小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.002 9



 けたたましい機械音を発していたエッグは、鳴り始めと同様、唐突に沈黙した。
 屋台街は張り詰めた静寂に包まれる。
 肉の焼ける音、蒸篭から漏れる蒸気の音、遠くから聞こえる喧騒と音楽。雑音はいくらでもするのに、誰一人喋る者がいない。
 通行人は足を止め、両手で耳を塞いだまま、じっと掃除用ロボットを凝視していた。
 鈍い光沢を放つ、メタリックブルーのボディ。スイッチが切れたように、少年の消えた方角を見つめたまま、ぴくりとも動かない。
 不気味な静寂だ。タチの悪い、観客騙しな怪物映画の、独特のに似ている。攻防の末にようやく死んだ怪物が、こんなものでは終わらないと予感しながら息を詰める観客たちの見守る中、やがてぴくりと指先を動かす──その直前の間だ。
 ピ。
 そう思った途端、エッグが何食わぬ顔で一声鳴いた。
 通行人たちはギクリとしつつ、呪縛から解かれたように耳から手を離した。しかし彼らの表情は、湧き上がる警戒心から、急速に険しくなってゆく。
 一方のウェイは、何が起きたのかまるで理解できぬまま、唖然とエッグの背中を見下ろしていた。
 顔を持ち上げると、少年に押しのけられて左右に割れた人ごみが目に入った。人々は困惑した様子でエッグを、或いは少年の消え去った方向をじっと見つめている。彼らもまた何が起きたのか理解しておらず、ウェイ同様、強烈な高音に今も耳をじくじくと傷めているだけのようだった。
 闇の中で、ギロリと光る青い単眼モノアイ
 鼓膜を破るような、突然の奇音。
 そして、恐慌状態で逃げ出した少年。
 ──先ほどまで確かに愛嬌があると思っていたエッグが、急に得体の知れない薄気味の悪い存在に思えてきた。
 そのエッグが、唐突に半回転して、単眼をぐるんっとウェイへ向けてきた。ギクリとするウェイをよそに、卵型のボディはエア噴出孔からエアを放つと、くるくるとその場で回転を始める。
 ピピピピ。
 愛らしくさえずって、ガラス球をチカチカ輝かせ、踊るように回転を繰り返すエッグ。どう対処して良いか分からずに硬直するウェイへ、時折、物言いたげな目線を向ける。
 それは泥棒を追い払った番犬の、誇らしげで、御褒美をねだる仕草に似ていた。
「……」
 周囲が次第にざわめきはじめた。それとともに、ウェイの口元はゆるゆると引きつってゆく。おそるおそる首をめぐらせると、先ほどまでエッグを注視していた人々の視線が、ことごとく自分に向けられていた。
 まるでお前の犬が俺を噛んだから金を払え、とでも言いたげな目つきである。どうやらエッグとウェイに何か関わりがあると思ったようだ。
 先ほど話しかけてきた男だけは、ウェイが中古屋と知ってか、エッグをフレデリック対策の武器とでも思ったのだろう、我したり顔で周囲を睥睨していた。しかし救いの手にはなりそうもない。いつの間にか、うまい具合にウェイから遠ざかっていた。
 ウェイの葛藤など気付きもせず、エッグは早く褒めくれとばかりに、彼の周りをぐるぐると回った。人々の視線はいよいよ厳しさを増し、ウェイは訳も分からぬままに、じりじりと後ずさりをはじめる。しかし、エッグがまるで嫌がらせのようにまとわりついてきて、退路を確保できない。
 屋台街は一触即発の空気に包まれた。
 ──だが、状況は誰もにとって予想外だったろう事態によって、打ち破られることとなる。
「……おい」
 不意に人垣の間から、注意を促す声が上がった。
 じりじりと輪を縮めていた人々は、不審そうな声を受けて、ぽつりぽつりとウェイから視線を外しはじめた。最初は疑わしげに、しかし次第に不安げに。
 奇妙な音がした。
 遠くの方から屋台街の空へと、何か轟音が近づいてくる。
「なんだ?」
「エアジェットじゃないか?」
 ピ。
 エッグが人々の会話に割って入るが、もはや誰も注意を向ける者はいなかった。ウェイですらもエッグを振り返らず、空を見上げて本能的にポケットを探った。周囲の人々も全く同じ動作をして、それぞれの武器に指を絡める。
 そして、それは現れた。
 湯気と排気ガスで霞んだ屋台街の上空を、風を切って現れたのは、三角形の陣形を描いた、十台ものエアジェットだった。
 それも、青と白のボディが穢れた裏世界に不似合いな──
「ポリスだ……!」
 直後、ウェイをはじめ、その場にいた全員が地面を蹴って、近くの物陰へと飛び込んだ。屋台の横手へ隠れたウェイは、目だけは空を見上げたまま、銃を構え、撃鉄を下ろす。
 静まりかえった屋台街は、一斉に起こされた撃鉄の、硬質な音で包まれた。
 ポリスジェットは大きく弧を描いて、屋台街の上空を緩やかに旋回しはじめた。
 ボーリングの配列そのままの陣形を乱すことなく、何かを探すように旋回を繰り返す。整然と空を翔る姿は、表世界を連想させてひどく薄気味悪かった。
 いつまでも去らないジェットを見上げ、物陰に潜んだ人々の緊張感ははちきれんばかりに高まってゆく。誰もがじりとも動かず、唇をぐっと噛みしめ、ただ目だけは憎悪と恐怖で上空を仰ぎ見ている。エッグが側へ寄ってくるのを感じながら、ウェイは耐え難い緊張感の中、警察の動向を息を詰めて見守った。
 ポリスジェットは四周目を終えると、拍子抜けするほどあっさりと、右方へと消えていった。


 隠れていた人々がぽつぽつと立ち上がりはじめる。
 ほっと胸をなでおろし、ウェイも屋台の壁に手をかけ、背を伸ばした。「何であんなに警察が」と囁く、不審げな声が幾つもの耳に飛び込んでくる。
(まったくだ。何で警察が──)
 警察は裏通りで起きる犯罪には、全く無頓着だ。常に犯罪に塗れているのだ、いちいち首を突っ込んでいては、身が持たないといったところだろう。まして裏通りに立ち入った警察を、彼らに恨みの深い住人たちが、黙って見過ごす訳がない。過去一年間、裏通りで暴動に遭った警察官は数知れず、それを考えれば、警察が裏通りをないものとして扱うのも無理のない話であった。
 それが十台も乗り込んできた。
 普段では考えられない、異常事態である。
「フレデリックに決まってるだろ」
「奴らが守りたいのは表だけだ。何で裏にあんな押しかけてくるんだ。第一まだ早すぎる」
「余計なことしやがって! こっちには中古屋がいるんだ。てめぇらなんかに用はねぇ!」
 安堵が怒りに変わりはじめたらしい。住人たちは、口々に警察を罵り始める。
 そんな周りの状況をちらりと見つめ、ウェイは重たげに目を伏せた。裏通りの状況は刻一刻と悪くなるばかりだ。
 だがしばらく彼らの罵倒に耳を傾け、深い思慮に耽っていたウェイだったが、ふと今が逃げ出す好機であることに気が付いて、眉を持ち上げた。


 何気ないそぶりで歩きだしたウェイに気付いた者は、一人としていなかった。
 今や人々の関心は警察とフレデリック、そして中古屋へと舞い戻り、得体の知れない男と掃除用ロボットのことなど、茶碗についた汚れ以下の些少な存在に成り果てていた。
 ピ。
 ほっと安堵したウェイを目敏く見つけ、不思議そうに鳴いたのは、事態の元凶である掃除用ロボットである。ウェイは、ぴくりと口元を引きつらせるが、気力を総動員して気付かぬふりをし、可能な限りの早足で人ごみに紛れこんだ。
「そういえばフレデリックの仲間は……」
「中古屋が、武器商人とでかい取引をしたとか……」
 立ち止まってやり取りする人々の間を、半ば手で掻き分けるようにして、ウェイはのろのろと先へ進む。歩きにくさは先ほどの比ではない。
 背後では掃除用ロボットのローラー音が、一定の距離を置いて、いつまでもついてきた。人を掻き分けるウェイよりも、足の間をすり抜けられる小さな体の方が足が早いのだろう、やがて機械音はすぐ足元から聞こえてきた。
 しばらく無視を決めこんでいたウェイだったが、不意に妙なものを感じて眉根に皺を刻んだ。かなり歩いたにも関わらず、エッグの機械音が背後から離れてゆかないのだ。
 気のせいでなければ、もしかしたらこのエッグ、自分についてきていないか?
 サングラスのフレームを指でノックしながら、ウェイは内心の動揺をどうにか隠す。そんなはずはない。つけてくる理由はないし、そもそもエッグは与えられたプログラムのみを忠実にこなすだけの、半人工知能非搭載型だ。
 しかし思い返してみると、屋台街に入った後も、ずっと背後から機械音が聞こえてきていた。あの時はただうろついているだけかと思っていたが……。
「…………」
 追ってくるローラー音を意識しながら、ウェイはためしに九十度右へと方向転換してみた。
 ガ──、ピピ、ガ──……。
 ウェイが直角に曲がった辺りから、エッグの発する色々な音が聞こえてきた。ローラー音が途切れ、不思議そうに鳴いて、再びローラー音が走行を開始する。絵となって脳裏をよぎるほどに分かりやすい音である。
 ピピ。
「…………」
 半眼で振り返ると、エッグはきっちりと、ウェイの落とす影の中に納まっていた。
(何でついてくるんだ?)
 更に歩を進めてみても、捨てられた仔犬のように、ピーピーと鳴きながらついてくる。ついてくるだけならまだしも、エッグが自分をじっと見つめているのが、突き刺さるような視線ではっきりと伝わってきた。居心地が悪くなるほど強烈な視線だ。
(……俺はゴミか)
 思わず、着古したコートの煤けた裾を見下ろすウェイである。
 しかし落ち込みながらも、エッグには人間や人間の一部を成すもの、つまり衣服の汚れや不潔さをゴミと見なすことがないよう、精密なプログラムが組まれている。ウェイをゴミと見なして、排除しようとついてくるというのは、有り得ないことだった。
 ふと、そういえばこのエッグは故障している可能性があることを思い出す。
 表通りを決して外れることがないエッグが、裏通りに来ている。しかもゴミと塵だらけの世界にいながら、先ほどからゴミを処理している様子が一切ないのが良い証拠だ。
 それに、あの奇妙な機械音。
 一介の掃除用ロボットが、何故少年、人間に向けて奇音を発したのか。
 ──あの少年も妙だった。
 ウェイはフレームを叩きながら、溜息を落とした。背後では相変わらずエッグが、自分に視線を注いでいる。ウェイは次から次へと降りかかる奇妙な事態に、苛々と耳の後ろを掻いて──不意に、目を見開いた。
 視線?
 彼は反射的に、足元へと目を走らせた。
 足元では、エッグがこちらをじっと見上げて、目玉をぐるぐると動かしている。
 見つめられて照れくさいとでも言うのか、執拗に目玉をチカチカさせるエッグを愕然と見つめると、やがてウェイは声もなく呻き声をあげた。


 たとえるなら、宝石店に入った途端に感じる、あの無機質さに似ている。数台の監視カメラが一斉に客の動向に注目するあの機械的な、レンズごしの視線に似ている気がする。
 まるで監視カメラにでも見られたような──。


 確か自分は、墓場でも奇妙な視線を感じはしなかっただろうか。まさかとは思うが、背後のこれは、あれと同じ視線ではないか?


 エッグが自分をじっと見つめているのが、突き刺さるような視線ではっきりと伝わってきた。居心地が悪くなるほど強烈な視線だ。


 もしも墓場で見かけたら、一匹確保しようと──。


「……お前」
 ピ。
「まさかお前」
 ピピ。
 人目も忘れて呟くウェイに、エッグは律儀に応答する。
(お前かー……っ)
 張り詰めていた極度の緊張が、一気に瓦解してゆく。重い疲労が肩に圧し掛かり、ウェイはその場にがくりと倒れそうになった。
 ──間違いない。墓場からずっと感じていた視線の正体は、これだ。
 無機質な視線。故障した機械がわんさかといる墓場から、途切れ途切れながらずっとついてきた。そして明らかに故障していて、ウェイをつけてくる掃除用ロボットの、無機質な視線。
 メビウスの輪のように、二つは繋がっていた。
 嬉しくない話だが、墓場からついてきていたというのなら、エッグが自分を追う理由にも納得のいく説明がつく。
 恐らくは「帰巣プログラム」のバグだ。詳しくは開けてみないと分からないが、時間になると本部へ自動で戻るという、エッグの基本的なプログラム「帰巣本能」が誤った形で作動しているのだ。
 故障を理由に墓場に捨てられていたのが、どういう加減でか電源が入ってしまった。起動時に最初に見た物体が「ウェイ」だった。それが視線を最初に感じたあの時。故障箇所だったのか、初期化されていたのかは分からないが、真っ白な状態だった帰巣プログラムは「本部」の代わりに「ウェイ」を『巣』として認識してしまった。だから執拗なほどに、動く巣と化したウェイを追ってきていたのである。
 あくまで推測だが、これならばどれだけ撒いてもついてきたあの奇妙な視線に、納得のいく説明がつく。人の目は撒けても、衛星と連結して「巣」の在り処を認識するエッグでは撒きようがない訳だ。そして少なくとも中古屋の直感は、例の視線がエッグと同一の視線であることを確信していた。
 ──あれほど不気味で、面倒な思いをしたというのに。
「エッグのくせに、しっかり一人前ひよこかよ……」
 ウェイは薄暗い声で悪態をつく。バグならば修理するか、電源を切るかしないと、ずっとウェイの後をつけてくるということになるが、どちらにしろ、こんな人目のつきやすい場所で作業をするのはまずい。
 何の因果でか、エッグの巣となってしまったウェイは、もはや何者に罵る言葉もなく、さっさとマンションに戻ろうと足を速めた。
 背後では、無邪気にエッグが鳴いていた。


 西暦2101年11月22日PM5:34。
 それは、裏世界において、最後の平穏な時間だった。

+++

「まるで闇の坩堝だ」
 赤く染まった空を快走する赤いエアジェットの車内は、さきほどの騒ぎが嘘のように静かだった。
 青年は疲れたのか、帽子を端正な顔の上に載せて、鉄骨の人形を抱いて寝息をたてている。その横でやはり欠伸をしていた針鼠は、助手席の巨人の言葉にもそりと上体を起こした。
 フロントガラスの向こうには、奇怪な光景が広がっていた。
 滑降ゾーンで警察を撒いたジェットは、再び2200メートルの上空にまで上昇していた。人間が虫ケラほどにも見えない上空から大都市を見下ろすと、支配者になった気がするからと、巨人が運転手にごねたからである。
 実際それは、高空からでしか見ることのできない光景だった。
 神の世界からこそ見えるもの――それはこの世の暗部だ。
 真っ赤に染まった都市の一角に、ぽっかりと闇色の穴が落ち窪んでいる。高層建築の中に開いた穴、暗い空洞のように見えるそれは『第三裏通り』。
 背の低い、人口浮遊太陽光を持たない、輝かしい高層都市に囲まれた裏通りの姿は、あまりに矮小だった。
 だが巨人の目に、その存在は輝かしく映った。
「懐かしいな。変わってねぇぜ」
「三年か。あいつが手配してくれてなかったら、あと五年は牢屋に繋がれてただろうがな」
「懲役三百二十年の予定だったけどなぁ! だははは!」
 あいつと指をさされた運転手は、赤色に染まった顔をわずかに微笑させた。しかし物は言わない。自分の身の程は弁えているとみえる。
「闇があるから光は輝く。美しいのは光じゃない。小さな小さな闇の方だ」
 眠っていたはずの青年が、顔に帽子を載せたまま、ひっそりと呟いた。その言葉に巨人の笑い声もぴたりと止まる。その言をどうやら気に入ったらしい。
「おい、ガイ」
「…………」
「ガイ・フレデリック」
 誰も巨人の突然な言葉に答えないので、青年は帽子をひょいと持ち上げて、首を傾げた。
「誰それ。兄さんの隠し子?」
「てめぇのことだ、カマ野郎」
 カマ野郎。その言葉に、青年は怒るどころか、愉しげに微笑を浮かべた。
「僕はただ、可愛くて小さなものが好きなだけだよ」
「それがカマだってんだよ。いいか、俺の可愛いマイケルはもういねぇ。マイケルは今、この忌々しい車のどっかで迷子中だ。俺の目の前にいるのは、刑務所でカマ掘られて、カマになっちまったお人形マニアだけだ。お前は、だからガイだ!」
 青年はしばらく無言で巨人の顔を見ていたが、やがて堪えきれなくなったように吹き出した。
ガイ? 兄さんって本当に……あれだねぇ」
「大きな身体で、小さな抵抗」と手を広げて詠う青年と、拳を繰り出す巨人。針鼠はぼりぼりと針のように尖った頭を器用に掻いた。
「ガイか。何気にかっこいいな。俺もジョニーは嫌だな。前から思ってたんだけど、俺はゲイリーとかの方が似合うと思うんだよな」
「貴様はジョニーな顔をしているから、ジョニーで決定だ」
「……どういう顔だよ」
「それより俺だ。俺がトムはやばいだろ」
 途端ゲラゲラと笑い転げる二人の弟に、巨人は平等にこぶしを食らわす。
「怨むぞ、母ちゃん。というわけで、俺の名は今日からビューティだ!」
「へぇ」
「ふぅん」
 突っ込みすらしない弟たちである。
「それで、まずはどこへ行くの、運転手」
 ガイという名前になった青年が、運転手に向かって尊大に問う。
 運転手はクリップボードを後ろへと回してくる。受け取って、ガイは端整な顔立ちを愉快そうに笑わせ、隣のジョニーへと流した。
「人員リスト? ……あー」
 ジョニーは鋭い目尻を更に細めて、「人員リスト」と最初に書かれた以外には、何も書かれていない、白紙のクリップボードを眺めた。
「はっはー! 連中、警察に怖気づきやがったか!」
 リストをひったくった自称ビューティが、嘲るように鼻を鳴らした。
「この三年の間、警察の監視は執拗でした。誰も呼びかけに応えないのは当然といえるかもしれません。ですが水面下で、五十人ほどに動きがあるのは確認しました。フレデリックさん、あなた方が裏通りに戻り、一声かければ、五十人程度は簡単に集まることでしょう。そこで最初の問いの答えですが、まずは彼らに──」
「いや、いらねぇ。今夜のショーは俺たちの独壇場だ。一声っつーか、ドラゴンの一発もぶちかましゃあ、味方はうなぎのぼりに増えてくさ……ご親切にこっちから声かけてやる必要はねぇ」
 ビューティは邪悪に笑うと、ボードを片手で握りつぶした。
「とりあえずは今夜は俺ら兄弟と、クソ頼りになる運転手だけ。何をしても自由、どこへイッても自由、足枷なしに最強だ!」
 更にのけぞって笑う兄に、後ろの弟二人は顔を見合わせ、ひそひそと言葉を交し合った。
「兄さんは可哀相なぐらい幸せな人だ」
「馬鹿と無謀もここまでいくと気持ちが良いな」
 弟たちの罵りに気づかず、ビューティは顎の外れる勢いで笑う。それが驚愕の声に変わった。
「おお、マイケル発見だ! リストに書いておけ!」
「え? 僕?」
「てめぇはガイだっつーんだよ」
 ビューティは何やら身をかがめてごそごそ身動きすると、やがて片手に何かを摘んで、後部座席を振り返った。つままれた細長い尻尾の下で、じたばたもがいているのは、灰色のドブ鼠だ。
「これで役者が勢ぞろいだ」
 ビューティはにんっと笑って、ぶらぶら揺れる鼠にキスをした。
 夕闇色のフロントガラス。はるか遠くに見えていた闇の坩堝は、徐々にではあるがその全容を大きくし始めている。
「さぁ、復活祭の始まりだ」
 赤いエアジェットが下降を開始した。







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