小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.004 6



 そこらで盗んだ自転車にまたがり、大都市の空を飛行する。体に当たる風は、薄着なだけに震えが来るほど寒かったが、それでも人ごみにうんざりしていたウェイには清々しく感じられた。
「HO-HO-HO!!」
 先ほど店の窓から見かけたサンタクロースのそりが、自転車の脇を並走し、陽気に手を振りながら去っていった。
 クリスマスまであと一ヶ月かと、否応なく気づかされる。
 ウェイはあいにくとクリスチャンではなかったが、行事としてのクリスマスは決して嫌いではなかった。クリスマスばかりは、陰気な裏通りも馬鹿騒ぎに包まれ、何となく心が浮き立つ。
 去年は、アニーにクリスマスツリーをプレゼントした。今年はどうするべきだろう。
 彼女の趣味に合わせて物を買うのは高すぎる。たとえ買えたとしても、ウェイのセレクトした品を冷たい目で見下ろし、無言でごみ箱に捨てられそうである。
 最初にあげたプレゼントは、万年筆だった。
 以前、彼女が大事にしていたらしい万年筆は、些細なことでウェイが壊してしまった。ずっと機会を伺っていたが、クリスマスのときに思いきって代わりの物をあげたのだ。
 鼻で笑われた。
 それ以来、あの万年筆を見た覚えはない。怖いから追求はしないでいる。
(そういえば、あれから毎年欠かさずプレゼントを渡しに行ってるな……)
 会いに行くからプレゼントを買うのか、プレゼントがあるから会いに行くのか。いずれにしても、どのプレゼントももうこの世に存在しないかもな、と苦笑する。アニーは性格はそっけないが、たまに見せる微笑みが癖になって通ってくる客が結構多い。贈り物には事欠かないから、ウェイのどうでもいい品をいつまでも大事にしているとは思えなかった。
 ――ニナにも、何かをあげるべきだろうか。
「……だいたい、いつまでいるんだ?」
 気づいて自分に突っ込みを入れた。何を当然のようにクリスマスまで置く気でいるのか。
 だがニナの辞書のことが頭をちらついた。あんなにボロボロの辞書なのに、決して手放そうとしないニナ。それはウェイをひどく動揺させ、奇妙な心持ちにさせる。
 ウェイは嘆息した。
 そんなこと、考えてる場合か。
 五番街を東へ一気に抜けると、忽然と、超高層建築群が姿を消す。
 かわって視野いっぱいに広がるのは、イースト川の雄大な流れと、クイーンズ人工森林保護区の広大な緑、そして超高層型都市の中ではめったに拝むことのできない、本物の空だ。
 口許のマフラーを引き剥がし、冷たい空気を肺いっぱいに吸いこむと、冬の匂いがした。ウェイはそのまま地上まで滑空し、イースト川沿いを南北に伸びる道路、フランクリン・D・ルーズベルト・イーストリバー・ドライブに走り出た。
 横目にゆったりと流れるイースト川を見ながら、ドライブを快適に走る。川を滑走路がわりに、水飛沫を上げて小型船舶が飛び去ってゆくのに気づいて、ウェイは自転車の速度を上げた。
 クイーンズ・ボロ橋は、もう間近だ。

+++

 武器を構えて歩くとか、物陰から物陰へ猛ダッシュとかをしながら、ユンファはマンション通りを目指して、第三裏通りを足早に横切った。怖いぐらいに静まりかえった通りに、ユンファは鬱々と白い息を吐きだす。
「すっかり忘れてた。マンションに帰るには、この物騒な裏通りを通らなくちゃいけないってこと……。ああもう、こんなことなら中古屋引きずって帰るべきだった!」
 ぶつぶつ文句を垂れるユンファの背後からは、柔らかなフォルムのロボットがふわふわと飛びながらついてきていた。腕や肩には、二人分の、正確にはほとんどがユンファの物な荷物をわんさと載せてある。表通りで借りた荷物持ち用のロボットだ。AIだか半AIだかは知らないが、同行者がいるのは心強い。
「……にしても静かだわ。ゴーストタウンみたい」
 マンションを出たときは銃撃戦の音が聞こえていたのに、今は水を打ったような静けさだ。
 何かあったのだろうか。
 静寂も恐ろしいが、この暗闇も怖い。平時ならネオンの輝きが闇を押しのけているが、非常事態の今は明かりのひとつもなく、闇が濃くて不気味だ。
 裏通りは元々、犯罪者や表世界の落伍者が集まる通り。命の危険はもちろんのこと、女であるならなおさら用心が必要だ。普段は抑えられている欲望も、こうした非常時には突然爆発したりするものだから。
 ――ユンファは掴んだ銃のグリップが小刻みに揺れるのを感じ、舌打ちした。
「……大丈夫だっつってんでしょ、やめてよ」
 吐き捨て、罵る。
「今さら……っ」
 それでも震えの止まらない手を太腿に叩きつけて、彼女はぎくりと足を止めた。
 暗闇の向こうから、何かが近づいてくるのが見えた。
 人間だ。それも十人ほどの大人数。黒いぼろぼろの布を頭からかぶり、俯き加減に歩いている。肩に細長いものを担いでいて、それがスコップか何かに見えた。
 まるで墓場でも荒らしに行くような格好だ。
 ユンファは瓦礫の陰に隠れ、息をひそめた。
 そうだ、彼らはこれから墓場に赴き、穴を掘って、死体を埋めるのだ。
(んなわけあるかっての)
 恐怖から来た妄想に突っ込みを入れて、ユンファは彼らがすぎ去るのを待った。間近から見れば何てことはない、彼らが手にしていたのはスコップではなく、長筒の銃だった。それにぼろ布の陰から見える顔には見覚えがある。
 ユンファは、彼らがいなくなるのを十分に待ってから、物陰を這いでた。
 顔をしかめる。中古屋が大人数で移動するのを初めて見た。彼らは仕事の性質上、集団で行動することがほとんどない。それが、あれだけの人数が一緒に行動しているということは、どこかでフレデリック兄弟に関する集会でも開くのだろうか。
「不気味な連中……」
 ユンファは口端を歪めて、酷評した。
 中古屋は、英雄と讃えられている。だが、陰気なあの姿を見ていると本当だろうかと疑いたくなる。前回の騒動を知らないユンファには、どうにも彼らが英雄だという事実がピンと来なかった。
 墓場荒らし。たしか、もともとはそんな蔑称で呼ばれていた連中らしいが。
 そういえば、とユンファは首を傾げる。
 そもそも中古屋は何故、フレデリックと戦っているのだろう。
 彼らが英雄だとは聞いているが、なぜ戦っているのか、その理由を聞いたことがなかった。
 正義感? まさか。仮に正義の味方なら、あんなに暗い顔はしないはずだ。
 第一、正義感で戦うなど、いまどきありえない。
 ユンファは昔見たジャンク映画を思い出し、不愉快な気分になった。以前、タイムズ・スクエアの百貨店の壁面スクリーンに、ジャンク映画が映し出されていたのを見たことがある。
 馬鹿みたいな映画だった。隕石だか何だかが降ってきて、地球はあと数日で消滅しますということになって、アメリカ人の名もなき人たちが世界のために立ち上がるのだ。
 地球の危機。自己犠牲の精神で、家族のため、地球のために立ち上がる、正義のヒーロー。
 人々は無責任に、彼らを"英雄"とあがめたてまつる。
(そんなご立派な正義の味方なんて、ここにはいない……)
 ユンファは嘲るように笑い、ふとあの中古屋の顔が頭に浮かぶのに気づいて、ムカッとした。
 あの男も中古屋だが、彼も何を考えているのかたいがい分からない。
 陰気だし、根暗だし、無口だし、心の内をまるで曝さない。ユンファを小馬鹿にして、ろくに相手にもしない。
 だが喋ってみると、軽口は飛ばすは、下らないことで一人笑うは、思っていたよりもずっと表情のある人間だった。
 意外だった。
「…………」
 彼は、フレデリックとの戦いには参戦していないようだ。
 何故だろうか。
 ユンファは耳の脇に垂らした細い三つ編みを、指先でもてあそぶ。
 しばらく考えこみ、ふとマンション通りのある方角ではなく、前方に広がる闇に伸びる通い慣れた道を鋭く見据えた。

+++

 ローガン・ストリップはひどい有様だった。
 正面の防犯シャッターは熱でひしゃげ、出入り口の両脇にあるショーウィンドウのガラスも無残に砕けてしまっていた。ユンファは舌打ちする。腕を伸ばして銀色のポールに触れると、ざらりと埃っぽい感触が指に残った。見習いストリッパーであるユンファは、毎日客寄せがわりにここで踊っていた。ポールに足を絡めて、官能的に腰を振って、毎日やって来る中古屋の無表情をぶち壊してやろうと。
 しかし彼女の小さなステージは、今は見る影もない。
 正面は封鎖されているので、裏手の従業員口へ回る。電気系統は落とされているはずなので、認証カードを通してもドアは開かない。
 はずだったが、試してみるとあっさりと開いた。
 驚きに、思わず背後のロボットを振りかえる。もちろんロボットが助言などくれるはずもないので、ユンファはおそるおそる中に足を踏み入れた。
 左右に伸びる通路を油断なく観察する。荷物がわんさと置かれた通路の壁には幾つもドアが並んでいるのだが、そのうちのひとつから光が漏れているのが見えた。
「何してるんだい?」
「……っ!?」
 いきなり背後から声をかけられ、ユンファはあと一歩で悲鳴を上げるところだった。
 煙草を片手に立っていたのは、先輩ストリッパーのエニグマだった。
「エニグマ姉さん、こんなとこで何して……っ」
「そりゃ、私の台詞。何をこそこそしてんの。入ったら?」
 戸惑うユンファをよそに、エニグマは普段と変わらぬ様子だった。仕事中ではないため、ステージで着るような派手な衣装ではなかったが、とびきりセンスの良い服をまとっている。本人に言ったことはないが、数いる先輩ストリッパーの中でも一番尊敬している女性だ。実はここに来たのも、彼女に会えればと多少期待してのことだった。
 とはいえ、本当に会えるとは、露とも思っていなかったのだが。
 促され、光の漏れたドアをそっと開けたユンファは、目をまん丸にした。
「何してんの!?」
 思わず、挨拶も忘れて叫ぶ。ドアを開いた先、ストリッパーたちの楽屋には、化粧台やたくさんの派手な衣装と一緒に、見慣れた先輩たちの姿があったのだ。
 化粧台に腰を下ろし、熱心に煌々と明かりの点った鏡台を眺めていた男性ストリッパーが、はん、と鼻を鳴らした。
「何してんのってあんたね、あたしらは帰る家ないの。あんたみたいにマンションを借りる余裕はないからね。……見習いのくせに、ほんっと生意気なんだから……」
 舌打ちまじりのひがみを言われる。そういえば以前、家を持たないストリッパーが、ローガン・ストリップ内の部屋を借りて生活をしているという話を聞いたことがあった。
「じゃあなに、ずっとここにいたってわけ!? フレデリック兄弟とか平気なの? もろじゃないのここ。LENOがあるのに」
「あら、もろだから安全なのよ? ここを破壊されちゃ、中古屋が困るでしょ。ローガンは金を惜しまず武器を揃えるし、中古屋も常に目をかけてくれるし。……ああん、最近あたし、エディって中古屋とよく目が合うのよ。ロマンスが生まれたどうしましょう!?」
「ないない。っていうか、普通に入れたけど?」
「カードがあったからでしょ。あんた、もしカード使わないで、ドアにでも触ってごらんなさい。防犯機能が働いて、一瞬でレーザービームどっかーんで、あの世行きだったわよ」
「はぁ!? 何それ最悪。早く言え!」
「勝手に侵入しといてよく言うわぁ。この見習い娘」
「ちょっと。見習い見習い言わないでよ。兄さんなんか近いうちにさっさと追い越して、常連の客たち奪い取ってやるんだから」
「何ですって!? 生意気言うんじゃないよ、この生娘が! それに、あたしのことは、姉、さ、ん、と呼びなさい!!」
「はあ!? 不気味なこと抜かすんじゃないわよ、この永遠のバージンが!」
「ぬぁあんですってぇええ!?」
「ぬぁあによぉおお!?」
 久しぶりの見慣れた喧嘩に、他のストリッパーやエニグマが声を上げて笑った。
「で、何か用事でもあったのかい? まだ店の再開は先だよ」
 エニグマに問われて、ユンファは口ごもった。
「ちょっと、中古屋のことで聞きたいことが……」
「中古屋? ……ああ、ウェイって中古屋のこと?」
 途端に、ストリッパーたちが手を叩いて笑い転げた。
「あんたこのご時勢に、まだ色恋沙汰で悩んでるわけ!?」
「気楽だわー! こっちが武器を選んでる間に、まーだパンツの色選んでんの!」
「こんなご時勢だからでしょ。獣としての自己保存本能よ。種を残そうと必死なんじゃない?」
 ああ、なるほどと手を叩くストリッパーたちを、ユンファは「んにゃろう……」とぎりぎり奥歯を噛んで睨みつけた。


 ウェイとまともに喋ったのは今日が初めてだった。何だかんだといつも逃げられていたから、買い物の途中で珍しく色々と話すことができた。
 感じたことは、――何かを押し殺している。そんな印象。
 そう感じたのは、ウェイが「AI」や「ヒューマノイド」の話をしたときだった。
 無表情に語っていた。声音にも何の変哲もなかった。ただ情報を淡々と述べている、そんな感じだった。それなのに何故かユンファは、あの話がウェイと深い関わりを持っていると直感したのだ。
 多分話している内容が凄惨なわりに、彼があまりに無表情だったから。
 あの手の残忍な事件は、自分ごとでない限り、ゴシップとして楽しむ以外の価値はない。だがウェイの顔に宿っていたのは、他人のゴシップを無責任に楽しむ表情ではなかった。ゴシップ的な話を語りながら、全くの無表情。そのちぐはぐした感じが、何かを押し隠しているという印象をユンファに与えた。
 六年前のヒューマノイド事件は、ウェイにとっては他人事ではないのだろうか。
 ユンファは目を眇めた。
 中古屋に興味はない。興味があるのは、ウェイだけだ。
 そしてウェイを知るには、中古屋を知ることが鍵になる気がした。
 中古屋はフレデリック兄弟との戦いに参戦し、人々から英雄呼ばわりされている。
 ウェイは中古屋であるにもかかわらず参戦はせず、家に閉じこもっている。
 この違いはいったい何なのだろう。何故ウェイは戦わないのだろう。
 何故、英雄になろうとしないのだろう。
 中古屋が戦う理由を知れれば、ウェイが戦わない理由を、ひいてはウェイ自身を知ることができるのではないか。
 そう思ったから、ここに来たのだ。


「言ってろ! こっちは必死なの。店が休みの今でないと、時間もチャンスもないんだから。この隙に絶対落としてやるんだから……!」
 先輩ストリッパーたちの揶揄を突っぱね、ユンファは決意の拳を振り上げた。
「そういえばあんた結局、ウェイには会えたの?」
 ウェイに会うため、この控え室でパンツを選んでいたのは三日前の話だ。ユンファは嘘くさく、得意満面に三つ編みを後ろへ払ってみせた。
「会えたわよ? もちろん。家に押しかけて、押し倒してやったわ。その後は……言わなくても分かるでしょ?」
「何もなかったわけね。ご愁傷様」
 あっさりと事実を当てられて、ユンファはぐっと詰まる。
「……妙なガキがいたのよ。あの子供がいなけりゃ、何とかなってた!」
 我ながら言い訳にしか聞こえない反論をかますと、エニグマが眉を持ちあげた。
「え、彼、子持ちだったの? そうは見えなかったけどね」
「違う。保護者だって言ってたけど、親戚とかそういうのじゃない?」
「――もしかして、黒い服着た女の子かい?」
 的確な問いかけに、ユンファはぎょっとした。
「何で知ってんの? あたし、前に見た覚えがないんだけど」
「三日前の話だよ。フレデリックの襲撃があったとき、私たちは空中歩行路にいたんだけどさ。下の道を、あんたの中古屋さんとその子が手を繋いで逃げてくのを見かけたんだよ」
 ユンファは眉をひそめた。
「……何それ」
「知らない。追ってたのは警察だったようだけど、何やらかしたんだかね」
 ますます奇妙な話だった。フレデリック兄弟に追われるならまだしも、あの火急に警察に追われるなど。警察がフレデリックをそっちのけで、中古屋と少女の二人連れを追うなどと。
「……ふぅん」
 険しい色を唇に乗せて、ユンファはそれきり黙りこんだ。
 エニグマが肩をすくめて、おもむろに立ち上がった。
「んじゃ、私はそろそろ行くよ。とっとと出かけるつもりが、あんたのせいですっかり遅くなっちゃった」
「え、どこか行くの?」
 エニグマはドアの前で振りかえり、嫣然と微笑んだ。
「中古屋の話はまた今度ね。私でなくていいなら、みんなに聞くといいよ。あんたよりよほど中古屋に詳しいから」
「何せ中古屋とのラブロマンスは、私たちのシンデレラストーリーだもんね」
 途端に色めき立つストリッパーたちに、ユンファは不満顔をする。
「あたしは、シンデレラな話をしたくて、中古屋のことを聞きたいわけじゃ――あ」
 さっさと出て行ってしまったエニグマを、ユンファは反射的に追いかけた。ドアを開けて廊下に飛び出る。そして、驚きに目を見開いた。
 廊下の暗がりには中古屋が立っていた。先ほどの墓場荒らしのような出で立ちをした、十人の男たちだ。彼らの間に混じって、何事かを話していたエニグマは、ついてきたユンファに気づいて苦笑した。
「何だ、ユンファも行くかい?」
「……どこ行くの?」
 改めて問いかけると、エニグマは中古屋と目を交わし、肩をすくめた。
「仕事。ローガンの使いよ。トップストリッパーになると、色々大変なの。……ああそうだ、中古屋について聞きたいなら、本人たちに直接聞いたらどう?」
 げ、とユンファは中古屋たちに視線を向けた。
 暗い目線に無言の圧力を感じる。思わず怯むが、こいつらをLENOに通すのはいつもショウウィンドウで踊る自分の役目だったじゃないと思い出し、意地に近い強気がよみがえった。
 聞いてやろうじゃないの。
「ねぇ。なんであんたらって、フレデリックと戦ってるわけ?」
 本当に聞くとは思わなかったようで、エニグマが楽しげに口笛を吹く。
「あたしは正義の味方だとか、英雄だとか、そんなの信じない。大嫌いなの、そういう胡散臭い話。金のため? 欲望のため? まさか名誉? あんたたちはいったい何が欲しいわけ」
 だが肝心の中古屋たちは薄暗い目でユンファを見つめると、無言で身を翻してしまった。
「……ちょっと!」
 むかっとして、ユンファはエニグマの側にいた中古屋の腕を捕まえた。振りかえった中古屋は、醜い傷で塞がれた右目でユンファを見据えた。
「あんた、ウェイって中古屋のこと、知らない?」
 聞いた途端、中古屋の無事な左目が驚きに見開かれた。思わぬ反応に、ユンファまでが驚く。中古屋はすぐに表情を掻き消すと、ユンファの腕を振り払った。
「……聞いたこともない」
 低く呟き、そのまま他の中古屋たちを引き連れて、裏口から出てゆく。
「何それ……」
 今の表情の意味をどう解釈すべきかさっぱり分からず、ユンファは下唇を不満げに突き出した。
 中古屋の後を追って、裏口をくぐろうとしていたエニグマが微笑んだ。
「あんた、本当にウェイって中古屋が好きなんだね」
 言葉を失うユンファに手を振り、エニグマの姿が自動で閉じるドアの向こうへと消えた。
「……違う」
 ひとり取り残されたユンファは、太腿の脇で拳をぎゅっと握りしめた。
「あたしはただ、あいつを滅茶苦茶にしてやりたいだけ」







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