小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.003 1


 容赦のない殴打の音が、狭い路地に響きわたる。
 悲鳴も、呻き声も、抵抗するような音も聞こえず、ただ無抵抗の体を殴り、蹴りつける音ばかりが響いていた。
「死んだんじゃないのか?」
 傍で見物を決めこんでいた男が、執拗に足を上げる仲間に、面倒そうに声をかけた。もう一蹴りを鳩尾に加えてから、ようやく仲間である男のほうも、肩で息をしながら足を止めた。
「ふざけやがって、ガキが」
 男は唾を吐き捨て、足元にぐったりと横たわる少年を見下ろした。
 少年からは呻き声ひとつ聞こえない。力なく地面に落ちた腕は、銃傷からあふれる血に濡れ、空ろに開かれた口からも塗料のように赤い血が零れている。灰色のコートは黒く染まり、今もその範囲を広げていっている。死体。どう見ても、少年は死んでいるように見えた。
「自業自得だ。……不気味なんだよ、何かこいつはよ」
 先ほどの笑声が耳に蘇った気がして、男はごくりと喉を鳴らした。
 男はおもむろに、少年の傍らにしゃがみこんだ。虚勢を張るためだけに笑いを浮かべ、少年の顔を覆い隠すフードに手をかける。
「かわいそうな坊や。せめて顔ぐらい拝んどいてやるよ……」
 そして男はフードを剥ぎ、その隠されていた顔を見た。
「……!?」
 男は目を見開くと、少年から飛びのき、勢いあまって尻餅をついた。
「おい、どうした」
 後ろの男が眉を持ち上げる。だが男は言葉にならない悲鳴を上げるだけだ。
 常軌を逸した仲間の様子に、後ろの男もまた少年の方へと目を向ける。
 そして男もまた、瞠目した。
 死んだと思っていた少年が、地面に手をつき、傷だらけの上体を持ちあげた。
 血と折れた歯を吐き出し、真っ白な息を漂わせて、獣のような動きでこちらを振りかえってきた。
 その曝された顔にあったのは――。
 二人の男は、今度こそ悲鳴を上げた。
 少年は握ったままだった銃を掲げると、無言で、男の腹に弾丸をぶちこんだ。
 鈍い悲鳴と、甲高い銃声が狭い路地に呑まれて消える。残された男が後ずさるのを、脇腹を押さえ、足を引きずりながら追い、少年は無言のまま再び銃を掲げた。
 男は、助けてくれ、とでも言おうとしたようだった。
 だがその言葉が紡がれることはなかった。


 聴いたことのない音楽が聞こえてくる。
 音楽は、光に満ちた世界から、この暗く薄汚い路地へと流れこんできていた。
 やけに明るい音楽で、鈴の音を背景に、子供たちが軽やかに歌っている。内容は赤い服がどうとか、白い髭のおじいさんがどうとか、そりで雪野原を滑るだとか。
 それはまだ気の早いクリスマスソングで、この時期、街中ではよく聴かれるものだ。
 少年はそれを知らなかった。だが暖かさに満ちた、優しい歌だと思った。なのにそれは意識を上滑りし、心に奇妙な空虚さをもたらしてくる。まるで巨大な弾丸で体のど真ん中を貫かれたようだ。音楽はその穴を通過するだけで、何の感動も与えてはこない。
「……what fun ……it to……ride……」
 少年は路地の壁に身を寄せ、光輝く表世界を見つめる。枯れた声で歌うたび、生ぬるい異臭が凍った鼻腔を刺激する。だらりと力なく垂れた腕は、粘り気のある液体で満たされた地面を撫でる。片手には、もう空になってしまった銃。
「……open……sleigh……」
 世界は、もう夜の帳を落としはじめていた。地上に近い低階層はまだ茜色だったが、上空の建物群はすでに紺色に包まれている。灯された街灯や、都市の窓から漏れる明かりはまるで星の瞬き。飛び交うエアジェットはさしずめ流れ星か。
「jngle all……the way」
 路地の向こうを、無数の人々が通りすぎてゆく。
 誰一人、歌う少年を振りかえらなかった。


 水路から這い出たドブ鼠が、チチッと鳴く。
 ドブ鼠は鼻を地面に近づけながら細かに走りまわり、やがてまだ新しい血だまりを見つける。
 鼻を持ち上げると、それは点々と路地の奥へと続いていた。
 深い、深い、闇の奥へと、続いていた――。








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