小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.006 3



「……おい――」
 先ほどの揺れで腰を強打したらしい運送屋が、身を屈めてウェイの傍らに立つ。だがその目はウェイを振り返ることなく、目の前の惨状を愕然と見ていた。
「なにが起きた……?」
 答えを持たず、ウェイは首を横に振って、爆心地に目をやる。
 爆心地は、クイーンズ・ボロ橋を挟んで向こう側の川べりのようだった。ここまでは多少の距離があったからか直撃を免れ、船体は無事だ。ただし、船内にいた乗組員たちで、起きあがれるだけの余力がある者は、ウェイと、舵台にしがみついていた運送屋、ほかは一人か二人程度だった。
 爆心地の方は見る影もなかった。地形が完全に変わり、川床が露わになっている。進路を見失った川水は、低地を求めていつもとは違う蛇行を見せはじめている。
 クイーンズ・ボロ橋は、完全に捻じ曲がっていた。
 崩落した一部が、剥きだしの川床に突き刺さっている。
 そして、そこに転がる、元は船だったと思われる金属の塊――。
「くそ。なんなんだ。……おい、船が再起動できるか確認しろ! システムのエラーを割りだせ!」
 無事な船員に告げ、運送屋はそこらに放ってあった汚れの染みついた布をウェイに放る。
「すげえ血だ。押さえとけ。……起動が完了次第、俺たちはすぐに離陸する。乗って行くか? あの調子じゃ、お仲間は――」
 奇妙な静寂に支配された川辺に、短い悲鳴があがった。
 眉を寄せ、本能的に東の空に目をやったウェイは、目を見開いた。
「赤いエアジェット……」
「ち。やっぱりフレデリック兄弟じゃねえか! 巻きこみやがって、糞が!」
 運送屋が身を翻し、自ら船体のチェックにかかる。ウェイはどこからともなく現われ、壊れた橋の上空を旋回するジェットを食い入るように見つめた。
 そうか、と理解する。
 つまり、これはフレデリック・ファミリーの襲撃だ。
 武器商人と取引をしていた中古屋たちに、襲撃をしかけたのだろう。
(だが、これほどの被害……)
 ここは、中立地帯だ。中立地帯でここまでの破壊行為をすれば、GPS軍が動く。警察も兄弟の追跡にますます力を入れるだろう。そんな危険を冒してまで、これほどの破壊行動をする意味が分からない。いや、確かにフレデリック兄弟はいつも意味のない派手な行動ばかりを起こすが、それでもこれはあまりに――。
(EMPバラージ……)
 恐らく、最初にウェイが感じた違和感は、EMPバラージだ。
 特殊な電磁波パルスを広範囲にぶちまけることで、電子機器を使い物にならなくする代物。かつて、機械化社会に突入した直後、GPS軍が多用していた代物だが、現代の電子機器はEMPバラージの攻撃を受けても問題ないレベルまで、技術向上している。だが、電磁波パルスが放たれた一瞬、電気系統は完全にシャットダウンしてしまう。たいていは、数秒から数十秒後には自動再起動するが、その数秒間にシャットダウンから回復できなかった船体が、先ほど、次々と墜落したのである。
 それは分かる。が、問題はその後だ。
 あのハドソン川の地形まで変えた超爆発は、EMPバラージとは一切関係がない。
 EMPバラージ程度ならば、フレデリック兄弟でも起こすことはできるだろう。だが、これほどの爆発を引き起こすだけの武器、さすがに彼らが所持しているとは考えがたかった。どう考えても、武器というより、兵器と呼んで支障ないだろうレベルの代物なのだ。
(武器商人か……?)
 爆心地は、明らかに武器商人の船があった辺りだ。EPMバラージによって、武器商人が中古屋に売ろうとしていた武器のなにかが、なんらかの暴発をしたのか。
(その結果がこれか……?)
 だが、もしそうだとしたら、とんでもない話だ。
 あまりに威力が強すぎる。広範囲爆発を起こす兵器など、あの第三裏通りで使用すれば、間違いなく通りは一瞬で壊滅するだろう。そもそも、建物を上へ上へと積み重ねる構造の超高層型都市にとって、一番の弱点は、土台である下層部が破壊されること。下層部が崩れれば、必然的に上層階にも影響が出る。表世界ならばそれを防ぐための装置もあるが、違法建築物だらけの第三裏通りには望むべくもない代物だ。
(いったい、なんのためにそんな武器を――)
 目まぐるしく頭を回転させ、ウェイは息を止めて惨状を見つめる。
 武器商人と取引をしていた中古屋たちは無事だろうか。見知ったストリッパーもいたが――。
「よし、飛びたてるぞ。低空飛行で、フレデリックから逃れる。おい、中古屋――」
 運送屋がウェイの背に声をかけたそのとき、赤いエアジェットが飛ぶ方角から、バリバリと銃撃の音が聞こえた。生き残った川辺にいる者たちが、エアジェットに向けて発砲しているのだ。それに対してエアジェットは逃げ回りながら、また戻ってきて、着陸を試みようとしている。
 ウェイは――それらの光景を見ながら、ただ、立ち尽くしていた。
「……まさか、助けに行く気か?」
 驚きと嫌悪。それを同時に声に滲ませる運送屋を、ウェイは呆然と振り返る。
 行くのか? 中古屋を、助けに――。
 まさか、だ。危険すぎる。武器もなにもない。行く義理もない。
 中古屋とフレデリック兄弟の紛争に関わるなどごめんだ。
 だが、「行くわけないだろ」と答えることができない。舌が凍りついたように、まるで言葉が出てこない。答えろ、早く。「早くずらかろう」と。
 なぜ、その一言が言えない。
 たたたた、と短く高い音がした。はっと振りかえると、川辺に倒れていた者がエアジェットからの攻撃を受けて、血飛沫をあげて倒れるところだった。
 不意に、運送屋が深々と溜め息をついた。
 どこか腹立たしげに舌打ちし、ウェイの背を力任せに突き飛ばす。
「ふざけやがって。所詮はあんたも中古屋だ。消え失せろ!」
 ついでに船内に常備してある武器をウェイに投げつける。
 とっさに受け止めた武器の冷たい感触に、ウェイはぞくりと背筋を震わせた。
「……武器は、いい。どうせ使えない」
「ああ?」
「これは、いらない。――無事で。船長」
 ウェイは武器を床に置き、怪訝そうにする運送屋をその場に残して、船べりを飛び越え、川辺に下り立った。
「……おい!」
 背中を追ってくる声を無視し、川辺を駆ける。一番近くで倒れていた誰かのところに駆け寄り、呻く男の顔を見下ろす。
 それは、知っている中古屋だった。ウェイは、なにごとかを言いかけた男の両脇の下に、背中側から腕を通し、有無を言わさずに引きずった。
 フレデリックの攻撃は、上空からの射撃だ。頭上に遮蔽物のあるところまで行けば、それで助かる。川辺の側にはいくつか小屋があり、そこまで行けば――。
「む、無駄だ……、逃げても……見られてる――」
 苦痛に呻きながら、中古屋が言う。
「知るか! やれることをやるっきゃないだろ!」
 小屋に中古屋を投げるように放り入れ、ウェイは息を切らしてハドソン川を振り返った。そこにはまだ何人か、倒れた中古屋の姿があったが、明らかに彼らは死んでいた。爆発のせいだろう、手足がもがれて、うつろな目で空を睨んでいる。
 その中に、顔見知りのストリッパー、エニグマの姿を見つける。
 直撃を免れたのか、手足はすべて揃っていた。
 ウェイは彼女が生きているかも分からないまま走った。
「おい、しっかりしろ……!」
 土くれをかぶったエニグマの頬を手のひらで叩く。反応はない。だが、首筋に触れると脈が感じられた。
 ウェイは意識を失ったままのエニグマを抱き上げ、ふたたび小屋まで走った。
 声を掛けながら、地面にエニグマを横たえる。反応はない。ウェイは最初に運び入れた中古屋の元に駆け戻り、血濡れた衣服を剥ぎ、怪我の場所を探す。
 ――脇腹が陥没し、赤い筋肉の向こうに肋骨が覗いていた。
 助からない。ウェイは震える息を吐きだし、男の顔に目をやる。
 男は、一度、空気の抜けたような呻きを上げ、呼吸を止めた。
 ウェイは血を流しつづける額に手を押し当て、その場に力なく座りこむ。
(最悪だ……)
 助けても、意味なんてない。
 なんの意味もないことに、自分は首を突っこんでいる。
 分かっている。意味がないことなど。それでも自分は、いつも結局手を出してしまう。「関わり合いになりたくない」と言っておきながら、結局、制止を振り切り、誰かを助けに走っている。
(最悪だ……)
 正義感などではない。そんな綺麗なものではない。
 ただ、実感が欲しいだけなのだ。人と人との繋がりが希薄なこの世界で、この錆びた両手が誰かの役に立っているという実感が。自分は誰かに必要とされているという実感が。誰かの手助けをするたび、「異端者」の自分が世界にうまく溶け込めているような、そんな気がして――。


 最悪なまでの、自己満足。


「ウェイ――」
 小屋の入口で声がした。はっと振りかえると、そこにはテッドという名の中古屋が怪我人を背負って立っていた。
「なんで、あんたがここに」
 満身創痍のテッドは、呆然とウェイを見下ろした。額の怪我を、傍らに横たわるエニグマを、その向こうで死した男を順繰りに見つめる。
 不意に、テッドの顔に宿っていた困惑が、激しい怒りに燃え上がった。
「なんで、いつもあんたはそうなんだ。関わる気がないと言っておいて、なんでいつも――!」
 テッドが声を荒げた、直後だった。
 ヴゥン、と蚊の羽音に似た低周波音がした。ウェイは本能に突き動かされて立ち上がり、突っ立ったままのテッドの腕を掴み、その体を地面に引き倒した。
 テッドが背負った怪我人ごと地面に転倒するのと、入口付近の壁が吹き飛ぶのとは、ほぼ同時だった。
 爆弾でも投げ込まれたのだろうか、聴力が一瞬で奪われたかと思うと、爆風か、飛んできた瓦礫にか、背中を強く押された。
 ウェイが地面に倒れかけたそのとき、なにかが左肩を直撃する。恐らく、小屋の中に仕舞われていた鋸か刃物の類だろう、衝撃が肩に走り――気づけばウェイは絶叫しながら、地面をのたうち回っていた。
 熱が、想像を絶する痛みが、全身に広がる。視界が一瞬で真っ白に染まり、そのくせ、肩から噴出する夥しい量の血がやけに赤く見える。
 腕が、ない。
 錯乱状態の中、右手で左肩を掴んだウェイは、その先にあるべき腕がないことに気づき、恐慌に陥る。
 たったの十数秒の出血で、体は鉛のように重くなっていた。だが、ウェイは気に留めず、千切れ飛んだ腕を探して、血だまりの中を這った。背後で銃声が聞こえる、小屋を爆発させた何者かが近づいてくる、それでもウェイは腕を求めて右手を振りまわした。
 ――あった、と思う。
 指が、腕らしきものに触れた。
 ウェイは震える右手を持ち上げ、腕が落ちている辺りの地面に爪を立てた。剥きだしの土に指を埋め、ただ、ひたすらに穴を掘る。視界はひどく狭くなり、ちっとも掘り進めることのできない穴だけが、白い視界にぼやけて映る。それでもウェイは穴を掘った。息も絶え絶えに。
 ウェイ、とテッドに名を呼ばれた気がした。
 なにを埋める気だ、と訊かれた気がした。
 なにを――なにをだろうか。


 分からない。
 分からない。
 分からない。


 そこから先の記憶は、ない。

+++

 誕生日会の主役であるジョニー・フレデリックは、眉を潜めながら倉庫に足を踏み入れ、突然、弾けた拍手喝さいにぽかんとした。
 ぱん、ぱん、と無数のクラッカーが鳴らされ、色とりどりの紙ふぶきが顔に降りかかる。
「HAPPY BIRTHDAY!」
 次いで飛んできたのは、フレデリックファミリーの野太い歓声だ。
 ジョニーは呆気に取られ、状況を理解すると、猛烈な恥ずかしさに見舞われた。
「はあ? ちょ――誕生日? 今日、誕生日だったか……って、うぇーい、じゃねえよ、阿呆か! 誕生会の準備する暇あったら、俺の作業をちょっとは手伝――」
 顔を真っ赤にして怒鳴りかけたジョニーの目が、倉庫の中央に鎮座する「ケーキ」に気づき、見開かれる。
「なん……だよ、こりゃ……」
「なにって、中古屋だ。武器商人も何人かいるぞ。人手が欲しかったんだろう?」
 ビューティがジョニーの肩を掴み、ケーキの上で、椅子に縛りつけられている中古屋たちを楽しげに見やる。
 ジョニーは愕然としながら首を横に振った。
「まさか、クイーンズ・ボロ橋を襲撃したのは、こいつらを捕まえるためだったのか……?」
「そうとも、兄弟よ! 好きにしていいぜえ。殺すもいいし、煮るもいいし、仲間に引き入れるのもいい」
「仲間? 中古屋を仲間だって? こいつらが、三年前にファミリーを何人殺したか分かってんのか? 金目当て、なんの大義も持たず、あいつらは俺たちの仲間を殺したんだぞ……!」
 ジョニーは喜ぶどころか激昂し、ビューティに詰め寄る。
 ビューティはその反応を予測していたように、晴れやかに笑った。
「おうとも。だから好きにしろ。こんな風にな」
 楽しげに声を弾ませ、ビューティは懐から拳銃を取り出すと真っ直ぐにケーキに向け、無造作に引き金を絞った。ぱん、と軽い音がして、椅子に縛りつけられていた中古屋のひとりが悲鳴を上げる。足に当たったようだが、腕を縛られているために押さえることも出来ず、椅子をがたがたと揺さぶって身悶える。
「どうだ、楽しいだろう。弟よ」
 ビューティが笑うと、壁際に控えたファミリーが歓声を上げ、「ジョニー! ジョニー!」と足踏みをした。
 ジョニーは顔を苦々しく歪め、血をまき散らして悲鳴を上げる中古屋を見やり、舌打ちした。
「どこがだ……」







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