小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.004 1


 上空から、弾丸の雨が降り注いだ。
 爆音が轟き、古びたマンションが一気に崩落する。その屋上に建てられていた建物は、左右の建造物に崩落防止柱を突き立てることで、巻き添えでの地上落下を回避する。しかし無事だったのもつかの間、火炎放射「FLAME DRAGON」の直撃を受け、内部の鉄骨ごと炎上、黒炭となって崩れ落ちていった。
 武器を満載したエアバイクが夜空を飛び交う。空中歩行路から応戦していた人々に容赦なく弾丸を浴びせ、心臓を撃ちぬかれたまだ暖かい死体は、欄干を越えて、百メートル下の地上へと落下した。ライダーは笑いながら次の標的を探し、上層へと飛び去る。
『こっちだ、地下に逃げろ……!』
 ロブは傷だらけの腕を振るって、逃げ惑う人々を地下街へと通じるダクトに導いた。
『早く……!』
 空からの攻撃と、FLAME DRAGONが巻き起こすとてつもない熱風を避けながら、最後に走りこんできた女性をダクトに押し入れ、ロブは外からハッチを閉じた。自身は手近な建物の陰に走りこみ、潜んでいた仲間と合流する。
『このままじゃまずい! ファミリーの数が多すぎる……!』
『雑魚をいくら潰しても無駄だ。もっと中核を叩かなければ……』
 テッドと呼ばれる中古屋はロブに応えると、帽子の鍔を持ち上げて上空を睨みつけた。
『すでに制空権を取られている。上層階はほとんどがフレデリックの手に落ちた。上空から射撃されていては身動きが取れない。ただでさえファミリーは三百人を越えるんだ……このままいけば勝ち目はない』
 ロブは右腕の出血を引きちぎった服の袖できつく結びつけ、ああ、とうなずいた。
『中核、つまりフレデリック兄弟全員を同時に仕留めるか――』
『――あるいは、兄弟たちの”指令電脳マザー”を破壊するか、だ』
 近くで巨大な爆発が起こり、爆風が彼らのいる物陰にまで吹き寄せてくる。テッドは巻き上がる砂埃から視界を守るため、額のゴーグルを下ろした。
『だが、”マザー”のセキュリティシステムはアウトラス社のそれにも匹敵する。破壊するにしても、並の人間には太刀打ちできない。よほど腕の立つハッカーでもなければ……。ロブ、心当たりはいないか?』
『……一人、ないわけじゃない』
 ロブは躊躇う。
『だが、あいつは――』
 そのとき、激しい爆発音とともにすぐ側にあったドラム缶が弾けとんだ。金属片が頭上をかすめ飛び、テッドがくぐもった呻き声を上げて地面に倒れた。
『テッド……!』
 ゴーグルの右目部分から金属片を生やし、テッドは激しく痙攣を起こしている。ロブはテッドの襟首を引きずって、ひしゃげて穴の開いたシャッターから書店の内部に身を潜めた。
 銃を構え、慎重に通りに目をやれば、爆煙の向こうに顔中を刺青で飾った長身の男が立っているのが見えた。
 フレデリックファミリーを率いる兄弟の一人、ジョニー・フレデリックである。
『そこにいるんだろ、中古屋。出てこいよ……』
 己のものか、誰かの返り血か、右半身を顔から足先まで真っ赤に染めて、フレデリックは冷やかな眼差しで辺りを睥睨した。
『……まったく、お前らも馬鹿な真似をしたもんだぜ……。大人しく墓場で死体を掘ってりゃよかったのに、ローガンみてぇな腐れチキンに踊らされて、英雄気取りとはな……』
 頬を伝う血を舌で舐め、フレデリックは銃弾を装填しなおす。ガキンッと部品の噛む硬い音が、煙の立ち上る地上に響きわたった。
『気づいてるか? てめぇらが下手な手出しをしなけりゃ、こんなに人死には出なかった』
 フレデリックは怒りに歯を軋ませ、構えた銃の引き金に指を絡めた。
『繰りかえす。てめぇらが首突っ込んでなきゃ、そいつが片目を失うこともなけりゃ、俺の仲間が死ぬこともなかった……。――ってめぇの女房ももっと長生きしたっつってんだよ、ロブ・マーキンソン!!』
 高性能散弾銃が放たれ、書店のシャッターが木っ端微塵に吹き飛んだ。ロブは重傷のテッドを抱えて、書店の奥へと逃げこむ。裏口から路地へと飛び出し、なおも逃亡を続けながら、こみあげる後悔と絶望に奥歯を食いしばった。


『……頼みがある』
 ロブは傷だらけの体を、墓場から掘り起こした治療器に掛けながら、低く呟いた。
『お前がフレデリックとの戦いに加わる気がないのは、知っている。それを知った上での頼みだ……』
 表通りの白々とした日差しが差し込む部屋。フレデリックファミリーとの抗争とは無縁の静寂に包まれ、ソファに座るこの部屋の主も彫刻のように動かない。
『フレデリックの”マザー”を潰したい。これ以上、犠牲を増やしたくはないんだ。頼む。協力してくれ。――お願いだ……』
 治療器が傷を塞ぎ、痛みが和らいでゆくのに相反し、精神的な痛みに脳みそを食われそうになる。ロブは掌で顔を覆い隠し、ただひたすら懇願する。だが。
『……俺は動く気はない。ロブ』
 ロブはその返答に、深く、深く項垂れた。


『もう限界だ』
 隠れ家に身を潜めた中古屋たちは、苦悩に顔を歪めていた。
『サンドラがフレデリックに殺された……。アカツキも、ヴィッキーもだ……』
 集まったのは八人の中古屋。三日前には十五人いた仲間もここまで減っていた。
『俺は降りる』
『ここまで来て、降りるだと……!? ふざけるな……!』
『……サンドラは家族まで殺された。俺には続けられない』
『家族がいるのはここにいる全員がそうだ。ここで降りても、いずれにせよ家族は危険に晒されるんだ』
 辞退を申し出た中古屋は額を押さえ、力なく首を振った。
『義憤で戦ってたわけじゃない。所詮、薄汚い墓場荒らし、今だって裏通りの人間が何人殺されようがどうだっていい。……俺たちはいつの間に正義のヒーローなんて気取り始めた? 最初は我関せずを決めこんでおいて、目の前に人参を吊るされた途端、勢いよく走り出してよ……! これなら、今も我関せずで家に篭ってる中古屋のほうが、俺たちよりよほど――!』
 最後まで言う間もなく、中古屋は殴られた衝撃で壁に叩きつけられる。慌てて止めに入った者まで巻きこんで、仲間同士での激しい殴り合いが始まった。
『本当はお前らだってそう思ってんだろうが……! ――ロブ、あんたもそうだろ!? あんたなら分かるはずだ、なぁ!?』
 中古屋は胸倉を掴まれたまま、沈黙を守るロブに問いかける。
 ロブは固く組んだ腕に力を篭めて床を見つめた。うなずくでもなく、また否定するでもないその曖昧な態度に、中古屋は悲しげに顔をそらした。
『……安心しろ。フレデリックファミリーに加わることだけはしない……』
 うなだれ去ってゆく中古屋を追って、他の四人の仲間が同じ錆びた顔つきで隠れ家を後にする。さらに人の少なくなった室内には、無力感だけが残った。
 誰も身動き一つできなかった。戦い続けてきた身体は疲弊しきり、仲間の死を見続けてきた精神は完全に虚弱している。追い討ちをかけるような同胞の離反に、もはや誰一人、何の言葉を発することもできなかった。
 扉が開き、外からの仄かな光が差したのはそのときだった。
 残された中古屋たちは、ぼんやりと顔を上げる。もしや去った仲間が戻ったのかとも思ったが、しかしそこにいたのは、これまで一度たりとフレデリックファミリーとの抗争に姿を見せたことのない中古屋だった。
 室内に失望と不審の空気が広がる中、現れたその中古屋は壁際のロブに目を向け、躊躇いがちに口を開いた。
『……”マザー”を潰せばいいのか?』
 ロブは驚きに目を見開く。やがて隠しきれない喜びに短い笑い声を零すと、中古屋はそれを眩しげに見つめ、無言で顔をそむけた。


 2098年3月6日。
 第三裏通りを圧倒的な武力でもって支配していたフレデリック兄弟は、突如として裏通りを放棄、表世界へと出奔する。それは表世界への襲撃とも、裏通りからの敗走ともとれたが、直接の理由は現在に至っても定かになってはいない。
 武器を満載した改造エアジェットやバイク三百台以上とともに、四百人を越すファミリーを引き連れたフレデリック兄弟は、五十七名の警察官を殺害。その後、湧き出るように現れた中古屋たちと、警察、GPS所属軍隊の合同部隊を相手に、三日間にも渡る激しい攻防線を繰り広げた。


 その激戦の様子を、一人の中古屋が、薄暗い路地からひっそりと見つめていた。
 彼はポケットの銃に手をかけることもなく、タイムズ・スクエアで戦う中古屋たちから顔をそらすと、再び背を丸め、闇に包まれた裏通りへと帰っていった。


 今から、三年前の出来事である。








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