小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.005 1


 隠れ家である倉庫に、四日ぶりに帰ってきたガイは、不審げに目を瞬かせた。
「……暗い。暗いよ、ミッキー」
 照明の話ではなく、雰囲気のことだ。
 脱いだ縞馬柄の帽子を帽子掛けに投げ、ガイは倉庫の中央に無造作に置かれたソファに近寄る。そして、寝そべっている人物に、悩ましげに溜め息をついて聞かせた。
「今日で約束の一週間だ、ジョニー。あの変なスーツを僕に侍らすのは、今日で終了ってことでいいかい?」
 ジョニーは読みかけの電子新聞から顔を上げ、仰向けのままガイを見上げた。
「てめぇ……。どこほっつき歩いてた……」
 殺気のこもった問いかけに、ガイはなるほど、と納得する。
 どうやら、暗い雰囲気の発信源はジョニーらしい。彼が放つ負のオーラのせいで、倉庫の隅に控えたファミリーまでがぴりぴりしているのだ。
「僕がほっつき歩くことに、何か問題でも? 第三裏通りの地理を把握するため、僕を自由に泳がせ、あの変なスーツに跡をつけさせてたのは、ジョニー、君だ」
「四日前。電話。兄貴がかけただろ」
「兄さん? ああ、あの電話は兄さんだったのか。ジョニーだと思って、出なかったよ」
 ミッキーとくすくす笑い合う弟の姿に、ジョニーが電子新聞を床に投げつけた。
「ふざけんな! こっちはな、大変だったんだぞ!」
「言っておくけど、僕の方がずっと大変だったね。あの変なスーツに四六時中監視されてる苦痛が分かるかい? あの、人の体を舐めまわすみたいな薄気味悪い目……、何だか目が合うたびに、僕の純潔が犯されてる気がするんだ。ねぇ、ミッキー?」
「気色悪いこと言うんじゃねぇ!」
「実際、気色悪いんだから仕方ないじゃないか。殺さなかったのが奇跡だよ」
「……あー、そうですかそうですか! じゃあ、もう好きにしろよ! 変スーツの野郎も、地理は十分、把握しただろ。後で、金輪際つきまとうなとでも言っとけ!」
「じゃあ、遠慮なく。……で、どうかしたのかな、ジョニーは?」
 普段から怒りっぽいジョニーではあるが、どうもいつもより殺気の度合いが違う。
 ジョニーは憤懣やるかたないといった溜め息をつき、ガイに背を向けた。
「ニュースを見たよ。派手にやらかしたみたいだねぇ、僕らの美しい兄さんは」
「……派手なんてもんじゃねぇ」
 当て推量で振った話題に、ジョニーが投げやりに答える。
「一瞬前までエロゲーやってたと思ったら、いきなりアレだぜ? 裏通りの外、しかも歴史ある古橋を、河ごと木っ端微塵に爆破しやがったんだぜ? 何なんだよ一体。俺が必死こいて、“あれ”のシステム組んでるのは何のためだっつーんだよ。いくら兄貴でも、まさかあんな無謀な暴挙をやらかすとは……警察どころか、軍まで動くぞ! どうする気だ、クソ兄貴!」
 口からテープでも吐き出すように文句を連ねるジョニーが面白くて、ガイはくすくすと笑う。ジョニーは弟の端正な顔を苦々しげに見上げて、また溜め息をついた。
「せめてマイケル。お前が兄貴についてってりゃ、あんなことにはならなかった」
「へぇ? それ、僕への信頼?」
「なわけねぇだろ、ボケ。てめぇが側にいりゃ、兄貴もとびぬけた無茶はしねぇ。大事な大事な弟が怪我でもしたら大変だからな」
 ガイは愉快げに笑って、両腕に抱きしめたミッキーの頭に顎を乗せた。
「それはどうだろうねぇ? 兄さんは昔から無茶苦茶だから。僕以上に、ね」
「否定はしねぇ。俺たちの長兄だ」
「にしても……」
 ニュースで見たクイーンズ・ボロ橋での惨劇を思い起こし、ガイはミッキーと顔を見合わせた。
「兄さんは何のために、あんな真似を? 中古屋を皆殺しにでもしたかったのかい?」
「知るかよ! ……けど、とりあえず目的は、皆殺しじゃねぇ」
 ジョニーは倉庫の隅にある階段を、眼光鋭く見つめた。
「生け捕り、だ」


 下へ続く階段を下りながら、ガイは襟元のネクタイをゆるめた。
 外では紳士らしく振舞うが、家ではくつろいだ格好で過ごすのが彼流なのだ。どうでもいい話だが。
 ジョニーから受け取ったベッド用のシーツを、聖職者よろしく頭からかぶる。兄弟では唯一、世間に顔が知られていない。面が割れないよう、念のためだ。
 階段を下りきった先は、狭い廊下になっていた。両脇にいくつもの扉が並んでいる。ファミリーが雑魚寝をするための部屋で、今も中からいびきが聞こえてくる。
 廊下の一番奥に、一枚、扉があった。
 他のそれとは違い、重たげな鉄製だ。
 そして扉の脇には、悪趣味な赤と金のストライプ模様が入ったスーツを着た、運転手。
 ガイに気づくと、例の気色悪い眼を上げる。
「今日でお前はお役ごめんだ。二度と、僕に近づくな」
 運転手は目を眇める。
「それはどなたのご命令でしょうか?」
「ジョニー」
 端的な返答に、運転手はあっさりとうなずく。
「分かりました。一週間、お疲れ様でした」
 ガイはミッキーと顔を見合わせ、運転手を横目にひそひそと囁きあう。
「……ほんとに気色の悪い男だ。ねぇ、ミッキー。ようやく僕も解放されたわけだし、チャンスがあったら、内臓にナイフを突き刺して、腹を切り裂いてやらないかい?」
 きっとそれすら死ぬほど退屈だろうけどね、とぼやき、ガイは首を振る。
「それで、兄さんは?」
「中です。ラッピングをすると言っていましたが」
「ラッピング? ……ああ、それで生け捕りか。なるほどねぇ」
 運転手が訝しげにしたが、ガイはさっさと浮かべた微笑を消し、冷たい扉に手をかけた。
 入った先は、薄暗い部屋になっていた。
 部屋が、三対一に区切られるような位置に、鉄格子が設けられている。
 鉄格子の前には、ビューティが威圧感をたっぷりと出して、椅子に腰かけていた。
「――ぬああ!? 貴様、今ごろのこのこと出てきやがって! 兄ちゃんはお前をそんな兄不孝者に育てた覚えはないぞ、馬鹿者ー!」
 ガイに気づくなり怒声を上げるビューティに、ガイは唇を尖らせる。
「だって、プレゼントの調達だったなんて知らなかったんだもん。一言言ってくれれば、僕だってついていったのに……」
「だもん、じゃねぇ! 可愛いこぶりやがって! ……可愛いじゃねぇか、弟よー!」
 ジョニーとは対照的に、普段通り、元気はつらつなビューティの抱擁を避けながら、ガイは鉄格子の内へと目を向けた。
 薄暗い、鉄格子の内側には、無数の気配。
 手首を鎖のついた鉄輪で戒められた、死にかけの囚人たち。
「一、二、三……へぇ、十三人か。大惨事だったわりには、結構生き残ったもんだね」
「中古屋が七人、武器商人が三人、あとは良くわかんねぇのが三人だ」
「ジョニーが怒ってたよ。クソ兄貴が、いきなり暴挙に出たって。僕もあの大爆発はやりすぎだったと思うけどねぇ、ミッキー?」
「あー。つーか、ちっと予想外なことが起きてよー。てか、俺だって腹立ってんだぞ! 予定よりも、数がぐっと減っちまった! 歳の数だけ、ろうそくを揃えたかったのに……っチクショー!」
 ビューティが拗ねた顔で、巨体を揺する。
 ちっとも可愛くない兄の姿に、ガイは可笑しげに口元を緩ませた。
「数はともかく、こんな汚いプレゼント、ジョニーが喜んでくれるかな?」
「これはろうそくだって言っただろーが。ケーキは別にあるんだよ」
「へぇ? ケーキって?」
 眉を持ち上げるガイに、ビューティはどこか怪物じみた笑顔を作って、答えた。
「ジョニーのお誕生日会にふさわしい、あまいあまーい、苺ちゃんのケーキだよ」








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