小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.006 2



 スライド式のドアが、シュン、と音を立てて開かれる。
 ドアの対面の壁に背を預けて立っていた運転手が、床に落としていた視線を持ちあげた。
 一瞬。ほんの一瞬、その爬虫類めいた視線が、ガイの背後で閉じかけたドアの隙間に注ぎこまれる。
「……誰です?」
 わずかな時間だったにも関わらず、運転手の双眸は正確に見るべきものを見ていた。
 ガイは答えず、無造作に薔薇の花束を肩に担ぎなおして、運転手の前を素通りする。
 運転手はしばらく閉じたドアの前に佇んでいたが、やがてガイを追って踵を返した。


 広々とした倉庫には、今どき幼稚園児だって喜ばなそうな、安っぽい飾りつけが施されていた。
「わあ……すごいっ」
 今どきの幼稚園児ではないガイは、白磁のような頬を紅潮させ、歓喜の声をあげた。
「なんてちゃちなんだろう! なんて悪趣味なんだろう! ワンダフル……!」
 壁を飾るのは、折り紙で作った二色の輪っかを交互につなげた、ペーパーチェーン。薄紙を何枚も重ねて咲かせた花。床には「HAPPY BIRTHDAY」の文字が、虹色のペンキでペイントされ、壁際の長テーブルには、菓子やフライドチキンなどが、わんさと盛られている。
 そして、それらを眩く照らし出す、天井の回転式ミラーボール。
「すごいねえ、ミッキー。これぞお誕生日会だ。そうは思わないかい?」
「あ、遅いぞてめぇ、このガイ野郎!」
 倉庫の隅で、ファミリーの男たちと念入りな打ち合わせをしていたビューティが、怒りの拳を振りあげ、突進してくる。それを軽やかに交わして、ガイはビューティの赤い蝶ネクタイに指を伸ばした。
「曲がってるよ、兄さん。せっかく洒落こんでるのに、暴れたら台無しだ」
 途端、ビューティは機嫌を直し、「気が利くな、弟よ!」とにんまりした。
 ビューティはいつもに増して異様な風体だった。いや、スーツ姿を「異様」と言っているわけではない。スーツ自体はごく真っ当なものだし、肩に軽く羽織った毛皮のコートだってなかなか上等な品だ。ただ、その至極真っ当な衣装が、凄まれれば全人類が泡を噴いて卒倒しそうなビューティの強面に、まったく似合っていないというだけの話である。
「お前はちょっと地味すぎやしねえか、ああん? いつもの、馬鹿みてえな縞馬柄の帽子はどうした」
「今日はなしだ。僕が派手な服を着たら、ただでさえ地味なジョニーがすっかり霞んで、空気になっちゃうからねえ。今日の主役なのに……」
 帽子をかぶらないかわりに、黒髪は後ろになでつけ、クラシカルに決めてあった。ネクタイも控えめな色にしているので、主張らしい主張をしているのはサングラスだけだ。昔、アルカトラズ監獄に収監される前に使っていた、ヒョウ柄のフレーム。地味な中で、ぎらりと輝くワンポイント・アイテムである。
「でも、僕のかわりにミッキーが着飾ってくれたよ! 見て、兄さん。いかしてると思わない、この、ハードで、キュートな、ロック・スタイ――」
「うるせえ! 気色悪い人形の話はすんじゃねえ!」
 ぶすっとするガイを無視し、ビューティは鼻をほじくりながら、誇らしげに倉庫内を手で示した。
「で、どうよ? このパーティ会場は!」
「……すごいよ。びっくりするほどの力作だ」
 ガイは素直に褒めたたえ、倉庫中央に置かれた巨大オブジェに視線をやった。
「室内装飾もすごいけど、一番すごいのは、やっぱりあのケーキだねえ」
 ケーキ。その巨大オブジェは、確かに「ケーキ」と呼ぶ以外には例えようのない代物だった。
 大きさの異なる円筒形の箱を三つ、ケーキのように三段重ねにしてある。一番大きな最下段の箱は、直径で五メートルはありそうだ。
 その最下段と二段目の円周には、等間隔に椅子が並べられていた。
 座っているのは、十二人の中古屋と武器商人だ。
 傷ついた体を、椅子の背もたれに縄でぐるぐるに縛りつけられている。
「これを造ったのは、ファミリーたち?」
「ああ! 俺らのファミリーがとんてんかんかん、夜鍋をしてこしらえたもんだ。時に、誤って指に釘を打ち、時に、誤ってのこぎりで足を落としながらも、ジョニーが喜んでくれればそれでいい、ジョニーが楽しんでくれればそれでいい、と、健気にいっしょーけんめー仕上げたもんだ!」
「心温まる話だねえ」
 十二人の囚人――ケーキを飾る蝋燭役たちは、誰もが無言だった。全員、顔面蒼白になって、呆然と己の爪先を見つめている。
 きっと彼らの頭の中は、混乱と恐怖でいっぱいになっていることだろう。
 この舞台はなんだろうか。これからいったい、なにが起きるのだろう。拷問か、処刑か、あるいはもっと残忍なゲームが行われるのか――なにひとつ見通しを立てられずに戦いている。
 ガイはちらりとケーキの最上段に目をやった。そこに寝そべっているのは、赤いワンピースを着せられたエニグマである。ケーキを愛らしく彩る苺役だ。
(ジョニーはこのお誕生日ケーキを、喜ぶかな。それとも怒るかな)
 喜ぶ姿はまるで想像がつかないので、きっと後者だ。
「お前ときたら、昨日から部屋に閉じこもりっぱなしで、ちぃっとも手伝わねぇんだからな。かわりに俺様の巧みな指示のもと、ファミリーが総動員で作ってくれたんだぜえ! なあ、てめえら!」
「はい、ビューティさん!」
 最後の作業に追われていたファミリーたちが、直立姿勢で、嬉しそうに声を上げる。
「ジョニーの好物のフライドチキンも買っておいた! 運転手にわざわざ表世界のケンタッキー糞爺のとこまで買いに行かせてよ。なあ、変☆スーツ!」
「……はい、ビューティさん」
 流れに逆らえずか、渋々と応える運転手の格好は、普段とそれほど変化がない。赤と金のストライプ柄という、いつも通りの変なスーツに、金色のネクタイをつけ足しただけだ。馬鹿みたいに気味悪い。
 ふと、ガイは運転手が自分を観察していることに気づき、目を細めた。
(失敗したなあ……)
 その視線を不愉快に思いながら、ガイは己のしくじりを反省する。
 見られたのはまずかった。スライド式のドアはこれだから嫌いだ。開閉パネルに触れたが最後、ドアは、強制的に全開になる。閉じるまでの一瞬、室内が外の人間に丸見えになってしまうのである。
 もう少し用心深く、ドアを開けるべきだった。自分の家という安心感と、昨日からの疲れで、正直、そこまで気が回っていなかったのだ。
 ――別に、運転手にウェイを見られたこと自体が、問題なのではない。
 なにがしかの問題が起こるとしたら、それは運転手が、ウェイの存在を兄弟に密告したときだ。
 ジョニーならばいい。だが、ビューティに密告されたら、なにが起こるか予想がつかない。
 ウェイは仮にも、ビューティが命がけで用意した、ジョニーへの誕生日プレゼントのひとつなのだ。たとえ一度はゴミ箱に捨てられたのであっても、弟の自分が、兄の許可なしにこっそり自分の物にすることは許されない。
(兄さんには、独自のルールがある。それを破るのは、僕もさすがに怖い)
 ファミリーは、本当の意味ではまだ知らないだろう。
 フレデリック兄弟の長男ビューティ・フレデリックが、いったいどういう性質の男なのかを。
「あの中古屋のために命を張るのは、ちょっとごめんだねえ、ミッキー?」
 ガイは嘆かわしげに呟き、すでに自分から視線を外している運転手を睥睨した。
「さあ、野郎ども! 主賓を呼んでこい! しっかりちやほや、もてなしまくれよ。ヨイショヨイショの、またヨイショ、持ち上げまくって王様気分を堪能させてやれえい!」
 ビューティが楽しげにパーティの開催を告げた。ファミリーたちが咆哮をあげ、ケーキに配された中古屋と武器商人、最上段のエニグマが、恐れに身を震わせる。
 ガイは「どうぞ」と配られたクラッカーを受け取りながら、嘆息して、天井を仰いだ。

+++

 どこか遠くの方から、賑やかな声が聞こえてくる。
 それを耳に入れながら、ウェイはぼうっと薄目を開けた。
(ここは……)
 目蓋が重たい。目元がやけに熱い。意識が朦朧とし、ずきんずきんと頭が激痛を放っている。
 吐き気と悪寒をこらえながら、もたもたと瞬きをすると、視界の靄が次第に晴れ、たくさんの天体モビールが吊るされた賑やかな天井が見えてきた。
(ジャンク映画に出てくる子ども部屋みたいだ……)
 そう思いながら、また何度か瞬きをする。
 夢、だろうか。ここはなんだろう。ろくに頭が働かない。
 ウェイはぼんやりとしたまま、マンハッタンでは滅多にお目にかかれない「空」がペイントされた天井を、どこか楽しい気分で見つめる。
 室内は薄暗い。だが、もくもくの白雲をまとった空は、目も醒めるような明るい青色をしているのが分かった。
 愛らしい空だ。綺麗な青。
 きれいな、あお。
「――――」
 ウェイは目を見開く。じわじわと動揺が込みあげてくる。
 青だ。色が分かる。世界に、色がついている。
 ――自分は今、サングラスをしていない。
 とっさに身を起こそうとするが、体はまったくといっていいほど動かなかった。束縛されているわけではない。体からすべての血液が抜け落ちてしまったかのように、体にまったく力が入らないのだ。
 不安を何百倍にも増幅させたような黒い恐怖に襲われ、ウェイは固く目を閉じた。
(落ち着け。大丈夫だ、近くに人の気配はない。落ち着け……っ)
 なけなしの平静さをかき集め、もう一度、目を開ける。
 注意深く室内を観察するが、やはり側に人の気配はなかった。
 生活の匂いがするから、誰かの部屋であることは確かだ。室内の光量は抑えられ、眠気を誘う程度の薄闇に包まれている。
 視界が色に溢れている。まるで夢の中のようだった。ウェイはサングラスを探して、頭を横に倒す。途端、側頭部に激痛が走り、呼吸が止まる。だが、それでも痛みを無視して眼球だけを動かすと、すぐ枕元に馴染んだサングラスのフレームが置かれているのを見つけた。
 長年の相棒を見つけて、ウェイはようやく安堵する。
 そうして、右頬の横にあるフレームを手に取ろうと左腕を動かそうとして、ふいに不可解な感覚を覚えた。それはまるで、両手に握った重たい棍棒を振ってみたら、思いのほか軽く、体が勢いあまって回転しまったような――そんな感覚。
(――ああ)
 ウェイは目を閉じた。
 そうだ。思い出した。
 動かせるわけがない。腕は、肩の付け根から先がないのだ。
(……そうか、ここはフレデリックの隠れ家だ)
 自分はフレデリック・ファミリーの襲撃に遭い、ほかの中古屋や武器商人たちとともに、彼らの隠れ家まで連れてこられたのだ。
 ウェイは呼吸を整え、左腕のことをいったん記憶から追い出す。深く考えると、絶望してしまいそうだったのだ。左腕のかわりに、右腕を持ち上げる。頭陀袋でも引きずるような重さだ。頬の脇にあるサングラスを掴もうというだけなのに、あっという間に呼吸が乱れ、痛みと発熱で意識が散り散りになる。
 力の抜けた指先で、慣れ親しんだフレームに触れる。さらに時間をかけて、広げたフレームを耳の脇にかけると、色に溢れた世界が、緑がかった平坦な世界に替わった。ウェイはどうしようもなくほっとして、深く、深く息を吐きだした。
(ここは……どこだろう。なぜ、俺は……)
 安心したせいか、意識がまた遠のいていくのを感じた。
 いけない。そう思いながらも、ウェイは底知れぬ闇へと落ちていく。


「ほ、ほ、ほ」


 悪夢の中に響き渡る、梟のような声。


「中古屋、発見」


 年老いた男の声だ。
 聞き慣れぬ声を無視してまで、無防備な眠りに落ちる勇気はなく、ウェイはふたたび現実に意識を凝らした。
 苦労して目を開けると、眼前にあったのは、見知らぬ老人の顔だった。
「やっぱりやっぱり、ここにいたのじゃなあ。楽勝じゃ、楽勝じゃ!」
 アニメにでも出てきそうな、仙人のような長い髭を持つ老人だった。顔の位置からして、ウェイの胸の辺りに腰を下ろしながら、自分を見下ろしているようだ。だが、不思議と重みを感じない。
「わしが分かるか? ウェイ」
 名を呼ばれ、ウェイは錯乱する。
 これは現実だろうか。だとしたら、どこからが現実で、どこからが夢なのか。
「……だ、……れ――」
 擦れた声で応じる。それだけのことで脳みそが沸騰し、また意識が飛びそうになる。
「覚えていないか。覚えていないのか。わしは、おぬしのことをひとときも忘れたことはなかったけどな! それはもういっそ、恋をしていたと言っていいほどに」
 途方もなく不気味なことを言って、老人はこくんと首をかしげた。
「いや、それとも憎しみかのう。……愛憎? 愛憎と言えるかもしれん」
 老人が鼻先が触れるような距離から、舐めるようにウェイの顔を観察した。
「わしは、情報屋クグカ」
 思いがけぬ名に、ウェイはかすかに眉を動かす。
「おぬしとは浅からぬ縁がある。借り、と言っておくべきかもしれん。その借りを返すために、おぬしを助けにきた。――ああ、けど、それとは別に頼みごともある! が、それは、おぬしがもう少しまともな思考を取りもどしてからにしよう」
 なにを言っているのか分からない。ウェイは意識を懸命に保ちながらも、限界が近いことを悟って、不安に呻いた。
「ああ、大丈夫じゃ。今すぐには無理じゃが、覚えておけ、おぬしのことはわしが必ず助ける。まずは体の回復に努めるがいい。なにしろ、わしはこの通りで実体がないものでな、助けるといっても、おぬしが動けない限りは助け出せん」
「……な、にを……」
 なにを言っているのか。そう問うウェイを無視し、クグカはまるで愛しいものに思いを馳せるかのように微笑んだ。
「懐かしい部屋じゃ。ちっとも変わっていない。三男坊に拾われたのならば、ひとまずは安心と言えるじゃろう。愛玩動物を可愛がるように慈しんでくれるはずじゃて」
 そう言って、クグカが老いた手を伸ばして、ウェイの額に触れた。
 いや、触れたかどうかは分からない。その手には感触と呼べるものがなかった。かすかな熱を感じた気はするが、風が触れた程度の感覚でしかない。
 熱に霞む視界の中、一瞬、老人の顔が、途方もなく愛らしい少女の顔に替わった気がした。
 ――また会いましょう、ウェイ。
 ――今はただ、電源の落とされた機械のようにお眠りなさい……。
 耳元で囁かれるとともに、ウェイの意識は弾けるように途切れた。


 夢を見た。いや、夢というよりも、ただの過去の再現映像のようだった。
 ウェイは記憶のフィルムを再生するように、あのとき起きた出来事を、闇の中から視聴する。
 ――あのとき、なにが起きたのかを正確に理解しているわけではない。
 クイーンズ・ボロ橋にいた。橋脚が作る影の下、違法船がずらりと並んだ川べりには、運送屋が受付用のテーブルを草むらに立てて、客からの荷物を受け取っていた。
 ウェイもまた、馴染みの運送屋に荷物を預け、客が後で運送屋に払う予定の商品代を、先に受け取った。
 いつも通りの工程。
 二、三、軽口を交わしたが、あとは船の出港を見届けるだけのはずだった。
「……ありゃ、中古屋か?」
 ウェイの荷を担いで、船に乗りこみかけていた運送屋が、ふと足を止めた。
 初老の運送屋が視線を向けた先は、橋脚のさらにずっと奥だった。
 ウェイが頭を巡らせると、そこでは確かに中古屋と思しき男たちと、ローガン・ストリッパーのエニグマが、武器商人の黒船を前に、話しこんでいるのが見えた。
「あんなに集まって何する気だ。まさか中立地帯で、ドンパチでも始める気じゃねぇだろうな」
「まさか。……武器商人の船も見えるから、武器の取引でもするんじゃないか?」
 運送屋はうさんくさげに鼻頭に皺を刻んで、ウェイを睨みつけた。
「武器の取引だあ? そういうことは、裏通りでやれってんだ! フレデリック・ファミリーだかなんだか知らねぇが、くだらねぇ紛争に俺たちを巻きこむな。薄気味悪ぃ墓場荒らしどもが!」
「俺に言われてもね……」
「おめえも中古屋だろうがよ! 臆病な引きこもりでもな!」
 運送屋は、冗談なのか、本気の罵倒なのか、判断のつかぬ怒声をあげ、笑いながら甲板に上がって、ブリッジに入った。
 右舷側の窓を開けて、そこに片肘を置く。地上にいると冴えない男だが、ブリッジでそうしていると船長らしい風格が漂って見える。
「おう、荷は安全に客まで届けるぜ。だからどんどん働いて、中古品修理して、俺の仕事を増やせよー」
 エンジンを入れながら、運送屋はにっと笑った。ウェイは苦笑し、数歩下がって、離陸体制に入る船を見守る。
「……っ」
 そのとき、ウェイは耳の奥に鋭い痛みを感じて、とっさに耳を押さえた。
 驚いて周囲に視線を走らせるが、周りの人間に、同じ異変を感じた様子の者はいない。
 だが、今――なにか妙な感覚が……。
 直後、嵐のような直感に襲われ、ウェイは反射的にブリッジに叫んだ。
「――浮遊装置のブレーカーを落とせ、飛ぶな! 落ちるぞ!」
 落ちる。その言葉に一瞬ぽかんとし、しかし運送屋はすぐさま反応した。
『オールシップ! フライト・システム、シャットダウン!』
 マイクを船外マイクに切り替え、運送屋は叫んだ。
 周囲一帯に響きわたった指示に、他の運送屋たちも本能的に従った。川辺にいた船長たちが、甲板上の乗組員に指示を出す。出航準備のため、すでに船体を水面上に浮きあがらせていた船は、たちまち浮遊を解除し、すみやかに着水した。
 何艘かは警告が間に合わずに出航した。イースト川へと滑り出し、空へと舞い飛んで、徐々に高度を上げていく。
 直後、肉眼でもはっきりと分かるほど、空気がぶれた。
 鼓膜が裂けそうなほどの強烈な波動が、周囲一帯に伝播する。その場にいた全員が耳を押さえて膝から崩れ落ちた。
 すでに上空へと飛び去っていた船体が平衡を失った。ぐらりと傾いだかと思うと、船体が撃ち落された鳥のように落下し、水柱を上げて水底へと突っ込んでいった。
『……な――』
 運送屋が絶句し、その動揺した呻きがマイクを伝わって外部にまで洩れる。
 だが、異変はそれでは終わらなかった。
 視界の隅で、何かが光った。
 強烈な衝撃波がクイーンズ・ボロ橋一帯を襲った。
 悲鳴が轟音に掻き消される。武器商人の船を皮切りに、船舶が次々と横倒しになる。岸辺に建てられた掘っ立て小屋があっけなく吹き飛び、クイーンズ・ボロ橋の橋脚が震動した。
 ウェイは衝撃波が届く前に、運送屋の船に飛びついた。ブリッジの窓に手をかけ、強引に体をねじ込ませる。
「スターボード・ハープーン・アンカー!」
 ブリッジに割りこむなり、ウェイは運送屋に叫んだ。運送屋が本能に従い、手元のスイッチに拳を叩きつける。船体の右舷から放たれた鎖付きの銛が、岸のコンクリート壁に深々と打ち込まれた。
 その一瞬後、強烈な衝撃波が船を直撃した。
 船体がびりびりと震動した。岸壁と船とを鎖でつないだ三本の銛のうち、二本が弾け飛んだ。船体が大きく傾いで、船尾が鎖を中心に弧を描いて暴れる。
 船内にいたウェイと運送屋、他の乗組員もブリッジの左後方の壁に叩きつけられた。なにかの金具に側頭部を打ちつけ、ウェイは呻いた。
 血を噴き出した頭を手で押さえる。船は荒れ狂う波に揺られて、まるで揺れが収まらない。
 それでもなんとか壁伝いで立ち上がり、ウェイはブリッジの窓から外を見た。
 そして、絶句した。
「なんだ、これ……」
 一瞬前と完全に地形の変わってしまったイースト川を見つめ、ウェイは唖然と呟いた。







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