりと、楽しいおもちゃに変えてくれた」
 これは、必ずしも嘘ではない。
 何日も前、ガイは酒場で会ったニナに、試作品の万年筆を披露した。その万年筆で書いたものはすべて立体映像となり、インクが乾くまでの間、そこら中を自由自在に動き回るというおもちゃの試作品だ。
 それを見た自称『ニナの保護者』の中古屋ウェイは、たいそう興奮しながら「万年筆より、マジックかスプレー缶の方が面白い」と言ったのだ。
 アルカトラズ監獄は、この世の悪夢としか思えぬ場所あった。
 夢も、希望もなく、いるのはただ飢えた獣のような大人の男どもばかり。
 万年筆ではなく、マジックかスプレー缶の方が面白い――たったそれだけの発想すらもう浮かばず、ガイはあの時、確かにウェイに興味を持ったのだ。ほんの一瞬ではあったけれど。
「だから、僕がスランプから脱け出せるまで、共同開発者として助けてもらおうかと思ってる。そのために、紹介してもらった」
「中古屋に、助けてもらう?」
 ジョニーの声音から険が消えることはなかった。それどころか、ますます苛立ち、鼻頭に深い怒りの皺が刻まれる。
 ガイは、ヒョウ柄サングラスの奥で、憔悴した中古屋たちを順繰りに観察する。ひとりひとりの顔を確認し、中でも特に、片目の男テッドに注意を向けた。
 テッドは、どこか意図的に、無表情を装っているように見えた。
(牢獄で、ウェイの所在を訊ねたときも、あいつはなにかを隠している風だった……)
 他の中古屋は「ウェイ」という名前を聞いてもなんの反応も示さなかった。だが、テッドは違う。知人なのかもしれない。なら、賭けてみる価値はある。
「彼は引きこもりの中古屋だよ。僕らと対立関係にはない。……今回、騒動に巻きこまれたと知って、正直、肝が冷えたよ。ゴミ捨て場で彼を見つけたときは、すでに息をしていなかったけど――運の良い男だねえ、命を繋ぎとめた」
 ガイは唇を微笑ませる。
「というわけで、あれは僕が貰い受ける。もともと僕の友人だしね」
 ジョニーは言葉を探すように視線をさまよわせた。
「……騙されてるんじゃねえのか、そいつに」
「この僕が? ジョニーは、僕が、他人に騙されるような愚か者に見えるのかな」
「お前は、簡単に、他人を信用しない。特に、大人の男はな」
「もちろん。ただ、僕にあれを紹介したアニーのことは信じている。アニーは趣味がいい。骨董玩具の趣味が特に、ね」
 ガイは、これで話は終わりだとばかりに、長机をとんと指で叩いた。
「治療が終わるまで、彼には僕の部屋で過ごしてもらう。友達が家に遊びに来た程度に思ってくれればそれでいいよ。いいでしょう、ジョニー兄さん?」
 ジョニー兄さん。その言葉に、ジョニーはしかめ面で背もたれに身を預ける。
「……その中古屋の名前は?」
「ウェイ」
 ジョニーは中古屋たちに視線を向けた。
「おい。お前ら、ウェイって中古屋を知ってるか?」
 高圧的な質問に、中古屋たちは蒼白になってかぶりを振る。ジョニーはガイの期待通り、彼らひとりひとりの顔を見やり、片目の中古屋テッドに目を留めた。
「ウェイを知ってそうだなあ、テッド。本当にウェイって中古屋は、お前らのお仲間じゃねえのか?」
 テッドは怪我をしていない方の目を、忌々しげに細めた。
「知っている。だが、仲間なんかじゃない。臆病にも、マンションに閉じこもって戦いもしねえ、最低のへたれ野郎だ」
 演技と言うには、あまりに迫真すぎる蔑みに、ジョニーは相好を崩した。
(そこまで言う?)
 ガイの方は内心で首を傾げた。
 テッドの反応は、期待通りでありながら、予想以上に強かった。
「……まあ、そういうこと。だからジョニー、あれは僕にちょーだい?」
 ガイとジョニーはしばらく真正面から睨み合う。
 だが、やがてジョニーは舌打ちすると、針鼠のように逆立てた髪を手で掻き回した。
「わあったよ! ただし、ちゃんと責任持って飼えよ! 捨てるときは殺せ!」
「わあい、ジョニー兄さん! そうするよ! じゃあ、早速だけど、まだ怪我の治療が終わっていないから、僕はここで失礼を」
 ガイはその場で跳びはね、そそくさと会場を後にしようとした。だが――。
「……おい」
 地の底から響き渡るような、強烈な怒気の籠った声。
 倉庫内の空気が一気に冷えこみ、ファミリーだけでなく、ジョニーまでもが震えあがる。
 ガイは一度目を伏せてから、諦めとともに、背後を振りかえっ――、
「……ッ」
 離れた位置にいたはずのビューティの巨体が、いつの間にか眼前にあった。
 身構えたときにはすでに遅かった。巨樹のような太い右脚が、ガイの腹部にめりこみ、内臓が破裂せんばかりの衝撃とともに、小柄な体が弾丸のような勢いで後方に吹き飛ばされる。
 勢いよく床に転がったガイの体は、磨き抜かれた倉庫の床を滑り、壁にぶつかってようやく止まった。止まっていた息を吸った瞬間、カハッとむせ返り、口から血と胃液が飛び散る。
 遅れて襲いかかってきたのは、激痛。ガイはミッキーごと両腕で腹を抱え、歯を食いしばって身を丸めた。
「お、おい、兄貴……っ」
 ようやく事態を把握したジョニーが、焦った様子で制止の声を上げる。
 ガイは瞑っていた目を開けた。顔の前に、巨大な靴がどんっと踏みおろされる。ビューティは、力なく喘ぐガイの胸倉を掴み、軽々と宙に持ち上げると、なんの躊躇いもなく長机の方へと投げ飛ばした。
 ファミリーはただ愕然と立ち尽くし、吹っ飛んでくるガイを見送った。受け止める者もなく、背中から机にぶつかったガイは、カラフルなお菓子とともに床に転がり落ちる。
(――痛いなあ)
 痛い。どこがと答えられないほど、体のありとあらゆる部分が痛みに悲鳴を上げている。
 だが、絶え間なく襲ってくる痛みのおかげで、頭の方は冴えてきた。
 とりあえず、起きなければ。獅子は落とされた千尋の谷間から這い上がらねば、家族として認めてはもらえないのだ。認めてもらえなければ――殺される。
 ガイは震える両手を支えに上体を起こし、神話に登場する巨人よろしく轟然と歩いてくる長兄を見上げた。
「ちょっと待てよ、兄貴。落ち着けって! いったいどうしちまっ」
「黙っとけ」
 宥めようとしたジョニーの顔面に拳を叩きこみ、ビューティは真っ直ぐにガイの元へと歩いてくる。ジョニーは鼻血を撒き散らしながら床に転がり、「ファック!」と口汚い言葉を連発した。
 ファミリーが悲鳴を上げて、ガイの周囲から散り散りになって逃げ惑う。
 ガイは床に血を吐き捨て、割れたサングラスの奥から兄を睥睨した。
「……なにか文句が? 兄さん」
 ガイを居丈高に見下ろすビューティの眼は、静かな狂気に据わっていた。
「ねぇと思ってんのか、弟よ」
 地鳴りのように唸り、ビューティは身を屈めると、首を傾げて弟の顔を覗きこんだ。
「長兄の俺様が、可愛いジョニーのために用意したお誕生日プレゼントを、ジョニーにやる前に、末っ子のお前が奪いとるってのは、どういう領分だ? ああん?」
 その言葉に、壁際まで逃げたファミリーたちが絶句する。
 なんだそりゃ。口には出さないが、全員がそう思っているのが分かる。
 ガイは乱れた呼吸をどうにか整えながら、兄の無表情を、表情がないだけに壮絶な怒りを感じる面を見つめた。
「さっき、ジョニーの許しは得た。あれは、僕のものだ」
「事後承諾を、偉そうに、振りかざすんじゃ、ねえ」
 ビューティはガイの後頭部を掴み、ぐっと床に押しつけた。
「……痛いんだけど」
 額を床に擦りつけられながら、文句を吐く。だが、ビューティは手を離さなかった。
「痛いだろうなあ。だが、兄ちゃんの心はもっと痛がってるぜえ? 確かに、俺たちファミリーには母ちゃんがいねえ。みぃんな死んじまった。けどよー、その分、俺はお前たちを立派に育てたつもりだぜ? それがなんだ。弟が、兄ちゃんの物を横取りした、だって? まったく……嘆かわしいにもほどがあるぜ!」
 今度は、後ろ髪を引っ張り、自分自身が立ち上がるのと一緒にガイを立たせると、無造作に腹に膝蹴りを入れられた。
 口から血が飛び散り、ガイはその場によろめき倒れる。
「あ――」
 と、そのとき、大事に抱えていたミッキーが手から零れ落ち、ビューティの足元に滑っていってしまった。とっさに手を伸ばした瞬間、ビューティは足を高々と上げ、ミッキーの左腕を力任せに踏みつぶす。
 バキッと嫌な音がし、ミッキーの肩から腕が砕け落ちる。
「人に、大事なもんを奪われる苦しみを思い出せや、マイケル」
 低く言われ、一瞬で、頭に血が上った。
 ガイは身を起こすなり駆けだし、ビューティに体当たりした。ガイの体重ごときでは倒れる体躯ではないが、ミッキーの砕けた腕が足裏で滑ったのか、ビューティは体勢を崩し、床にどうっと倒れこんだ。
 呆れるほどの巨体に馬乗りになったガイは、腰のポケットから掴み出した拳銃を、ビューティの顎の下に突きつけた。
「ミッキーに謝れ。トーマス」
 ビューティは憤怒に顔を真っ赤にすると、蝿でも叩き落すように銃を払い飛ばし、そして――。
「そこまでだ!」
 床に転がっていたジョニーが、鼻血を流しながら、叫んだ。
「俺の誕生日会だぞ、それ以上、俺を無視して騒ぎやがったらぶっ殺す! ファック!」
 珍しく激昂したジョニーの鼻血姿があんまりに哀れで、壁際で凍りついていたファミリーたちがようやく呼吸することを思い出した。ジョニーは助け起こそうと手を貸してくるファミリーをなぎ倒し、苛々と立ち上がって、長机を蹴飛ばし、もう一度「ファック!」と叫んだ。
「兄貴、俺が自分の誕生日プレゼントをどうしようが勝手だろうが! 口出すんじゃねえ!」
 次兄の猛烈な怒りに、正気に返ったビューティは叱られた小犬のように狼狽える。
「……け、けどよう、弟よ」
「ガイ! てめぇもてめぇだ、得体の知れねぇ中古屋なんか懐に入れやがって! いいか、そいつが目を覚ましたら、そいつにも「入社面談」を受けさせろ。共同開発者だがなんだか知らねぇが、兄貴のプレゼントとしてこのアジトに来たからには、てめぇの「お友達」じゃなく、他の中古屋同様、新参のファミリーとして扱わせてもらう! わかったか!」
 ガイは口端から溢れる血を拭い、無言でジョニーから顔を背ける。
 ジョニーは舌打ちし、手を叩いた。
「誕生日会はこれでお開きだ! てめぇらはいったん全員、部屋に戻れ! 三十分だけ、俺様をひとりにしやがれ、くそ!!」 
 ガイはすっかり大人しくなったビューティの巨体から退き、片足を引きずって歩く。
 頭が朦朧とする。視界が歪んでいる。サングラスの左側のレンズが割れたせいで、視野が妙に明るい。
 ガイは床に横たわるミッキーの傍らに跪いた。
 こんな扱いをされても笑顔のミッキーを抱えあげ、砕けた腕を拾い集める。
「……おい、マイケル」
 ビューティが声を掛けてくる。ガイはそれを無視して立ち上がると、振り返ることなく、血と硝煙とクラッカーの匂いに包まれた倉庫を後にした。







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