小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.002 5



『先ほどタイムズスクエア上空にて、爆破事故がありました。爆破は今日未明、アルカトラズ刑務所を脱獄した、フレデリック一味によるものと思われ』
 裏通りのはずれにある酒場では、ラジオから臨時ニュースが流れていた。
 今日二度目の臨時ニュースに、酒場の女店主アニーは皿を洗う手を止め、ラジオの客と顔を見合わせた。
『警察の公式発表にはまだ時間がかかる模様です。続報が入り次第お伝えいたします』
 ラジオは臨時原稿を読みあげると、再び元の音楽番組に切り替わって、寂しげなクラシックを奏で始めた。
「フレデリックの仕業、だと? 脱獄は昨日のことだぞ」
「早かったわね……」
「こりゃいかん」
 硬貨をテーブルに放って、男はラジオを小脇に抱えて立ち上がった。
「気をつけて」
 アニーの短いさよならを背に、男は酒場を飛び出していった。ラジオの安っぽいクラシックがあっという間に遠ざかってゆく。
 残された店主は、目を細め、先ほどのラジオの内容を吟味した。
「……また客が減るわね」
 アニーは溜め息をつき、硬貨を回収するためカウンターを出た。

+++

 ファースト・ジオ・マンハッタンは、完全なる計画都市だった。
 道路や建物の配置など、全てが完璧に設計された都市は、当時、新地だったマンハッタン島に寸分の狂いなく建築された。
 そこに何故かあるのが、裏通りだ。
 そもそも裏通りは、都市建築の際、労働者のための仮住まいとして準備された街だった。それが現在、第一から第六まで存在する「旧マンション街」、通称「裏通り」である。
 建築完了後は破壊する予定だったのだが、その前に犯罪者や浮浪者によって乗っ取られてしまった。今に至っても放置されているのは、それが表世界を美しいまま維持するため、必要な場所であると気づいたからだ。
 世界はどれほど美しくなろうと、人の心には悪魔が住みつづける。
 社会に反抗的な人間たちを閉じこめるには、裏通りは絶好の檻だったというわけだ。
 ゴミと闇の、裏世界に閉じこめられた人間は、光輝く超高層型都市のことを、「表世界」「表通り」と呼んだ。今なお、羨望と憎悪の目で見つづけている。
 しかし彼らが「表」を強烈に意識するのに対し、「表」の人間たちは、都市の裏に汚物溜めのような町があることを知らない。いや、興味がないというべきか。
 しかし、今から三年前。表世界が「裏世界」の存在をまざまざと知らされる事件が起きた。
 凄惨な事件だった。
 それまで表世界の人間が存在を忘れていた裏世界からの「襲撃者」は、あまりに異常で、残虐だった。
 西暦2098年3月6日のことだ。
 タイムズ・スクエア上空に、突如、三百台を超す改造エアジェットが出現。
 フレデリック兄弟を中心とした、裏世界の犯罪集団「フレデリック・ファミリー」である。


 フレデリック兄弟は、元々は第三裏通りのチンピラにすぎなかった。
 それが2096年のある日、突然、裏世界の支配を宣言したのである。
 第三裏通りは彼らの奇襲攻撃により炎上、兄弟は炎を味方に暴動を開始した。三日経ってようやく鎮火したとき、そこは無数の死体が累々と転がる修羅場と化していた。
 それがフレデリック・ファミリーの始まりだ。
 兄弟は、自ら改造した武器で、破壊の限りを尽くした。警察は裏通りでの騒動に関心を持たず、裏世界の犯罪者の多くがファミリーにくだり、その数はあっという間に三桁に達した。
 住民たちにとって絶望的な状態は、その後、一年半も続くこととなる。
 しかし誰もが希望を失いかけていた頃、それまで「墓場荒らし」と蔑まれていた人間たちが、突然、反撃に立った。
 半年に渡る攻防のすえ、彼らはファミリーを裏通りから追放することに成功。兄弟はファミリーを引き連れ、表世界へと逃亡した。
 2098年3月6日、手負いの獣となったフレデリック・ファミリーは、タイムズ・スクエア出現と同時に、すさまじい勢いで破壊活動を開始。
 この段になってようやく動き出した警察は、ファミリーと全面衝突。GPS所属軍隊も参戦しての攻防戦は、一週間にも渡った。
 ――ファミリーの多くは銃殺、首謀者フレデリック兄弟も監獄にぶちこまれた。
 警察・軍側の殉職者は五十七名に達する。
 だがこれは、ファミリーが四百人以上いたことを考えれば、奇跡的な結果と言えよう。
 非公式だが、そこでも「墓場荒らし」の協力が大きな影響となったと言われている。
 通称「墓場荒らし」。
 正式な名を、中古屋という。


 臨時ニュースは瞬く間に、マンハッタン島全土を覆った。
 上空をただようキュービックビジョンは、終始、爆破事件について報道し、人々の家にあるありとあらゆるメディア機器もまた、続報に次ぐ続報を流しつづけた。
 しかし、それも表通りでの話。
 表通りのように、公的に設置された報道機器が存在しない裏通りで、このニュースが広まるのには、今すこし時間がかかった。
「安酒なら飲めるか」
 たくましい体つきをした黒人の男が、ポケットの中の小銭を音で数えて、苦笑めいて呟いた。見た目には力仕事の似合いそうな男だが、中古屋である。
「ウェイを捕まえておくべきだったか」
 だったら奢らせられたのにと独りごちて、中古屋ロブは自宅のマンションの錆びた外階段を軽快に駆けおりた。

+++

 人も店もまばらな暗い道を突き進む、がっしりとした体躯。肩幅はゆうに頭三つ分はあり、裏打ちされたジャケットごしにも、丸太のように太い二の腕が見てとれる。
 暗闇に沈んでしまいそうな、黒い肌。薄い眉の下には、白目の目立つ鋭い眼差し。
 ロブ・マーキンソン。ウェイと六年来の友人である中古屋だ。
 同時期に中古屋となり、LENOのあるローガン・ストリップの前で偶然に出会った。お互い、初めて訪れるLENOの入り口に立ち往生していて、「どうすればLENOに入れるのか」「本当にこんなところにLENOがあるのか」と、艶かしく腰を揺らすストリッパーを眺めながら、あれこれと首をかしげて以来のつき合いだ。
 といっても、会う回数はそれほど多くはない。たまに酒を飲み交わしたり、情報交換をしたり、偶然会えば飯を共にする程度の仲だ。──つまり、結構親しいということだが。
 店の投げかける明かりを受けて、ロブの巨大な影が地面に落ちる。長く伸びた自分の影を見下ろして、ロブはそれを人目から隠そうとでもするように、肩をすぼめさせた。
「おいあんた、ロブだろう?」
 だがその努力もむなしく、見知らぬ男がロブに気づいて声をかけてきた。途端、道を鬱蒼と歩く人々の暗い顔が、「ロブ」を探して蠢きはじめる。
「中古屋の──あ、おい」
 ロブは内心で舌打ちし、聞こえぬふりで足を速めた。
 男が追ってくる様子はなかったが、いくつかの囁き声が背中を追ってくる。
 中古屋だ……。
 奴が中古屋のロブ……。
 ロブは小さく溜息を落とすと、ニット帽を目深に下げて、先を急いだ。
 ──それを物陰から見つめる、三つの人影があった。
 人影は中古屋にじっと視線を注ぎながら、腰に回したベルトに手を伸ばす。かじかんだ指先に触れるのは、冷え切った無機質な感触、小銃のグリップだ。
 彼らは無言でうなずきあうと、物陰から出て、ひっそりと彼の後をつけはじめた。
 前方を行く中古屋から一定の距離を保って、人影は彼を追う。
 つけてくる者に気づいた様子もなく、中古屋は肩をすぼめて、大幅に歩いている。
 不意にその背中が、右手に伸びる脇道へと入っていった。
 三人は目配せしあうと、やはり彼の後を追って、脇道へと飛びこんだ。


「何の用かな」
 途端、思いもよらぬ近距離から声が聞こえ、三人はギクリと身を強張らせた。正面の闇から銃口がぬっと現れ、逃げる間もなく額に押しつけられる。
 三人は悲鳴を飲みこみ、息をすることも忘れて、愕然とその場に立ち尽くした。
「……ガキ?」
 と、銃口の向こうにうずくまる巌のような影が、訝しげな声をあげた。
「ぁ……っ」
 闇から伸び出でた黒い腕が、一人の胸倉をわし掴みにし、抗う間もなく地面へと引きずり倒す。
「お前らもだ」
「──!」
 とっさに身を翻した背後の二人もまた、首根っこをがっしりと掴まれて、地面に放り投げられた。鼻をもろにぶつけたらしい、二人は鼻を両手で押さえて、くぐもった呻き声をあげる。
「しかもジャリか」
 狭い路地に窮屈そうにしゃがみこんだロブは、地面に転がった三人を見下ろし、片眉を持ち上げた。後をつけてきた無礼者どもは、まだあどけなさの残る、十代の少年だった。
 少年たちは慌てて身を起こすが、ロブの指先でくるくると回転している銃を見て息を飲み、さらに、のろのろと持ち上げた顔の先に、影の落ちた中古屋の強面を見つけて、哀れなぐらいにビクリと竦みあがった。
「言っておくが、くれてやる金はない。慈悲深く奪わせてやる金もない。むしろ俺がお前らから奪いたいぐらいだが?」
 低い低い脅し文句に、少年たちはぎこちなく首を振って、互いの顔を見合わせた。
「あ、あ、あなたはロブだろう?さっき誰かが言って、た……」
 激しくどもりながら、先ほど銃口をつきつけられた少年が口早に言う。語尾がかすれたのは、ロブの顔が見る見る不愉快げになっていったからだ。
「ああロブだ。そこらにいるだろ、ロブって名前は。お前の先祖にも七人はいるぞきっと」
「け、けど中古屋のロブは、あなただけだ!」
 勇敢にも反論する少年を、ロブは顎を逸らして、威圧的に見下ろす。弾かれたように肩を震わせる少年だったが、今度は別の少年が身を乗り出した。
「フ、フレデリックの奴らに……」
「あぁ?」
「……フレデリックに親を殺された!」
 拳をぐっと握って少年は言い切る。ロブは目を見開いた。
 ロブは長い沈黙の末、細く、長い溜息を吐き出した。
「で」
 弄んでいた銃をポケットにしまい、表情の読めない顔をごつい掌で覆う。
「俺に何が言いたい」
 掌の下から漏れる冷めたい声音に、少年たちは怯えながらも再び口を開いた。
「聞いたんだ。フレデリック兄弟がアルカトラズを脱獄したって……奴らはまたここに戻ってくるんだろう? そしたら、中古屋はまたあいつらと戦うんだよね?」
 意気が殺げる前に言い切ろうと、少年は早口でまくしたてる。
「あなたや、中古屋に協力したい。仲間に入れてほしいんです」
「……」
「あなたは、英雄だ。中古屋たちのリーダーになって、フレデリックをやっつけてくれた。今回もそうでしょう?だからその手伝いをしたいんだ!」
 子供のものとは思えない真摯な声に、ロブは指の間から彼らを見つめる。
 骨ばって、痩せこけた頬。色の悪い肌は、光のない裏通りで育った子供特有のものだ。まるで全身で死を表現しているかのような少年たち──ただ目だけが、爛々と憎しみに輝いている。
 ロブは指を閉ざすと、小さく首を振って、立ち上がった。
「ガキはねぐらで、大人しく寝てろ」
「そんな……!」
「奴ら相手に、お前らの出る幕などどこにもない。そんな小さい細い体じゃ、弾よけにだってならねぇ」
 少年たちはぐっと唇を噛んで、赤や青に変色する顔をうつむかせた。
 ロブは溜息を落として、もはや言うこともないとばかりに、無言で少年たちの頭を跨ぎ越した。
「ねぐらなんてない……」
 中古屋が脇道を出る段に至って、少年の一人がようやくぼそりと言葉を紡いだ。
 冷たく見返すと、それ以上に冷たい眼差しで、少年がこちらを睨みつけていた。
「帰る家なんか、親と一緒に、吹っ飛んだよ」
 沈黙が流れた。
 上空遠くから改造バイクの派手なエンジン音が聞こえてくる。
 脇道を通り過ぎる人々の足音、時折ちらりと脇道に立つロブの背に視線を向けてくる。
 長いにらみ合いの末に、ロブはあきらめに似た溜息を落とした。
「……武器を出せ」
 訝しげに眉根を寄せる少年たちに、ロブは苛々とごつい手を突き出した。
「ナマクラの改造ぐらいはしてやるから、そのちゃちぃ武器をよこせというんだ」
 思いもよらない好返答に、少年たちは顔を輝かせた。
 一方ロブは、ますます暗い顔で武器をぶんどった。
「言っておくが、有料だぞ」


 簡単な、だが実用的な改造を施された武器を手に、喜々として通りへと戻っていった少年たちを見送って、ロブは一人見えない空を仰いだ。
「……畜生」
 白い息とともに、ロブは誰にともない罵りを吐き出した。







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