小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.003 5



 カツン、とエナメルの靴が音をたてる。
 そのたびに、周囲の喧騒が遠のいてゆく。
 実際に静まったわけではない。ただ不思議と、かすかなはずの靴音の方が、喧騒よりもはるかにはっきりと聞こえた。
 何故、だろうか。
 ウェイは少女の後ろを歩きながら、自問する。
 表世界を歩く少女は、思ったよりもずっと周囲になじんでいなかった。路地を出るついさっきまでは、少女が表世界の人間だと断言できたのに、いざ表を歩く少女を見るとその確信が揺らぐ。汚れたトレーナーのせいだろうか。いや、一歩、一歩と歩くその速度が、そもそも周囲とまるで噛み合っていない。通行人は誰もが早足で、少女は荒波に押し流される木の葉のように見えた。
 カツン、とまた靴音が鳴る。
『どうぞ、お嬢さん』
 通りに立っていたロボットが、平坦な声を発した。手にした大量の風船から赤い色を抜き取って、少女に差しだす。少女は足を止め、風船を見上げて首をかしげた。
『頭痛薬アイデンをよろしく』
 企業が宣伝用に使用しているロボットだ。金属の体内に風船製造機を内蔵している。お決まりの台詞を吐き、人間ならすぐに疲れを感じる中腰の姿勢で、風船を差し出したまま動かない。決められた動きを従順にこなすだけの、人工知能・非搭載型だ。
 ウェイはいつまでも手を伸ばそうとしない少女に代わって、風船を受け取った。
「風船だ」
 少女は空に向かってぴんと張った糸を見つめた。
『ありがとうございます、ミスター』
 ウェイは皮肉げな笑みを浮かべ、糸を握りしめた。
「……何でだろうな。人間は、今でもロボットにだけは“ありがとう”を言わせるんだ」
 少女がようやく手を伸ばして糸に触れた。
「――言えば、気味悪がるくせに……」
 小さな指が風船を掬いとり、握りしめる。
 ふわふわと浮く赤い風船をじっと見上げ、少女はまた歩きはじめた。
「ご苦労さま、マーカス」
『お気をつけて、ミスター』
 風船ロボットは製作者にちなみ、マーカスと名づけられている。もっともその名を呼んでやる人間など、表世界にはいないだろうが。
 ふたたび歩きだしたウェイを、少女が先に立って待っていた。
 待たれていることに違和感を覚え、顔をしかめると、少女は色の悪い唇を開いて呟いた。
「ありがとう。ウェイ」
 ウェイは目を見開く。
 少女の指から、風船の細い糸がすり抜ける。
 赤い風船が、ゆるやかに、空へと昇ってゆく。
「あ――」
 ウェイは飛んでゆく風船を見上げ、反射的に手を伸ばし、そして、
 ピピピピッ。
「……!」
 ものすごく覚えのある衝撃を足に受け、体勢を崩して地面に倒れた。
「……この」
 ウェイはその場に尻餅をつき、怒りに拳を震わせた。そして周囲の目も気にせず、足元にいるだろう相手に盛大な罵声を浴びせた。
「いい加減にしろ、エッグ!」
 案の定、傍らではエッグが単眼をチカチカさせながらウェイを見上げていた。ついでに誇らしげに回転までしている。
 パーツにばらして、市場に流してやろうか。物騒に薄笑うウェイである。
 しかし彼はふと眉根を寄せた。
 そんなはず、ない。
 帰巣プログラムは、確かに修復した。エッグがウェイにつきまとうわけがなかった。
 ウェイはエッグのへこんだ頭を、探るように撫でる。修理の達成度には自信がある。機械修理を生きる糧とする中古屋にとって、それは絶対の自信だ。だがだとすれば何故、エッグが自分の足元にいるのか。
 混乱に視線をさまよわせたウェイは、次の瞬間、さらなる衝撃に襲われた。
 少女の姿がどこにも見えなくなっていた。
 エッグを蹴飛ばして立ち上がり、行き交う人々に目をこらす。しかし見える範囲に、少女の姿は見当たらなかった。ただ頭上を見上げると、手放された風船が街路樹に引っかかって、ゆらゆらと揺れているのが見える。
 ウェイは唖然と立ち尽くした。
 エッグがピピピと鳴く。
 まさか、家に帰ったのだろうか。
 あれだけつきまとってきたくせに、こんなあっさりと?
『ありがとう。ウェイ』
 ウェイは衝動的な苛立ちを覚え、前髪を掻きまわした。
 何だというんだ。いったいなんなんだ。
 ありがとうだって?そんな台詞はありえない。
 この都市で、この表世界で、まして表世界の人間が。
 ありえないのだ。その言葉を、ウェイは今までロボットか、あるいはジャンク映画の中でしか聞いたことがなかった。それは表世界だけでなく、裏通りですらもそうである。表の人間は誰にも感謝などしない。裏通りの人びともまた、感謝を示すことにひどく臆病になっている。ありがとうという言葉は、遠い昔に忘れ去れられた言葉である。
 あの少女は、何かが妙だ――。
 その時、視界の隅に見慣れた映像がよぎった。
 振りかえると、巨大なスクリーンが目に飛びこんできた。
 通りに面した、三十階建ての大型百貨店。その壁面に設置された巨大スクリーン。普段は新商品のCMを流しているが、何故か時折、ジャンク映画を流しはじめる。
 いま流れているのは、ウェイが過去、何度も何度も繰りかえし見てきた、100年も昔のSF映画だった。
『IDENTITY RECORDS / 人類、最後の戦い』
 公開当時ですら、前評判だけのB級映画と酷評された映画である。
 だがその独創的な映像美と、前衛的な内容は、熱烈なファンを生み出しもした。2000年代中期、後々「ゼロ運動」と呼ばれる2000年以前の文化を撲滅する運動が起きたときも、ファンがオリジナルフィルム廃棄をプラカードを手に抗議したことは、現代のジャンク映画マニアの間でも有名な話だ。結局フィルムは廃棄され、今ではただ当時発売された磁気ビデオテープでしか、その映画を見ることはできない。
 物語の舞台は、何もかもが機械化された未来都市。全てが機械化された街に住む人間たちは、複雑で難解な人間関係よりも、文句も言わず従順に従う機械との関係に関心を向けていた。
 そうする内に彼らはいつしか「感情」を失い始める。まるで自分自身が機械になってしまったように、優しい言葉も、温かな微笑みも、豊かな笑い声も、悲しみの涙も、何もかも忘れて機械のように無情になっていったのだ。
 主人公は、感情を失うことのできなかった、わずかな数の人間たち。
 彼らは必死に人々の感情を呼び覚まそうとする。しかし人々は無表情に彼らを見つめ、ただ機械のような冷たい顔をぎこちない嘲笑いで彩らせるだけだった。
 はじめてあの映画を見たのは、もう六年も前になる。ただ目的もなくマンハッタンの大都市を歩いていたある日、たまたま通りかかったデパートの巨大スクリーンに、吸いこまれるように魅入られた。
 そのとき見た映像は、主人公の恋人がロボットによって捕らえられ、巨大な鳥籠に閉じこめられるシーンだった。
 羽根のように真っ白な服に身を包んだその女性は、感情を失うよう洗脳を受ける。抵抗むなしく、徐々に己が消えてゆくのを感じた彼女は、本当に心を失う直前、人形のように表情のない顔に、涙を伝わせるのだ。
 その、涙。
 頬を伝う、透明な涙。
 それは、ウェイが生まれてはじめた見た涙だった。
「ニナ」
 彼女の名は、ニナ。少女が映画雑誌を見て、とっさに名乗った偽名は彼女のものである。
 だが、呟いた瞬間、頭に浮かんだのは少女の顔だった。
 黒い喪服のような衣装をまとい、心など欠片も感じられない少女の顔。
 まさに表世界に生きる人間の顔。
 ふと思う。あの少女は、涙を流すだろうか。
 映画の中のニナのように、銀幕の向こうで零れ落ちたあの涙を。
 ――ありがとう、ウェイ。
 ウェイは腹立たしい思いで薄茶の髪を掻きまぜる。その耳に遠くから聞こえるポリスジェットのサイレンと、急かすような機械音が飛び込んできた瞬間、彼は舌打ちまじりに表世界を走りだしていた。

+++

 映画館や劇場が建ちならぶブロードウェイの中心地タイムズ・スクエアは、決して広い街ではない。しかし目を離したのは一瞬のはずなのに、ニナの姿はどこにも見られなかった。
 気づけばエッグが100メートルほど前を先行していた。あたかもウェイを導くかのように、幾度も彼を振りかえりながら。その事実にどうしようもない不安を覚えながらも、ウェイはエッグに従う。
 何故そうしたのかは、後になっても分からなかった。
 エッグは地上にニナの姿がないことを確認すると、見切りをつけたように、都市のあちこちに設置されたエレベーターへと足を向けた。ガラス張りのエレベーターは、ウェイとエッグを乗せて一気に上昇する。一秒もせずに扉が開いた。降りるとそこは、地上から約100メートルほど上層にある大通りになっていた。
 地上の道と大差ない。片側には建ちならぶ店々のショウウィンドウ。流行ファッションの非実体映像が、ウィンドウの中でゆっくりと回転している。もう片側には形の整えられた街路樹。地上と違うのは、道の端に落下防止用の欄干が築かれており、その向こうをエアジェットが高速で飛び去ってゆく点だ。
 通りすぎる人びとにも変化はない。ただ若者の多いタイムズ・スクエアに比べ、この通りの人々は少しばかり上等な服を着ていた。しかし顔は一貫して無表情である。
 その中にも、少女の姿は見当たらなかった。当たり前だ、と頭の中では冷静に考える自分がいる。こんな大都市で人を見失って、また見つけられるわけがなかった。
 そう思っていても、足は勝手に動いた。エレベーターでさらに上層へ上がり、ときには階段を駆け上がり、行き先のあてもないくせ、ひたすらニナを探して走った。
 そうするうち、彼らは「第十三ウォール街」という看板が掲げられた通りまで来ていた。


 第十三ウォール街は、地上1100メートル地点に位置する、裁判所や政府機関の林立する、世界最大の金融街である。300年の歴史を持つ、重厚感ある古代ゴシック風の建築物が建ちならんでいる。
 その中央を突っ切る、空中歩行路にたどりついたウェイは、身を折って乱れた呼吸を整えた。急激な高度変化が原因だろう、眩暈とともに頭痛までした。都市には人体の心肺機能を調整する装置が働いているが、今のように走り続ければ、その効果もきちんとは現れない。
 ウェイは額の汗をぬぐい、歩行路の欄干に背を預けた。
 下から吹き上げてくる冷たい風がセーターの隙間から入りこみ、汗ばんだ背中を急激に冷やしてゆく。ウェイは身を反転させ、欄干の外に目をやった。
 意識を奪われそうな光景だった。
 上空から地上へと向かって延々と続く高層都市。切り立った都市の谷間には、数え切れないほどのエアジェットが行き交っている。
 空中歩行路は、都市の谷間に架けられた、いわば橋だ。つい先ほどまでいたタイムズスクエアなど、もうどこにも見えない。ただ1100メートルも下方にある地上に向かって、真っ直ぐに落ちこむ高層ビルが見えるだけである。
 昔見たジャンク映画にも、こういった映像があった。ただしそれは湖の中に沈んだ都市を題材にした映画だったが。湖面にかかった橋から沈んだ都市を見下ろすシーン、それがちょうどこんな感じだ。都市の中を魚が泳ぎまわる、それはエアジェットが超高層型都市を飛びまわる光景と同じである。
 ウェイはようやく整った息を、ひとつ吐きだした。
「なにやってんだ」
 白い息が、左に流れて消えてゆく。
 ニナはどこにもいなかった。そもそも家に帰ったのだとしたら、追う理由がウェイにはなかった。いや、最初から追う理由など一つもないというのに。
 先を走っていたエッグが、中古屋が足を止めたことに気づいて舞い戻ってきた。足元でくるくると回転し、急かすように鳴いている。その脇を、エッグと全く同形のロボットがゴミを処理しながら、通りすぎていった。
「おまえ、何か変だな」
 ウェイはぼんやりと呟いた。
 耳の奥で、ひどい雑音がする。
「あの子も変だ……」
 古いテレビのノイズのような、雑音。
「……俺も、変だ」
 ウェイはもう一度溜め息をつき、頭を振った。
 そして、ふたたび走りだそうと背を伸ばし――息を呑んだ。
 空中歩行路を渡りきった先に、ウォール街の中心、フォリー広場があった。広場は都市の谷間に向かって、階段状に伸びている。その先端は大通りと同様、欄干によって囲われており、怖いほどの景観が臨めるようになっていた。
 何故、誰も悲鳴をあげないのだろう。
 欄干の上に、ニナが立っていた。
「……なに、やって……っ」
 ようやく状況を理解したウェイは、絞りだすように声を吐き出した。
 声に反応したように、エッグが走行を再開する。
 それと同時に、ウェイもまた広場に向かって駆け出した。
 ――その時、ウェイは気がつかなかった。
 走り出したウェイの脇を、アタッシュケースを手にした黒服の男たちが、通りすぎたことに。
 すれ違う瞬間、彼らがわざわざ足を止めて、ウェイを振りかえったことに。
 その冷たい視線が、ウェイの背中を見送り、鳴きながら走るエッグを見つめ、そして欄干で揺らぐ少女を次々と薙いでいったことに。
 中古屋は、最後の最後まで気がつかなかった。


 広場の入り口に立ったウェイは、欄干の上で、背を向けて立つニナを見つめた。
 動揺のあまり、サングラスの奥で眼が泳ぐ。傾いだブリッジを押し上げるが、視界の歪みは一向に直った気がしなかった。
 周囲のゴシック建築に合わせているのだろう、階段状の広場には、青銅製の洒落たベンチがいくつも置かれていた。腰かけた人々は無表情に真昼の都市を見つめ、故意に少女を見ないようにしている。
 気持ち悪い光景だった。この上なく、気持ちが悪い。
 ウェイはニナを刺激しないよう、ゆっくりと階段を下りてゆく。しかしエッグが凄まじい音を立てて、階段を転がり落ちていったので、なけなしの努力はあっさり打ち砕かれた。
 ニナが、肩越しに二人を振りかえってきた。
 それだけの動作でも足元が揺らぎ、小さな体は今にも欄干から向こうへ落ちてしまいそうだった。
「……ニナ」
 ウェイは慎重にニナへの距離を詰めた。
 ニナは首を傾げ、細い欄干の上でくるりと靴を反転させ、ウェイへと向き直った。
 しかしその場から下りようとはしない。未だに彼女の背後には、1100メートルの断崖絶壁が口を開けている。
「危ないから、こっちに来い……」
 緊張を押し殺し、なるべく平坦な声で話しかける。だがニナは足元から吹き上げる風に黒髪を、黒いワンピースの裾を激しくたなびかせるだけだ。
 エッグが少女の立つ欄干の下でぐるぐると回転した。ニナはそれをちらりと見下ろし、またウェイに視線を返した。
 ウェイはぎくりとした。
 少女の真っ黒な瞳が、はっきりとした意思を持って、自分を見つめていた。
 動揺が、混乱となって押し寄せてくる。
 なんなんだ。何が起きているんだ。
 状況に頭がついてゆかない。何もかもが理解の範疇を超えている。
 ニナは、やはり自殺志願者だったのだろうか。機械の墓場にいたのは自殺するためで、それをウェイが邪魔したために、今、また都市の谷間に飛び降りようとしているのか。
 だが、なんだろう、この違和感は。
 自分の知る少女は、こんなにはっきりとウェイを見はしなかった。ただガラス玉の瞳を、無機質に向けていただけだ。それは人形のように。意思を持たぬ、木偶のように。
 今、目の前にいる少女は、明らかにウェイを見据えていた。
「探し物をしていたの」
 やけにはっきりとした、その口調。
「なのにもう時間切れ」
 全く意味の通らない、その言葉。
 ウェイは力なく頭を振った。
「なにを、言ってるんだ……」
「あの子が壊れてしまったから、この子も壊れてしまった。私がもっと早くに目覚めていたら、探し物は見つかっていたはず。でも、もうだめ。私は消える」
 ウェイは戦慄に身を震わせた。壊れている、確かにそうに違いない。ニナの言葉はひとつひとつが暗号めいていて、まるで意味を成さない。この少女は壊れている。
 そのときふと、少女の背後に広がるビルの群れ、そのさらに向こうに建つ2200メートル級の巨大な建造物が目に入った。
 アウトラス・コーポレーション、世界最高峰の機械開発会社。
 何故かその姿が、圧迫感となって襲いかかってきた。
「探して」
 黒い瞳が、脳裏に焼きつく。
「この子と一緒に」
 澄んだ声が、鼓膜を打つ。
「決して流されない、」


「涙」


 少女の体が、ぐらり、と揺れた。
 黒い瞳がゆっくりと伏せられ、小さな体が背中から倒れてゆく。
 自分が悲鳴をあげたかどうかの記憶すらなかった。ウェイは階段を転げるように駆け下り、ニナの消えた欄干から身を乗り出し、がむしゃらに腕を伸ばした。落下してゆく少女の手首をぎりぎりで掴む。肩が抜け落ちそうな衝撃がかかる。反動で捕まえた細い手首が、掌の中を抜け落ちていった。
 辛うじて捕まえることができたのは、細すぎる四本の指。
 ニナは気を失っていた。
 子供とはいえ容赦のない重みに引きずられ、じわじわと少女の指が掌から逃げていった。
「だ……れか……っ」
 やっとのことで声が出た。
 たったそれだけのことで、体中の血管が千切れ飛びそうになる。脂汗が全身から噴き出し、腕の筋肉が痙攣をはじめた。
「誰か……!」
 ウェイはもう一度助けを求めて声を張り上げた。
 だが、助けは来なかった。
 背後で、ベンチに座っていた人々が、遠ざかる気配を感じた。
 視界の隅に見える空中歩行路から、冷たい視線が投げられるのを感じた。
 誰も助けには来ない。
 分かっていたはずなのに。
「……、く、しょう……っ」
 パニックの奥底で、深い絶望が込み上げてきた。
「畜生……!」
 少女の指は汗ばんだ掌の中をどんどんと抜け落ちてゆく。呻き声が、食いしばった歯の間から漏れた。
 緊張のあまり、視界が白濁し、赤く明滅する。
 このままでは、少女が落ちてしまう。
 都市の谷間を、このままでは、ニナが――。
 その時、足元で甲高い機械音がした。それまで存在すら忘れていたエッグが、作業用アームを欄干の間から伸ばし、少女の着るトレーナーの襟首を掴んだのだ。
 見かけによらぬ力強さが、ウェイの麻痺した思考にわずかな余裕を与えた。彼は機を逃さず、柵に足を絡めてしっかりと重心を取ると、代わりに欄干を掴んでいた左腕を離して少女へと伸ばした。
 痙攣を起こしていた右腕に代わって、左手でしっかりと少女の手首を握りしめる。余裕の生まれた右手にも力をこめ、彼はゆっくり、ゆっくりと少女を引っ張り上げてゆく。
 そしてついに、ウェイは少女の体ごと、広場へ倒れこんだ。


 激しい疲労感が、倒れた体にのしかかる。
 少女を掴んだままの片手は、自分の腕でない気がするほど感覚がない。少女から手を離そうと思っても、手首を掴んで鉤爪状に曲がった指はぴくりとも動かなかった。
 馬鹿みたいに口を開けて、呼吸する。
 それでも少しも空気を吸えた気がしなかった。
 そんなわけないが、頭の血管も絶対に五十本ぐらいは切れた気がした。
 そのまま気を失いそうになりながら、傍らのエッグに目を向けると、エッグの作業用アームが途中で折れ曲がっていた。
 互いの健闘を祝うかのように単眼を輝かせ、ウェイを見つめるエッグ。
 ウェイはその冷たい金属のボディに額を押し当て、震える息を吐き出した。







…お返事 
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