小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.005 9



 ソファの上空に「マザーU」の設計図を積層表示させ、運転手を相手にあれこれとマニアックな説明をしていたジョニーは、隠れ家のドアが音をたてて開かれるのに気づき、不審顔でそちらを振り返った。
「あん? なんだよ、ずいぶん早いご帰宅じゃねえか、ガイ。可愛らしい別嬪のお嬢ちゃんにはフラれちまったのか?」
 ガイは縞馬柄の帽子を帽子掛けに投げ、不機嫌そのものといった足取りで、ソファの横を通り過ぎた。
「別に。……あーあ、暇でいいねえ、ジョニーと、そこの薄気味悪い運転手は。ねえ、ミッキー?」
「ハア!? なんだとてめ、この、俺がどんだけひとりで――……ぶっ殺すぞゴラァ!」
 怒りのあまりに低レベルな罵声しか返せないジョニーの脇で、運転手が爬虫類独特の低温視線を向けてくる。
「どうかしましたか? ご機嫌斜めのようですね」
 不快すぎる物言いを完全無視し、ガイは部屋を横切り、隅にある下り階段を足早に下りる。
(まったく……)
 ファミリーの雑魚寝部屋が並ぶ廊下を歩きながら、一時間前と同様、白いシーツをばさりと頭からかぶる。幽霊を怖がって、布団にくるまりながら震える子どものように細身をシーツでくるんで、ガイははぁ……と嘆息した。
(クイーンズ・ボロ橋の襲撃なんて、ビューティ兄さんも余計なことをしてくれたものだ)
 廊下の奥にある鉄扉を押し開け、室内に入ると、牢獄の前でうとうとと居眠りをしていた見張り役のファミリーが、ぎょっとなって背筋を正した。
「あ、あの、あの……ガ――」
「これ、ビューティに渡しておいて」
 見張り役がうっかりとガイの名を口にする前に、ラッピング用の青いリボンが入ったプラスチックケースを放って渡した。
 ぐるりと暗い室内を見渡す。ビューティはいない。あるのは、一時間前まで長兄のごつい尻を載せていた椅子だけだ。
 いない方が好都合だ、と思いながら、ガイは椅子の背もたれを掴んで、くるりと回転させ、背面側を牢屋に向けて跨った。
(これでもしも、牢内にウェイとやらがいたりしたら……いや、それよりも、橋の爆破で死んでなどいたりしたら)
 背もたれに頬杖をつき、鉄格子の向こうに繋がれた囚人たちを観察しながら、ガイはむっつりと唇を尖らせる。
(僕がニナに嫌われるじゃないか)


 ――ウェイは、こういう顔。
 ウェイの顔を覚えていないと言うと、ニナは無人超市の埃まみれの床に指を這わせ、似顔絵らしきものを描いてくれた。
 ――髪の色はどんな色かな? 目の色は?
 床をくりぬいて持ち帰りたくなるほど可愛らしい絵だったが、芸術的すぎて、人相がまるで分からない。商品棚から「十二色色鉛筆」を購入してニナに渡すと、彼女は愛らしく首を傾げ、「ペールオレンジ」を指さした。
 ――目の色はわからないの。
 言って、ニナは両手を伸ばし、ガイの縞馬柄フレームのサングラスに触れた。
 ――あなたと、おなじだから。


 サングラスをかけた薄茶の髪の男。そういえば、そういう顔をしていた気がする。
(僕と同じ、か)
 ニナの澄んだ声音を思い出し、少しばかり機嫌を直して、ガイは微笑する。
(まあ、ウェイとやらが、僕と「同じ理由」で、サングラスをかけているとは思わないけど)
 黒いフィルター越しでは、囚人たちの色味はよく分からない。だが、これを外せば、ビューティがどこからともなくすっ飛んできて、「外すな、馬鹿な弟よおお!」と激怒することだろう。
 ガイには、サングラスをかけていなければならない「事情」というやつがある。始終、視界を黒く染めていなければならないのは不便な話だし、ガイ自身にはそんな「事情」などどうでもいいのだが、兄が「外すな」と口やかましく言うのは、弟を心配してのことと分かっているから、素直に嬉しいし、逆らう気にはなれない。
 ただ、色を判断しなければならないときは、やはり不便だ。
 そんな物思いに耽りながら、ガイは疲れ切ってうなだれた囚人たちを、じっくりと観察した。
(少なくとも、サングラスか眼鏡をかけている男はいない……)
 とはいえ、着脱可能なもので判断することはできない。ガイは両足をぶらぶらさせながら口を開いた。
「ここに、ウェイという男はいた?」
 静かな牢獄に、軽やかに響くガイの声。
 ガイは囚人たちの変化を素早く目で探る。ほとんどの者は無反応か、怯えたように身を竦ませるだけだったが、一番右隅にいた片目の中古屋テッドだけは、かすかに、ほんのかすかに身じろぎをした。
(ビンゴだ)
 ガイは椅子から立ちあがり、優雅な足取りでテッドの前まで歩いていく。
 ちらりとテッドの右隣を見ると、そこには、人間ひとり分のスペースが空いていた。
 壁には、先端に手枷のついた二条の鎖が、捕えるべき囚人もなく、力なく垂れ下がっている。
 ガイは空きスペースの床に残された大量の血痕を見下ろし、テッドに視線を移した。
「死んだのかい、彼は。ここに連れてこられたあとで」
 テッドは傷に塞がれていない左目でガイを見つめ、なにも答えぬまま視線をそらした。
 ――ここに連中を連れてきてから、もう何人か死んでいるの?
 ――ああ。爆風で腕が吹っ飛んだり、片足がもげたり、首になんかの部品が突き刺さっちまったりしてる連中から先に、死んでいったぜえ。死体は、ゴミ捨て場だ。あーもったいねぇもったいねぇ。
 脳裏によぎったのは、ビューティが発した言葉だ。
 ガイは答えぬテッドに早々に見切りをつけ、シーツを翻して牢獄を後にした。


 無数の倉庫が複雑に重なりあった隠れ家の、隅の隅。
 一直線に伸びる暗い廊下の奥に、ふたたび鉄製のドアが姿を現す。
 取っ手を両手で掴み、力を篭めて外に引くと、ぎぎぎ、と重たい音をたててドアが開かれた。
 途端、異様な匂いが室内から溢れ出し、ガイは顔をしかめた。
 自動で白熱灯が灯ったそこは、打ちっぱなしのコンクリート壁が四方に迫る、車庫のような部屋だった。天井は見上げるほど高く、無数の配管パイプが葉脈のように這っている。
 元々は倉庫として使われていた部屋だが、目下の用途は、ゴミ捨て場だ。
「ここ数日、ゴミの処理はされていなかったようだね。よかった」
 見上げた天井の配管パイプには、ジョニーが製造した、小型の「モンキーBOX」もどきがぶら下がっていた。週に一度、自動覚醒して、溜まったゴミを粉末化処理するのだが、さいわいここ数日は「処理日」ではなかったようだ、倉庫内には3メートル超のゴミの山が築かれたままになっていた。
「君はここにいて、ミッキー。危ないからねえ」
 身から剥いだシーツを床に敷き、相棒の鉄人形を座らせてから、ガイはゴミ山に向き直った。
 シャツの袖をまくり、生ゴミやら、機械の不用部品やらがいっしょくたになった急斜面に足をかける。取っ掛かりになりそうなゴミを掴みながら、慎重に斜面を登っていくと、思いがけず古い記憶が蘇ってきた。
 第三機械処理場。通称「機械の墓場」。
 今でこそ、中古屋たちの仕事場として知られるばかりだが、ガイにとってもあの墓場は、幼少期からの楽しい遊び場だった。
 母が造ってくれたミッキーと一緒に、機械の山をよじのぼった。謎めいた部品や、壊れた機械を拾いあげては、「なにをつくろう」「これはなんだろう」と目を輝かせた。「墓場」なんて名前をつけたセンスのない奴らが憎たらしい。あれは墓場ではなく、夢と命に溢れた宝の山なのに。
「懐かしいな……」
 中古屋が巣喰らうようになってからは、あまり足を運ばなくなってしまったが、このゴミ捨て場にいると、あの機械の山で覚えた興奮が蘇ってくる。
 もっとも今探さねばならないのは、金銀財宝ではなく、ウェイとかいう中古屋なのだが。
(中古屋探しを、宝探しと気取るのも、悪くはないかもねえ)
 得体の知れない液体でシャツを汚し、突き出た金属片で掌を傷だらけにしながら、ガイは鼻歌まじりに山を登った。
 そしてついに山頂まで登りきると、清々しい気分で、うーんと大きく伸びをする。やっほーと叫びたい気分に駆られるが、あまりに馬鹿馬鹿しいのでやめておく。かわりにゴミ山全体を見下ろすと、予想通り、頂きに近い斜面に、数体の死体が打ち捨てられているのが見えた。
 ゴミに半ばまで埋もれ、虚ろに濁った目で、恨めしげに天井を見上げている死体。
 室温が低いため、腐敗は進んでいなかったが、生ゴミの甘ったるい匂いとは明らかに違う、臓腑の汚臭が鼻をついた。
 ガイは、後頭部を向けて倒れている死体の腕を、まったくの無造作に掴み、苦労しながら仰向けにひっくり返した。
 ちがう。髪は薄茶に近いが、これは女だ。
 女の傍らに、別の誰かの足が転がっている。いや、足以外の部位がゴミに埋まって見えないだけだ。ガイは足の周囲から地道にゴミを取り除き、その人物をなんとか掘り出すことに成功した。
 それは男の死体だったが――ちがう。見覚えのある顔だ。たしか、前回の攻防でも暗躍をしたリズロという武器商人だったはず。ガイを見るたび、見るもおぞましい卑猥な笑みを浮かべていたから、不愉快ながらに覚えている。
 ほかの死体もすべて確認するが、すべてウェイの特徴からは大きく外れていた。
「ここじゃないのかな……?」
 テッドの先ほどの反応からして、ウェイは牢獄で死に、このゴミ捨て場に運ばれたのだろうと推測したのだが――。
 ガイは汚れのこびりついた指を唇に宛がい、思案げに、コンクリートの壁に顔を向けた。
「ここに死体がないなら、あとは警察の死体安置所だろうけど、さて、どうやって探りを入れるか……」
 壁に設置された鉄製の梯子を見つめながら、ガイはひとりごちる。
 溜め息ひとつ、ガイはゴミ捨て場での探索をあきらめ、山頂から下りようと足を進めた、
 そのときだった。


 ――・・・・


 ガイは自分でも驚く俊敏さで、足を止めた。
 急な動作を支えきれず、足元の機械ががらがらと音を立てて崩れ落ちる。
 よろめく体勢を身軽に立て直し、ガイは背後を振りかえった。
 そこにあるのは、先ほど何気なく目にした鉄製の梯子だ。
 なぜ振りかえったのかすら分からない。ただ、まるで――なにかに呼ばれた気がしたのだ。
 愉快な感覚ではなかった。例えるならば、モスキート音。耳ではなく、脳裏に直接叩きこまれる、音ではない「音」。
 ガイは麓に残してきたミッキーを振りかえり、思案げに目を細めると、踵を返して山頂に舞い戻り、錆びついた梯子に手をかけた。


 ふとニナは、顔をあげた。
 ガイがエッグともども連れ帰ってくれた、マンションの部屋の中で。
 ベッドに寝転がって、ひたすらウェイの帰りを待っていたニナは、まるでなにかに呼びかけられたように半身を起こす。
 その黒く硝子玉に似た瞳に、ふっと浮かんだのは、喜びの光。
「ウェイ……」
 呟きに反応して、足元のエッグが「ピピピ」と声を上げる。
 表世界の側を向いた窓から、人工の太陽光が射しこみ、室内を真っ白に染め上げた。



 鉄製の梯子を登った先にあるのは、天井付近に設けられた排気管だった。
 腹這いになれば、人間ひとりぐらいは簡単に隠せるほどの半径を持つ、筒状のダクトだ。
 ガイは、ダクトの入り口に残された血痕と、その奥に広がる闇を見つめた。
「ニナ。どうやら君の保護者は、あまり隠れん坊が得意ではないらしいよ」
 今は使われていないダクトは、5メートル先で行き止まりになっている。
 絶望的に閉ざされた袋小路の奥いっぱい、深い深い闇の底で、誰かが胎児のようにうずくまり、横たわっている。
 ガイは鉄梯子に足を載せたまま、ダクトのふちに頬杖をつき、満足げに微笑んだ。
「お宝、みいつけた」


 宝探しの終わりを告げる言葉に、しかし応えはない。
 全身を血で汚し、左腕を付け根からなくした中古屋ウェイは、わずかばかりの呼気すらたてず、ただ無言の骸と化して、赤黒い闇の中に横たわっていた――。







…お返事 
Powered by FormMailer.