13:21 2015/10/12 創作小説サイト「裏路地迷町」

小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.001 5



 湿った空気が漂っている。濡れた壁が水滴を作り出しては、地面に落ちて薄い水の膜を作る。
 ウェイはコートの裾が濡れるのも気にせず、遠慮ない足取りで水溜りの中を進んだ。
 横道はひどく暗かった。裏通りの暗さなど比ではなく、真の暗闇に近い。だが彼の足取りは確かだ。右側にそびえる分厚いコンクリート壁のあちこちに、仄かな青白い光が点っているためだ。光は濡れた地面に反射し、横道全体をぼんやりと青く輝かせている。
「寄ってけよ」
 どこからともなく、男の声が聞こえてきた。
 顔を上げ、数歩先にぼんやりと浮かんでいる青白い光の方へと足を進めた。
「繁盛してるか?」
 光の中から、挨拶がわりの声があがる。良く見れば、分厚い壁に大きな横穴が掘られていて、そこに男が一人身を屈めて座っていた。
 膝の上に乗せたパソコンの放つ青白い光が、横穴と男の顔を、不気味な色に染めている。これが光の正体だった。
 穴の前にしゃがみこむと、男は青い唇を薄く笑わせ、顔を上げた。
「情報交換だ。でかいのが一つ、下らないのが一つ」
 ひっそりと呟かれた言葉が白い息となって漂う。ウェイはしばらく考えてから、男にうなずいてみせた。
「両方もらっとく。こっちは、そうだな、H2地区でレアもんの液晶パソコンを見た。あとはソニーのラジカセがA1地区……ってところだ」
 男は今聞いた内容を素早く打ちこみながら、ウェイの後を継いで話しはじめた。
「こっちの情報は両方警告だ。くだらない方から先に言う。マイクが墓場内で中古屋以外の人間を見かけた、と騒いでいるらしい」
「中古屋以外の人間が墓場に? マイクっていうと、あのイカれた中古屋か」
「麻薬の幻覚でも見たのかもしれないが、とりあえず気をつけることだ。オレたちの存在を知らない、新米の工場警備員かもしれない。二つ目は──」
 言いかけて男は口をつぐむ。顔を上げると、通りの向こうから大きな荷を背負った人影が近づいてくるのが見えた。
「……ご苦労さん」
 ウェイが小声で声をかけると、人影は挨拶代わりににやっと笑って、そのまま通りすぎていった。
「二つ目は」
 人影が闇に消えるのを十分に確認してから、男が再び小声で話を再開した。
「モンキー・ボックスが出た。これは確実な情報だ。何せオレも見たからな」
 青白く照らされた顔が険しい表情を浮かべる。ウェイもまた眉根を寄せ、「そうか」と呟いた。
「またよろしく」
 ウェイはそう言って、立ち上がった。
 暗さに慣れてきた目で通りを確認すると、左壁に他にも無数の横穴が開いているのが分かった。青白い光を放つパソコンを膝に乗せ、横穴にうずくまる無数の人影が、時折舌打ちしたり独り言を呟きながらキーボードを叩いている。
 ウェイはその脇を通りすぎ、真っ直ぐに伸びる狭い横道を、さらに奥へと歩いた。
 やがて道の途中で、分厚い左壁がくりぬかれ、外に貫通している場所が現れた。
 ウェイは身を屈めて、その不恰好なトンネルをくぐりぬけた。


 トンネルの先には、奇妙な世界が広がっていた。
 高層都市の一角とは思えないほど、頭上が開けている。霧のような濃いスモッグが漂っているため、空の色ははっきりとは見えないが、本物の太陽がぼんやりと光を放っているのが見えた。
 そしてその空の下に、小高い丘があった。
 普通の土や樹木に覆われた丘ではない。土も木もないその丘は、「機械」でできていた。途方もない数の機械が、広大な丘を形成するほどに、高く積みあげられているのだ。
 ウェイは機械で出来た丘を、慣れた様子でのぼってゆく。無数の機械が折り重なる地面は、歩きにくいことこの上ないが、跳ぶように上ってゆく彼の足取りは軽い。
 丘を上りきると、そこには荒涼とした機械の大地が広がっていた。
 機械油の悪臭を含んだ冷たい風が吹きつけてきて、コートの裾をはためかせる。ウェイは強烈な寒さに首を縮ませ、真っ白な息を吐きだした。
 機械の大地は、空同様にスモッグに隠され、一体どれほどの広さを持っているのか、全貌は確認できない。ただ奥の方にぼんやりと、黒い影が並んでいるのが見えた。
 ニューヨーク州最大の機械開発工場地帯。
 ここはその工場地帯に付属する、機械専用のゴミ捨て場「第三機械処理場」である。


 大都市が超機械都市と称されたことに象徴されるように、今、人々の生活の大部分は機械によって制御されていた。ここに積みあげられた機械は全て、工場から毎日排出される不良品、あるいは、都市から数時間単位で運ばれてくる使用済みの機械だ。
 使用済みといっても、購入して二週間も満たないことが多い。機械開発のスピードは加速するばかりで、とどまるところを知らない。企業の間では、新しい機械を常に掌握しつづけた者のみが生き残れる、という風潮までが存在しているありさまだ。
 そんな流れを利用した商売が、「中古屋」だった。
 異常なスピードで展開する機械化の流れ、それについてゆけない人々は決して少なくない。中小企業、小規模な組織、あるいは個人、金銭的に余裕がなく、時代に取り残されるしかない者たちを相手取り、彼らは商売をする。依頼を受け、この機械廃棄場から依頼品を見つけ出し、修理と改造を加え、法外な安価で取引をする、それが彼らの仕事だ。
 その需要の大きさに、不法な商売でありながら、政府すらも彼らを黙認している。黙認せざるを得ないほど異常な速度で進化する機械化の流れ、この地はそんな機械化社会の終点地だと言えるだろう。
 機械の墓場。
 中古屋は異常な世界への皮肉をこめて、この地をそう称した。


 ウェイは傾斜をのぼる時にずれたサングラスを直し、機械の墓場を歩きはじめた。
 墓場のあちこちに、ぼんやりと人影が見える。ある者は腰を曲げて地面を見下ろし、ある者は機械を解体して、色とりどりのコードを引っ張りだしている。
 皆、同業者だ。
 ウェイは、コートのポケットから先ほどのカードを取りだした。裏面のパネルを操作して、先ほど保存した情報を引きだす。瞬時に、カード上空に小さなホログラム画面が出現した。
「まずはスピーカーから行くか……」
 注文リストにあった中で、最も探し出すのが簡単で、メンテナンスも比較的楽なスピーカーから探すことにして、機械の上を進みはじめた。
 ところどころに浮遊している監視カメラEYEの死角を縫いながら、ポケットに手をつっこんで、奥へ奥へと歩いてゆく。歩いてみて墓場の広大さが分かる。機械が積み重なるだけの不毛な大地、どれだけ歩いても見えるものは機械だけ。ただわずかに工場の黒い影が色を増したような気がするだけだ。
 しかし機械はただ雑然と、適当に積みあげられているわけではない。
 視界は不明瞭ではあるが、墓場のあちこちに柱が立っているのが確認できる。あの柱は線で結ぶと、墓場が碁盤目状に仕切られるよう、縦横方向に等間隔に並べられている。四本の柱を結んで出来る正方形が一区画とすると、墓場は全部でちょうど百区画に仕切られていた。
 はっきりしたことは分かってはいないが、どうやら機械はある程度分類されて、区画別に捨てられているらしい。
 中古屋は百の区画一つ一つに、アルファベットと数字を組み合わせた名称をつけていた。彼らはそれを頼りに、この莫大な機械の中から、目当ての物を探し出すのだ。
 時おり他の機械よりも抜きん出て、進路をさえぎる機械を乗り越え、あるいは遠回りして避け、数十分近く歩きつづける。
 そして幾つかの柱を通りすぎたところで、ウェイはようやく立ち止まった。
 目的地、F4区画が眼前に現れた。


 F4区画の特徴といえば、もちろん特にはないのだが、しいて言えば他の機械よりも突きだしているくせに、いつまでも処理されずに残っているベージュ色の冷蔵庫といったところか。ほぼ中央に埋まったその冷蔵庫は、恐らく前世紀のものだろう、随分と幅がある。
「……さて、と」
 ウェイは気合いの入っていない声で気合いを入れると、手近な地面に視線を向けた。
 中古屋の腕の見せ所とも言えるメンテナンス以外は、実は地味な仕事だ。それらしき物を見つけては、他の機械を退けて掘りだし、製造年月日と社名、タイプを確認し、目的の物でなければ再び元の場所に捨てる。この繰りかえしである。時折腰を伸ばして唸るのが、それ以外で唯一の仕事かもしれない。
 なんにしろ早く依頼料を受けとって、滞納している家賃を払わなくては。
 恐ろしく汚いマンションの、オンボロな2Kだが、随分長い間あそこで暮らしている。愛着というものがあるのだ。追いだされるのはごめんだった。
 それならば滞納せずにさっさと金を支払えば良かったのだが、滞納をごまかす手段を知っていると、つい……。
 ……それにさっさと他の依頼も片付けて、アニーに注文されたガスレンジを探したい。
 アニーの料理の腕前は知らないが、彼女が作るならそれはきっと極上のものだろう。
 とりあえず、盛り付けの皿はマニア垂涎の中国骨董絵皿だ。ウェイはその場面を想像して、にやっとした。
「お」
 機械の間にそれらしき物を見つけ、掘り起こしてみる。が、手にとってみて、顔をしかめた。目的の物ではあったが、損傷が半端ではなかった。メンテナンスしても到底動きはしないだろう。ウェイはそれを元あった場所に置きなおし、ふたたび目を地面に向けた。
 それから十分ほどF4区画を探し歩いた結果、三台ほど依頼品を見つけたが、どれも状態がひどかった。
 意外にてこずるだろうか。ウェイは難しい顔をする。脳裏に過ぎったのは、横道の穴倉の中にいた中古屋から得た情報だ。
『モンキー・ボックスが機械の墓場に出現している』
 Monkey BOX。正式名称「機械粉砕機」。
 積まれた機械が一定量以上蓄積されないよう、定期的に墓場に現れては、処理して回るロボットである。
 奴は機械だろうと人間だろうと、識別せずに光線で処理する。下手をすれば機械ともども粉々に分解されてしまう危険もあり、中古屋にとっては天敵ともいえる存在だった。
 最近は姿を見かけず、平穏極まりなかったのだが、ふたたび出現したとなれば、あまり長居はしたくなかった。
 ウェイは溜め息をついて、手にしていた機械を背後に放った。
 スモッグで霞んだ頭上の空を、何台かの運送用大型ジェットが列になって飛び去っていった。ウェイは顔を上げてその光景を見つめる。工場へと向かっているのだろう。そう遠くない将来、この墓場の住人となるだろう新品のパーツを大量に搭載して。
 ──アウトラス、という名の会社がある。
 機械開発において世界最高峰であり、エアジェットなどに使われる「重力制御浮遊装置」を開発、超高層型都市を支える機械のほとんどを作りだした「Autrus Corporation」。
 工場地帯のほとんどの工場は、このアウトラス社の傘下にある。
「……六年、か」
 ひっそりと呟かれた一言は、運送用ジェットの走行音にかき消され、自分でも聞きとれなかった。
 そのときだった。


 ── ・ ・ ・ ・


 ウェイは顔を上げ、訝しげに周囲を見回した。
 そこに広がるのは、見慣れた機械の折り重なる不毛の地、代わり映えのしないF4区画。
 気のせいだろうか、今、何か聞こえたような気がしたのだが。
 ウェイは指先でサングラスのフレームを軽く叩いた。動揺したときの癖だ。
 一瞬だった。だが確かに何かを聞いた気がした。
 いや、聞こえたというより、感じた、と言った方が正しい気がする。何と形容してよいか分からないが、声のようなものを耳ではなく頭で、聞いたのではなく「感じた」気がしたのだ。
 もう一度頭上を見上げるが、そこにはもう運送用ジェットの列は見られず、ただ灰色の空が広がるばかりだ。
 ウェイは首を傾げつつ、再び機械の地面に視線を落とした。
 だが、どうにも気になって顔を上げる。
 もしかしたら、モンキー・ボックスが近くにいるのかもしれない。自然と警戒を強め、彼はすぐ側で真っ直ぐに立F地区の柱の一本を見上げた。
 モンキーの名は伊達ではない。その形状は四面体のボックス型で、大きさは墓場の一区画分、つまり四本の柱の上にちょうど良く乗る形をしている。奴は、柱の頂点から放出される磁力で体を浮上させ、区画から区画へ、柱から柱へと、滑るように移動するのだ。そして処理すべき区画に辿り着くと、四本の柱の上にボディを固定させ、底面部を開いて中から処理用の光線口を突きだし、区画内の機械処理を開始する。
 スモッグのせいでモンキー・ボックスを確認するまでに時間がかかる。区画上空にたどりつき、光線口を開き、処理光線を放出するまで時間は、ほんの数秒だ。
 引きかえすか?
 ウェイは柱から視線を外した。
 緑色の視界が一瞬揺れる。
 揺れた視界の隅に、F4地区唯一の特徴と言える、ベージュ色の前世紀の古型冷蔵庫が映った。
 不意に、その姿に違和感を覚えた。
 ウェイは気付けば、その前世紀の遺物を振りかえっていた。







…お返事 
Powered by FormMailer.