小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.003 3



「出てくわけない、か……」
 詰めていた息を吐きだし、ウェイはポケットから煙草の箱を取りだす。KRONG THIP。タイのアンティーク雑貨店で安売りされていた煙草だ。
 口に食み、マッチを取り出そうとしたところで、傍らから火を差し出された。無意識に煙草をその火へと持っていきかけて、彼はぴたりと動きを止める。
「……」
「……」
「……ユンファ」
「ハァイ、ウェイ」
 ライターの向こうで、陰影のついた顔が不気味に笑った。
「ああ、禁煙中だった」
 ウェイは煙草を箱に戻し、身をひるがえす。その腕を強引に引き寄せて、ユンファは中古屋の腰に抱きついた。
「やっと捕まえた、あたしの中古屋セカンド・ハンダー!」
 ――彼女の名は、ユンファ・フリーマン、同じ階に住む中華系アメリカンである。
 部分部分を三つ編みにして、短く刈った黒髪。気は強そうだが、健康的に輝く黒い眼。一見、少女らしい風貌だが、古き中国の血を誇っているのか、あるいはただの趣味か、いわゆる「チャイナドレス」を短く改造した藍色の服が、彼女の豊満な胸や、脚を露骨に強調するデザインとなっていて、少女を「女」に魅せていた。
 まるで雌豹。彼女を一目見たものは、明け透けなまでに自由奔放な性を感じることだろう。
「……やめろ」
 無理やり引っぺがしてあからさまな拒否を示すと、ユンファは剣呑と目を細め、ウェイの尻をズボン越しに撫であげた。
「〜〜〜」
「ヘイ、チェリー!」
 膝砕けになるウェイの耳元でパチンッと指を鳴らし、中古屋の注意を自分自身に向けさせる。
「未来の名ストリッパー、ユンファ・フリーマンが声かけてやってんだから、気の利いた台詞のひとつも言ってみろっての!」
「……たとえば」
「たとえばぁ? たとえば……そう、ねぇ? 今日のあたし、いつもの何か、違うと思わない……?」
 ユンファは言葉尻に艶を加え、剥き出しの太腿に手を這わせる。
 ウェイは面倒そうに眉根を寄せた。
「さぁ、普段からまともに見たことな……ィ……ッ!」
 ユンファは犬歯を剥いて、ウェイの足を功夫靴で踏みつけにした。
「……なにが違ってるって?」
「知りたいなら、脱がして」
 いやいや聞いてもこれである、ウェイはうんざりと額を押さえた。
 昨夜の女たち同様、ユンファもまたローガン・ストリップのストリッパーである。まだ舞台には上がれない見習いで、半年ほど前から入り口のショウウィンドウで踊っていたのが、最近、やけに絡んでくるようになったのだ。近所だと知ったからなのか、それともほかに何か理由があるのか。何にしろ、毎回この調子で疲れるのだ。
 ウェイは今度こそユンファを無視して、すたすたとエレベーターホールへ歩き出した。
「どこ行くっての、こんな時に」
 当然のようについてきたユンファが、中古屋の背に問う。
「飯」
「行ったって、食いもんなんかないわよ。ひどいんだから、外」
「じゃあ帰れ」
「ははん、あの女のところ、ってわけか」
 試しにかまをかけてみるが、ウェイが答える気配はない。ユンファは眉を寄せる。
 やがてエレベーターホールに着いたウェイは、「DOWN」パネルに手をかざした。いくらも待たずにドアが開き、ガラス張りの箱が現れる。瞬間、ガンッと甲高い音がホールに響きわたった。
「ウェイ。あんな、カビた骨董女ビッチなんてやめちまいな」
 ユンファが高々と持ち上げたその官能的な脚でもって、エレベーターとウェイとの間にバリケードを作ったのである。
「それよりさ……遊んでよ」
 その眼に宿る、ゾクリとするほどの色気。
「アタシで」
 オレンジに染めた舌が、同じ色をした唇を唾液で濡らしてゆく。
「て、ちょっとちょっと!」
 ウェイは少女の背を押しのけ、無理やりエレベーターに乗りこんだ。慌てて追おうとするユンファを、逆に身を乗り出すことで制する。
「一人で遊んでろ」
 突然、迫ってきたウェイに驚いて、思わず身を引いてしまうユンファ。
「っあ゛!」
 その間にドアがむなしく閉まっていった。
 ドアの向こうでウェイが一瞬、馬鹿にしたように笑ったのが見えて、ユンファは怒りに顔を赤くする。
「あんにゃろう……っ」
 エレベーターランプが、一階の表示部分で点滅する。
「次こそモノにしてやるんだから!」
 ユンファはぎりぎりと歯噛みしながら、ドアを蹴とばした。

+++

 液晶モニタの放つ蒼い光が、暗い室内をぼんやりと照らしている。温かみの感じられぬ部屋のなか、パソコンに向かっているのは一人の女だ。
 カチリ……と硬い音とともに、陶器製のカップが受け皿から持ち上げられる。紅い唇を縁につけ、すでに冷たくなったコーヒーを喉に流しこむと、舌に強い苦味が残った。感覚器官が麻痺しそうなほどに濃い、ベトナムコーヒーだ。
「では、すでに始動したのね」
 オート入力機能が、低い呟きをも拾って文字に変換してゆく。同時に、モニタにネットの向こう側にいる相手からの返答が羅列していった。
「……そう、分かったわ。引きつづき、お願いね」
 その言葉を最後に、パソコンの電源が落とされる。
 光源を失った室内は、完全な闇に閉ざされた。
 ――不意に、女が顔を持ちあげた。扉が開く、軋んだ音が聞こえてきたのだ。
 女は傍らの新聞を取りあげ、静かに席を立った。
 部屋を横切り、扉をゆっくりと押し開くと、明かりの灯った酒場に見慣れた客の姿があった。流れる「エルヴィス・プレスリー」の音楽を聞きながら、両手に息を吹きかけている。
「……いらっしゃい、ウェイ」
 声をかけると、ウェイは女店主を振りかえり、笑った。


 相変わらず人気のない店内を見渡して、ウェイは苦笑した。
「ここは変わらないな」
「皮肉かしら……」
「安心したって意味だよ」
「安心されても困るのだけど……」
 アニーは酒棚からボトルを取り上げ、グラスにそそぐ。
「今日、最初の客?」
「もしかしたら、最後の客かもしれないわね」
 アニーが珍しく冗談と思われる台詞を吐く。
 酒場自体は裏通りから離れているため、昨日の被害はまったくない。だが肝心の客の多くが裏通りの人間だ、客足が途絶えるのも無理はなかった。
「裏通りの様子はどうかしら……」
 さすがに客足のことともなると気になるのだろう、珍しくアニーのほうから問いかける。
 いつもの席に腰を落ちつけたウェイは、しばらく押し黙ってから、ただ無言で首を振った。
「……そう」
 ボトルの蓋を丁寧に閉じて、アニーはそれを背後の酒棚に戻した。
「……そうだわ、あの子の飼い主、見つかったわよ」
「あの子? ……ああ」
 あの子、それが預けた機械動物のことだと分かって、ウェイは顔をあげる。
「もしかして、コートのフードを目元までかぶった?」
「あら、知ってるの? ……ああ、あのマッチ、もしかしてあなたのかしら」
 アニーはくすりと笑った。
「妙な子だったわ……」
 その妙な子に、機械動物をあげないでほしいものである。
 アニーの適当さに呆れながらも、最終的に主人を選ぶのは機械動物自身だということは分かっているので、とりあえずウェイは彼女に感謝した。主人が見つかるにはまだかかると思っていたが、たった一日で見つかったなんて、機械動物にとっては幸いだったろう。
 だが機械動物が認めたにせよ、アニーの「妙な子」というその言葉に、ウェイもまた同意せざるを得なかった。
 そう、妙な少年だった。
 最初、LENOの前でぶつかられたときから、奇妙な印象は受けていた。格好がどうという以前に、ひどくおどおどしたあの挙動が裏通りには不似合いで、やけに目を惹いたのだ。
 しかしそれ以上に奇妙だったのが、掃除用ロボット「EGG」を見たときの反応だろう。
 まるで死人を見たかのような悲鳴だった――。
 だが昨日は全てにおいて、どこかが歪んでいた。
 次第に物思いにふけってゆくウェイの脳裏を、おぼろげなイメージがかすめていった。
 ガラス玉に似た、あの黒い瞳。ニナと名乗った少女の目だ。
 部屋のソファに座る少女は、まるで人形のように身動きひとつせず壁を見つめている。
 色の悪い唇がぱかりと開き、一つひとつと、言葉をつむいでゆく。
 だらりと垂らされていた手足が、狂ったようにばたばたと上下に動き――ああ、琥珀、琥珀だ、琥珀に閉じこめられた虫が手足をばたつかせている。苦しげに、息ができずに、泡だけを吐き出して、
  ラ
   ク
      リ
「ウェイ?」
 ウェイはハッと顔を上げた。目の前では、女店主が不審そうにしている。
 じっとりと掌が汗ばみ、心臓が音をたてて鼓動する。ひどく不気味なものを見た気がして、吐き気がこみ上げてきた。
「……いや、何でもない」
 ウェイは薄茶の前髪を手でかきむしった。
「……昨日、あのタラコ唇は来た?」
 強引に話題を友人の中古屋へと持ってゆく。ごまかしも兼ねてはいるが、ロブのことは昨夜から気にかかっていたことだった。
「ええ、来たわ。フレデリックが帰ってきたと知って、慌てて出て行ったけれど……」
「……あいつはどうも危機感がない。生きてるかな」
 あとで電話でもするかと後頭部を掻くウェイに、アニーは目を細める。
「人のことを言えた口かしら。よく、こんな時に来る気になったわね……」
「こんな時だから来る客、の方が多いんじゃないのか?ここは」
 皮肉めいた答えを返し、ウェイはおもむろにズボンのポケットへと手を伸ばした。
 取り出したのは、ぐしゃりと丸まった紙幣。
 それを丁寧に伸ばして、ウェイは紙幣を女店主へと差しだした。
「情報を買いたい」
 アニーは赤い唇を薄く微笑ませ、その情報料を受けとった。


 情報がほしいなら酒場へゆけ、という構図は、はるか古代から続き、今も変わらず続いている。
 人の出入りする場所は、情報の出入りもまた激しくなる。ここアーレイズ・バーは客の出入りこそ少ないが、固定した常連客のついた酒場で、自然、信頼できる情報が入ってきた。
 アニーのつむぎ出す情報は正確無比。まるで大都市に設置された観光情報案内のようだ。
「復活祭と称したフレデリックの襲撃が始まったのは、昨日の夕方五時すぎ」
 提供を求めたのは、フレデリックの昨日から今朝にかけての動向。
「襲撃の間、フレデリック側で姿が確認されているのは、トム=フレデリックだけ。大通りで火炎放射を計六発放射した後、七発目を打つ前に上空から警察によって狙撃され、逃亡。負傷したため、やむなくの逃亡だったという話もあるけど詳細は不明。そのあとの消息についても不明」
 六回の火炎放射ということは、少女を連れて逃げた時点では二回目だったので、あれから一時間もしないうちに襲撃は幕を下ろしたようだ。
「大通りでは、火炎放射の影響による大規模な火災が発生。最下部の二十三棟が炎上。上部の建物は防衛システムが発動して、崩落は免れたわ。そのほかでは火炎放射に先立って、裏通りの各所六箇所でプラスチック爆弾が作動。場所は屋台街、金物通り……」
 次々と裏通り内の場所を挙げてゆくのを、すべて記憶する。これらは今後の行動に、大きな役割を果たすことになるのだ。
「フレデリック兄弟の逃走後も、フレデリック側についた者たちによる破壊活動が続いたわ。それも含めて、裏通り全体の死者数は、確認している人数だけで二十六人」
「二十六人か。五年前に比べると、ずいぶん少ないな……」
「中古屋の動きがかなり活発だったようね。各所で行動を起こし、フレデリックの同調者たちと衝突。三箇所のアジト制圧と、同調者二十三名を警察に引き渡すことに貢献したそうよ。そのほかでは死体処理や瓦礫の撤去、負傷者の救出などで中心になって動いているとか」
「警察側の状況は?」
 紙幣を足し、ふたたび情報を求める。
「こちらは面白い情報があるわ……ポリスジェットが三台墜落したとか」
「墜落? ポリスジェットが?」
 思わぬ情報に、ついウェイは口を挟む。
 前世紀には犯罪都市ランキング一位の座を温めつづけたニューヨーク、現在はロンドンにその首位を譲ったが、今なお上位三位内に留まりつづけている。そのため、マンハッタンの秩序を守るポリスジェットは装甲が桁外れに頑丈で、しかも武器搭載型という超犯罪迎撃用に改造されている。それが墜落するなど、普通では考えられない。
「五年前は、さすがにポリスジェットの墜落はなかったはずだが……」
「五年前とは一味違うといったところかしら。乗っていた警察官五名が、墜落現場で死体で発見されたわ。全員、額を撃ち抜かれて死んでいた。実行者は不明」
「……警察を撃ち殺したい連中なんて、ここでは山のようにいるしな」
「被害の多さと、フレデリックの足取りを見失ったことから、彼らも襲撃から一時間後には裏通りを退いた。……もうひとつ、興味深い情報があるわよ」
 ウェイは顔を上げ、眼を細めて微笑むアニーに先を促す。だが彼女はそれきり何も語らない。中古屋は頭を抱え、なけなしの紙幣をもう一枚だけ差し出した。
「……常連客なのに」
「関係ないわ」
 きっぱりと言い放って、アニーは口を開いた。
「赤いエアジェット」
 ウェイは不審に眉根をしかめる。
「赤いジェット?」
「フレデリックに絡んで、目撃例が多くあるの。脱獄のとき、表通りを襲撃したとき、裏通り襲撃の前にチラシをばらまいたのも、フレデリックの逃走に手を貸したのも、この赤いエアジェットだという話よ。正体は不明」
「……不可能といわれた脱獄の成功。さらに脱獄後、短時間で裏通りへ帰還……」
 一人言を呟きながら思考をまとめてゆく。ウェイは重くうなずいた。
「分かった」
 そして最後に中古屋は、切り出した。
「それから、別件でもうひとつ調べてほしいことがある」
 今日、ここへ来た目的を。
 本当の本題を。
 ポケットから取り出した硬貨を紙幣の上に乗せ、ウェイは改めて口を開いた。
「警察が今現在、最重要追跡者として名を挙げている者について調べてほしい。これはその前金ってことで……頼む」
 アニーがわずかに眉をひそめた。フレデリック以外に誰がいるのか、といった表情だろう。だが金を払われた以上、これは仕事である。女店主は追求はせず、承諾代わりに黙って硬貨を受け取った。
 それでようやく肩の荷が下りて、ウェイは安堵の息をついた。
 そしてその安堵に乗せて、もう一つの本題を切り出すことにした。
「それとついでって言ったらなんなんだけど、治療機材、貸してくれないかな。足をちょっと……怪我して……」
 途端、それまで何に対しても興味の薄そうな顔をしていたアニーが、鋭く顔を持ちあげた。拍子で手が硬貨に当たり、硬い音をたてて床に落ちる。硬貨は磨かれた床の上で回転し、やがて裏側を見せて倒れた。
 それを目を細めて見下ろし、アニーはかすかに溜め息をつく。
 彼女はそのまま無言でカウンターから出ると、高椅子に腰を下ろしたウェイの元へと向かった。
「あ、いや、貸してもらえればそれで……」
 ウェイの制止を無視してその場に膝をつくと、アニーは白い手で中古屋のズボンの裾をまくった。赤いものの滲んだ包帯が露わになり、ウェイは奇妙な気まずさに駆られた。
「大した傷じゃないんだけど、歩くのに不便で。機材も墓場で見つかればいいんだけど、なかなか見つからないんだよな。医療部に回収されてるのか、人気商品なのか……」
 言い訳を連ねる間にも、アニーは無表情に傷を見つめていた。
 不意に、アニーはウェイの膝に手を置き、その上に頬を寄せ、眠るように目を伏せた。
「アニ……」
「あまり、心配かけないで……」
 小さく囁かれる、アニーの声。その声は、流れ続けるレコードの音にかき消されるほど小さく、ウェイの耳にすら微かにしか届かなかった。
 ウェイはそれをサングラス越しに見下ろして、やがて小さく呟いた。
「……すみません、アニーさん」

+++

 非常階段に立つと、足の裏でじゃり、と錆が音をたてた。
 今にも崩れ落ちそうだ。本当に非常時になったとき、いったい何人がこの非常階段を使うだろう。
 運転手は階段の踊り場に立ち、紫煙を吐き出した。
 地面ははるか百階ほど下にあり、歪んだ手すりから身を乗り出すと、今にも吸いこまれてゆきそうな気がした。
 自殺者の最期の気分を想像して、運転手は笑う。
「しかし非喫煙者とは意外だったな……肩身の狭いことだ」
 まだわずかしか吸っていない煙草を踊り場に落として、革靴で踏みにじる。爬虫類を思わせる細い目は苦笑していて、睡眠中の蜥蜴を思わせた。
 階段の先には連なる建物が、その向こうには大通りの様子がわずかに見え、煙と炎とが今もくすぶっているのが確認できた。
 運転手は身をひるがえし、錆びた階段をゆっくりと上ってゆく。
 三階分をのぼり終えると、そこは建物の屋上になっていた。
 屋上には、巨大な水タンクのほかに、煉瓦造りの倉庫が忽然と建っている。
 ――フレデリック兄弟の、隠れ家である。


「うあー! いてぇいてぇ……俺は今夜中に死ぬに違いねぇ!!」
 入り口をくぐって中に入ると、倉庫内には三十人近い人間が集まっていた。
 明らかに、真っ当とは言えぬ連中ばかりだ。男もいれば、女もいる。誰もが体のどこかしらを改造していて、まともと言える風貌はひとつとてない。手には、センスの欠片もない、でかいだけの武器を抱えており、運転手に気づいた背後の数人が鋭い目つきで振りかえってきていた。
 それを無言で見返し、運転手はそのまま目を正面へと向ける。
「本当、くっだらねぇ幕引きだったよな。警察に狙撃されて、怪我して、ハイ終わり。しかもどんな怪我かと思えば、たかがかすり傷とはな……」
「けっこう深いんだぞ、いてぇんだよ、疑うなら代わってみやがれ、兄不孝者めぇ!」
 正面の壁には、積みあげられた木箱が、階段状に並んでいる。まるで兄弟の順序をあらわしているかのように、上からビューティ、ジョニー、ガイの順で、腰をおろしていた。
「おい、マイケ……じゃねぇや。ガイ、お前も何か言えよ。にやにやしてねぇで」
 ジョニーが隣の弟に、疲れた様子で声をかける。
 ガイは帽子の落とす陰の下でふぅ……と甘い吐息を吐き、鉄骨人形ミッキーの頭を撫でた。
「そう、君も遊園地に行きたいんだね? もう何年も行ってないからねぇ。アトラクションが増えているかもしれないよ、ふふ」
「……無視すんなよ」
「遊園地だと!? よし、おれも保護者としてついていってやろう! ギャハハッ!」
「……」
 ファミリーに加わるのは初めてという者も多いようだ。不気味な兄弟の日常会話に、たじろいでいる者も少なくない。変態の集団が、変態のリーダーにたじろぐ構図はなかなか見ものだった。
 運転手は集まった人々の間を通りぬけて、前へと進みでる。兄弟たちの傍らに立とうとすると、自然、一番端に座っていたガイと眼が合った。
 特に興味もなさそうな顔が、運転手をサングラス越しに見つめてくる。ついでに手の中のミッキーまでもが、くりくりとした眼を運転手へと向けていた。運転手が丁寧に頭を下げると、ガイはしばらくそれを見つめ、やがてふっと目をそらした。
「ま、さいわい大した怪我じゃねぇけどよ、警察もなかなかやるもんだと感じ入っちまったなぁ。上空から狙撃だぜ? かっちょいーな!? 正義のヒーローっぽいじゃねぇか!」
 肩に大げさな包帯を巻いたビューティが、笑いながら膝を叩く。
「とまあ、前説もここまでにしてだな。ここからちょっと今後の方針なんかを我らのジョニーちゃんが話すから、しっかり聞けや」
「俺かよ。……おい」
 ガイがミッキーを抱え、木箱から飛び降りた。見咎める兄に、「つまらないから遊んでくるよ……」と微笑みまじりに答える。その甘い微笑に、数人の男女が絶対の忠誠を誓ったが、それはどうでもいい話である。
 俺も遊びに行く! と駄々をこねるビューティに溜め息を落とし、ジョニーは集まったファミリーに目を向けた。
 その面の凶悪さを強調する、目元の刺青。
 兄と弟に板挟みされて参っていたさっきの様子など微塵もなく、殺意すら感じさせる鋭い眼光が、右から左へと薙いでいった。
 一様に、息を呑む。
 三十人分のそれは、ごくりという隠しようのない音となった。
「少ねぇな」
 ジョニーが呟くと、上の段にいるビューティから鉄拳が飛んできた。
「せっかく集まってくれた同志たちに、少ねぇとはなんだ、え!?」
「……中古屋連中が動いたって話をしてぇんだよ」
 強烈な痛みを根性で無視して、ジョニーは膝上のパソコンをonにした。
 非実体ウィンドウが空中に浮かびあがり、「拡大」の操作によって、それは倉庫の広い天井いっぱいを覆う大きさになる。自然、前のほうに並んだ者たちの顎も上がった。
「これは昨日の襲撃データだ。まずは地図……この赤い点が、俺らが破壊した場所。で、こっちの黄色いのがお前らの成果。……誰だ? この偉業を成し遂げてくれた兄弟は」
 黄色い点は、集まった人数に対し、倍近くはあった。
 鋭い視線を投げかけられ、ファミリーは無意識に視線をそらす。
「中古屋が、二十人そこらの兄弟を捕まえて、警察に引きわたしやがった。だからあっちこっち裏通りはボコれたのに、集まった人数が少ねぇ。……そうだろ、運転手?」
「はい。警察筋からの情報ですので、間違いありません」
 警察筋の情報と聞いて、チンピラまがいのファミリーたちは一斉に運転手に目をやった。驚きと疑いの眼差し両方が、運転手を上から下まで嘗めてゆく。
 ビューティが、唐突に手を叩いた。
「あ。つーか、俺、お前の名前知んねぇや」
 ものすっげぇ関係ねぇ! と展開についてゆけないファミリーと、ジョニーが内心で突っこみを入れる。当の運転手は驚いた様子もなく、控えめに答えた。
「運転手でかまいませんが、不自由でしたら、何か作ります」
「なんだ、ねぇの? ニックネーム、ねぇの? 俺がつけてやろうか。お前にはよー、いろいろ世話になったしなぁ……俺のネーミングセンスは最高だぜ? ギャハハッ」
「やめろよ、かわいそうだろ……」
「そのスーツ変だから、変ちくりんとかな! もしくは、変☆スーツwith爬虫類とかな!!」
「……別にいいですが、呼びにくいのでは……」
「おっしゃ! というわけでぇ!!」
 さすがに言いよどむ運転手にさっさと飽きたのか、ビューティは唐突に立ち上がると、巨大な体躯の上から集まったファミリーを見下ろした。
「聞いた通り、中古屋の殲滅は優先事項だ。同志たちを、警察なんぞに売っ払いやがった、最低のクズどもだ。今後も邪魔になるだろうから、見つけたらヤッちまえ。……だがいいか、兄弟」
 ビューティの目が不気味に据わる。倉庫内の温度がひやりと下がった気がした。ジョニーのときの比ではない恐怖感が、集まったファミリーの間に漂いはじめる。
「俺らの最終目的は、中古屋でもなければ、裏通りの制圧でもねぇ。こんなもんはただの通過点にすぎねぇ」
 低く、平坦な声が、重たく積もってゆく。
「オセロゲームをやりてぇんだよ、俺は」
 その意味を理解するより早く、ビューティはジョニーの手からパソコンを奪うと、それを足元へと叩きつけてぶち壊した。
 息を呑む者たちに、彼は壮絶に笑った。
「だからまず、この裏通りを俺らの玉で埋め尽くす! 壊せ、燃やせ、殺せ!! 裏通りを支配し、俺を支配者の座に据えろ!! それが当面の方針だ分かったか、ファミリー!!」
 激しい怒りにも似た闘争心につられ、その場にいた誰もが絶叫していた。







…お返事 
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