小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.004 10



 昨夜から明け方にかけて、携帯電話に恐ろしい数の着信があった。
 フレデリックの帰還以来、中古屋仲間から電話が来るのを恐れ、携帯電話への着信には一切出ていないことにしていた。そのかわり連絡をとっても支障のない人間――友人のウェイなどには、家の電話番号を教えてある。
 だが朝起きて、尋常でない着信数が残っていることに気づくと、さすがに気になった。
 何か、あったのだろうか。
 渋い顔で電話を見つめる。次に電話が着たら出ようか、そう思って溜め息をつく。
「何かあったとして、それを知ってどうしようってんだろうな。なぁ、ゴエモン?」
 ロブは膝に半身を乗せた毛長の大型犬を撫で回した。犬型の機械動物は面倒そうに片目を開けて、わふ、とおざなりな返事をした。
 そういえば五年前、ウェイが「携帯を捨てる」と言い出した時には、ひどく驚いたものだ。ロブは苦笑した。
 五年前、フレデリックと中古屋の抗争には一切関わらないと宣言し、ウェイは最初は持っていた携帯電話を捨ててしまった。家にすら電話を引かない徹底ぶりで、連絡を取るときは、アニーに伝言を頼むか、家を訪ねるか、あるいはウェイがよくいるタイムズ・スクエアの公衆電話を試しに鳴らしてみるか……という面倒臭さだ。
「見習うべきかもな、俺も。どうする、捨てるか。捨てちまうか、そらどうする!?」
 犬の鼻先で携帯電話をぶらぶらと揺らし、ようやく好奇心を揺さぶられた犬が飛びついてくるのを、ロブは笑いながら受け止めた。
 その時、電話が鳴った。
 びくりとして、取り落としかけた携帯電話をキャッチし、慌ててディスプレイに目を向けるがそこには何も映っていない。違う、家の電話だ。
 ソファを下り、犬とともに電話台まで駆け寄ると、ディスプレイには見知らぬ番号が表示されていた。誰だろうか。躊躇ったすえに通話をオンにする。
 しばらく黙って相手の出方を伺っていると、「ブタゴリラァアアア!」という甲高い叫びが聞こえてきた。
「な、ユ、ユンファか?」
『ユンファよ、悪い!? それよりちょっと何よその能天気な声ふざけんじゃないわよ死ねゴリラッ餌の過剰摂取で死んでしまえ!』
 一気にがなり立てられて、ロブはがくりと肩を落とした。
「……お前なあ。わざわざそんなことを言うために掛けて来たのか? だいたい何で俺の番号を知ってるんだ。あ、ウェイか? 何だ、ついにウェイの奴と進展があったか」
『何よもう! てことは、あんたんとこにも行ってないわけね!?』
 苛立った声で問われて、ロブは首根を投げやりに掻く。
「こんな早朝に何でウェイがうちに来るんだよ」
『だから――ニュース見た!? イースト川の!』
「俺のマンションはお宅とは違って、テレビが見られないんだよ。……ああ、待て待て。がなるな。ウェイがいないのか?」
 ユンファは文句を吐きながらも、焦りに震えた声で説明を始めた。
 イースト川で橋の爆破事件が起きたこと、死傷者が出ていること、そこに行ったままウェイが戻ってこないこと。意外にも秩序だった説明を聞き、ロブは眉根を寄せた。
「ちょっと待て。待ってろよ、切るな」
 ロブは犬の鼻先に指でサインを送り、ソファに置いてきた携帯電話を取ってこさせた。改めて着信履歴を見ると、そこには中古屋仲間の電話番号が幾つも表示されていた。
 中古屋からの執拗な着信。不気味な予感を覚えて、その内の一つに掛けなおすと、すぐに通話が繋がった。
「ロブだ。何事だ」
 端的に問いだけを送ると、すぐに異様なまでに焦った声が戻ってくる。返事一つせず、押し黙ってその内容を聞いたロブは、後で掛けなおすと適当な嘘の約束して、再び通話を切った。
 青ざめた顔に手を押し当て、心を落ち着ける。
 ふと廊下の隅で、不安げに顔を覗かせる娘を見つけ、ロブは無理やり笑顔を作った。
「アンジェラ。ちょっと出かけてくる。ゴエモンと一緒に、いい子で待っていられるか?」
 うなずくのを見て、ロブは足にじゃれつく犬の尻を叩き、彼女の元へと送ってから、再び家の電話に戻った。
「ユンファ」
『遅いわよ、何なのよ! 電話代がかかるじゃない!』
「落ち着いてよく聞け。今からアーレイズ・バーに来られるか?」
『な……っ』
 絶句するような沈黙があり、しかし声音から事態の緊迫を察したのか、やがて渋々ながらも返答が戻ってくる。
『行けるけど……。でも今ウェイの部屋なのよ。一度出たら、あたしは入れないんだけど。ああ、ニナも一緒よ。でもニナもドアの開け方を知らないらしくて』
「大丈夫だ。それなら俺が分かる。帰りに寄ってやるから、とりあえず出て来い」
『……何なの?』
「爆破は、フレデリック兄弟の襲撃だ。イースト川で、昨日、武器商人と中古屋の大規模な武器の受け渡しがあったそうだ。取引の現場にフレデリックが現れて、銃撃戦が起き、その後で爆破があったらしい」
『何よそれ、フレデリック? ちょ……待って、え、武器の取引?』
「ああ。中古屋の仲間が何人か死んだ。目撃者の話だと、生き残った連中は全員、フレデリックに連れ去られたらしい。ウェイはイースト川の運送屋を中古品の輸送でよく利用しているからな、戻って来ていないなら……巻きこまれたんだろう」
 受話器の向こうで、長い沈黙が起こる。
「ユンファ、大丈夫か?」
『――違う、待って。武器の取引って、中古屋と? やだ、どうしよう……』
「どうした」
『エニグマ姐さんもだ。昨日中古屋と一緒に、ローガンの代理人で取引に立ち会うって言ってたの。……嘘、嘘でしょ』
 ロブは皆までは聞かずに、通話をオープンにしたまま、ソファの背に掛けたコートを羽織った。思いつく物と武器を鞄に詰めて、無造作に背負う。
「いいか、三十分後にアーレイズ・バーだ。第三裏通りを歩くときには気をつけろ、事態が百八十度動いてる、何が起こるか分からないからな」
 それで通話を打ち切りにし、ロブはそのまま部屋を横切り、外へと続くドアを開けた。
「畜生、無事でいろよ」
 ロブは錆びた外階段をもどかしい思いで駆け下りる。
「俺はもう誰も失いたかねぇんだからな」
 心の隙をつくように、ふっと数年前の情景が脳裏をよぎった。
 弾丸の雨と、フレデリック・ファミリーの哄笑が、廃墟と化した第三裏通りに降り注いだ。逃げまどう人々を誘導するロブの耳に、フレデリックの侮蔑に満ちた声が届く。
『気づいてるか?』
 あれは確かジョニー・フレデリックだったはずだ。
『てめぇらが下手な手出しをしなけりゃ、こんなに人死には出なかった。てめぇの女房ももっと長生きしたっつってんだよ、ロブ・マーキンソン!』
 その通りだ、とあの時ですら思った。
 ロブはフレデリック兄弟との攻防の最中、最愛の妻を亡くした。
 殺されたわけではない、ただ元から病弱だった彼女の身体は、極度の緊張に耐え切れなかった。頼るべき夫が日夜フレデリックと戦う姿を見て、心を痛め、次第に病の進行を早めて死んでしまったのだ。
 ロブと、幼い娘を遺して。
 どれほど後悔したか分からない。痩せ細った妻の死体を前に、表情を失った娘を前に、ロブは気が狂うような後悔に苛まれた。
 何故、こんな抗争などに加わってしまったのだろう。自分が妻の側にいれば、彼女はもっと長く生きられたのではないか。
 そんな絶望を抱えたまま、ロブは終わらない戦いにまた身を投じていった。
『“マザー”を潰せばいいのか?』
 絶望に終止符を打ってくれたのは、あれほど中古屋ともフレデリックとも係わり合いを避けていた親友――ウェイだった。
 2098年3月6日の話だ。ウェイはロブの願いを聞き入れ、フレデリック兄弟が当時抗争において、最大の武器としていた母体電脳「マザー」を完膚なきまでに破壊し、第三裏通りをフレデリック・ファミリーの支配下から解放した。
『なかったことにしてくれ。俺が協力したことなど二度と思い出さず、どうか忘れてくれ』
 全てが終わったあと、震える声で呟いたウェイを見て、古い映画にでも出てくる英雄のようだと思った。名前も名乗らずに去ってゆく、カウボーイ映画の英雄みたいだ、と。
 的外れだろうが何だろうが、そう思うほどに、ロブはあの時、救われたのだ。
(無事でいろよ、あの野郎)
 ロブは祈りを捧げるように見えない空を仰ぎ、路地の闇を急いだ。

+++

 通話の途切れた黒電話の受話器を、アニーは両手でそっと下ろした。
 そのまましばらく立ち尽くし、やがて身を翻した。
 酒場から奥の扉を抜け、現れた暗い室内に点った液晶モニタの前に立つ。
「繋いで」
 モニタには無数の数字が浮かんでいる。命令を受けて数字が蠢き、一つの数字以外が全て画面上から流れて消えていった。
「アニーよ。至急頼みたいことが――」
『頼みじゃと? そりゃタイムリーじゃなあ』
 不意に接続が強制的に遮断され、全く無関係の回線が繋がった。皺枯れた声がスピーカーから溢れて、アニーは目を眇めた。
「誰かしら……」
『怖い顔じゃのう。せっかくいいおっぱいをしているのに、勿体ないぞよ、うひひっ』
「――クグカね」
『ピンポーン』
 言い当てた途端、モニタの中から黄金色に輝く螺旋があふれ出した。後ずさるアニーの前で、文字と数字とを一列に繋げて出来た螺旋が急速に回転し、やがて何もない虚空に矮小な老人が現れた。
 金物街のクグカ。三年ほど前から名を知られるようになった、裏社会の情報屋だ。
 特に警察関連の情報収集に長け、ニナについて調べようとしているウェイにも、「クグカを訪ねろ」とアドバイスをした。その彼が何故ここに――。
『慌てておったようじゃが、どうかしたのか?』
「いきなり現れるのはやめて。好き勝手をするのは、あなたお得意の警察端末だけにしてほしいわ……」
『ほ、ほ、ほ。わしとてネットワークのマナーは守っておるつもりじゃが、警察署内の端末で遊んでおったら、おぬしの足跡が見つかったのでなあ。嫌でも気になってな。おっと安心せい、わし以外にあれほど微細な足跡に気づく者はおらんよ。ま、一応わしが足跡の上に、かっちょいいサインを上書きしておいてやったから、どっちにしたってばれはせんが』
 非実体映像の老人は、ふわふわと宙を舞いながら、楽しげに震える指で指揮棒を振る真似をした。
『おぬし、ヒューマノイドの疑惑をかけられて、最優先で追跡されておった女の子ちゃんのことを調べておったろう』
 アニーは表情ひとつ変えない。
「だったら何かしら」
『ありゃ、ダミーじゃよ。工場から逃げたヒューマノイドは別におる。わしはそいつを探しておるのじゃが、どうにもデータ不足でなあ。こっから先は足で情報を稼がねばならなさそうじゃ。というわけで、ウェイに会いたい』
 いきなり要求され、アニーは隠し切れずに息を飲んだ。
「ウェイ、ですって……?」
『知っておるぞ、アニー。隠しても無駄じゃ。おぬしがずっとヒューマノイドに関する情報を集めておるのも。それがウェイという中古屋のためであるということも、な」
「……他の情報屋に客を譲る気はないわ」
『客。客か。ほほう。ま、良いが。……ヒューマノイドについては、ちとわしも提案があってな。ウェイと話がしたいのじゃ。どこだ?』
 色の失せた唇を引き結び、アニーはモニタの下部を流れる、ネットニュースに目をやる。
 イースト川の爆破事故の続報がそこには流れている。酒場に集まる情報は全て、アニーの脳に蓄積される。コンピュータでも操作するように、蓄積情報からデータの取捨選択を繰りかえし、アニーは全てを先ほどの電話の内容に結びつけて、やがて一つの結論を弾き出した。
「……いないわ。どうも、事故に巻きこまれたようね」
 短く告げると、同業者であるクグカもまた螺旋をフル回転させ、ほほほ、と笑った。
『なるほど。イースト川か。フレデリックに殺されたか、あるいは捕まったか』
「話をしたいなら、直接話すといいわ。自分で探して、自分で話をなさい……」
 クグカは皺と眉毛とに埋没した目を、不気味に輝かせた。
『ほほう! 豪気じゃな。そう言って、わしにウェイの居場所を見つけさせる気じゃな?』
 アニーは黙って、モニタの電源に手を伸ばした。
「用がそれだけなら切るわ」
『ほほほ、女子は怖いのう。こと、”アウトラス社”の女子は、のう……?』
 言いながら、クグカの身体が解けて、再び黄金の螺旋へと戻ってゆく。
 螺旋は現れた時と同様、モニタの中へ引っこみ消え、後には蒼く光るモニタと、歯を食いしばるアニーの形相のみが残された。







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