小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.001 3



『噴射式空用車エアジェット、過去最高の事故件数』
『光速有人宇宙艦ニューステップ、未開惑星から電波とらえる──宇宙に飛び立ち三ヶ月』
『火星ウエスタン・マジノで爆発テロ。死者十二名・行方不明者六名』
 今時レコードなんて、世界最古の奥地に入ったって、見られるものではない。
 それでも不思議と、あるところにはあるものだ。
 レコード独特の歪みが混じった、グレン・ミラー楽団という大昔の人間たちが演奏するジャズが、照明を抑えた酒場に、うるさくない程度に流れている。
 アニーはカウンターの内側で煙草を吸いながら、新聞の見出しを流し読みしていた。
『窓拭きロボットPolish Maker045、高度893メートルから原因不明の落下。負傷者六名』
 ふとアニーは顔を上げた。
 酒場の傾いだ木の扉が、古びた軋みをたてて、ゆっくりと開いた。
「いらっしゃい。……ああ、ウェイ」
 アニーはそこに現れた人物が見知ったものであったので、気だるげな声にわずかばかり親しみをこめた。
「よう、アニー。商売繁盛してるか?」
 ウェイは後ろ手に扉を閉め、暖かい店内を見渡す。意図せず皮肉になってしまったようだ、いくつかある丸テーブルに客の姿はない。
 アニーは右手で煙草を吸い、もう片手でグラスにブランデーを注ぎ、カウンターテーブルに置いた。
「いつも通りよ」
「そりゃ死活問題」
「脱いだら?」
 アニーは、足の長い丸椅子に座ったウェイの重装備を見て言った。ロングコートに皮手袋、それにマフラー、色の薄い髪だけが何やら寒々しい。
「外はかなり冷えるよ。昨日よりマシだけど」
 言われてマフラーと手袋だけは外したが、外の強烈な冷気に当てられ、体はすっかり冷えきっていたので、コートだけはそのまま着ていることにした。
「面白いペットを連れてるわね」
 アニーが、ウェイの肩に目を留めて言った。
「ああ、こいつか」
 右肩の機械動物のことだ。あまりに大人しいので、いることを忘れていた。
「拾った。壊れるなり子供が見捨てて、それを拾って直したんだ」
「タダ働き? 中古屋さん」
「拾ったからには俺のもんだからな。仕方ないから修理費は俺が払うよ。ああ、ナッツかなんか、俺にあげてやってくれる? 俺のおごりだって伝えといて」
 アニーは片眉を上げてくすりと笑った。
 背後の棚から、ナッツの入った容器を取り出すアニーの背を見つめ、ウェイは続ける。
「もともと弱ってたのかもな。普通投げ出されても、地面に衝突する前に着地するだろ? 猫入ってるわけだし……あまり可愛がられてなかったのかもしれない」
 餌をやる必要はないが、機械動物はかまってやらないと弱る性質を持っている。元々プログラム上の欠陥だったのを、客の受けが良かったために仕様化したものだ。
 ふと機械動物が立ちあがり、ざらざらした舌でウェイの頬を嘗めてきた。ウェイは目を細め、首の下をなでてやる。機械動物は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「という訳で、可愛がってくれる飼い主募集中。探してみてくれないか?」
「じゃあ、これは私のおごりね」
 アニーはナッツの積まれた小皿を、ウェイの前に差しだした。
「預かるからには、私のものよ。修理費払うわ」
「美人だねえ、アニー」
「いきなりおだてても無駄。これ以上は出さないわよ」
「もっと高いもん頼めばよかった」
 大げさな悔しい顔をしてから、ウェイはブランデーを一気に呷った。冷え切っていた体が熱くなり、息を吐く。
 アニーは目を細め、軽く首を傾げた。
「今日のジャンク映画はどうだった?」
「え?」
 行動を当てられて驚くウェイに、アニーは自分の唇をとんとんと叩いてみせる。
「寒そうな色」
 つられて自分の唇に触れ、いたずらがばれた子供のように決まり悪い顔をした。
「……一時間半ものがちょうどやってたんで、つい」
 言いわけじみた言葉が出てくる。
 アニーは笑い、空になったグラスに再び酒を注いだ。身を乗り出した彼女の明らかに染めたと見える赤い髪が、さらりと肩を零れ落ち、やけに艶かしく見えた。
 ウェイはその様を目を細めて見つめ、ふと揺れる液体へ視線を落とした。
「今日のは笑えるぐらい駄作だったな。ラストだけは気になったから、とりあえず最後まで見ようと粘ったけど…………それも結局、意味なかったし」
 琥珀の液体に映る自分の姿が、不安定に揺れる。
「近くで飛び下り自殺があったんだ」
 酒棚にボトルをしまおうとしていたアニーは、ウェイを静かに振りかえる。
 ウェイは黙りこみ、やがて溜め息をついて、ナッツを口に放った。
「おかげでラストシーンを見逃した。そっちに気をとられて。……迷惑なことだ」
「映画館に行ったらいいのに。ガタガタ震えて見ることはないし、周りもうるさくないし、……自殺者が降ってくることもないわ」
「金がもったいない」
 アニーのごく当たり前な提案に、ウェイはごく当たり前に答えた。悩ましげに紫煙を吐き出し、アニーは目を細める。 
「真のマニアは金を惜しまないものよ」
「惜しむ金すらないマニアもいるのですよ、アニーさん……」
 情ない言葉を、ウェイは嘆息まじりに呟いた。
 タイムズ・スクエアの角にある大型百貨店の巨大スクリーンは、普段は新商品の宣伝などを流しているが、時折ああしてジャンク映画を流している。無音なのだが、ご親切にも字幕がついている。最近ではほとんど見ることのできないジャンク映画を、街中とはいえああして流してくれるのは、金のないマニアにはたまらないことだった。当然だが、無料なのだ。
 息も凍る真冬に、冷たいコンクリートの地面に腰を下ろし、最低でも一時間は顔を上げつづけていなくてはならないのは相当つらいが、金を払って映画館に行くよりはマシだった。
「よくやるわ」
「……言うと思った」
 アニーのお決まりの台詞である。これを言われると、どうにも自分が情ないことをしているように思えてくるのだ。ウェイは苦笑する。
「けど」
 彼はカウンター脇にどっしりと置かれたレコードプレーヤーへ視線を送る。
「アニーの骨董マニアぶりには敵わないと思うけど? 針なんかで音楽が鳴るレコードとかいう謎の代物、紙に印刷してある不経済な新聞、梁剥きだしの木造建築に、ロボット一匹もいない店内……音声対応の冷暖房もなけりゃ、グラフィックスピーカーもない上、照明は固定タイプ、机に電脳チップも設置されてない、果ては手動ノブ式の扉……まだまだ出るぞ」
 アニーは形の良い眉を楽しげに持ち上げた。それを真似してウェイもにやりと笑う。
「好きだけどね。大昔の酒場なノリ」
「本当はレコードも蓄音機がいいのだけど」
「……それ、地球上にこれだけあれば奇跡なんですが」
 肩のすぐ横で万歳のポーズをとって、十本の指をひらひらと動かす。
「骨董好きは、人間らしい証拠よ。自動で開く扉なんて……いつか人間の手は退化してなくなるわ」
 自動ドアが出来て百何年たったと思っているのだろう。何かと機械化されたこの時代にあって、間違いなく変人扱いされるだろうことを、アニーはあっさりと言ってのける。
 ウェイはそんな彼女の表情を、同意の笑みをもって見つめた。
 その笑顔に、影が落ちた。
 今までの軽い様子とは異なる、深い、複雑な色の影だった。
「……ジャンク映画が好きなのも、人間らしい証拠だろ、アニー」
 ウェイは口元に笑みを残しながら、ほんの少し躊躇って、ひっそりと呟いた。濃緑色のレンズを通した視線は、揺れるグラスの中の液体をただじっと見つめている。
「もう、六年だ」
 ピアノのしっとりとしたソロが、それきり口を噤んだウェイの耳に優しく流れてくる。
 アニーは何も言いかえしはしなかった。彼女の表情は、うつむいた彼には確認することはできない。
 ふと、マニキュアの塗られた長く形の良い指が、頬に触れた。顔を上げると、綺麗に化粧された顔が目の前にあった。化粧の仕方までが古い時代のものだ。今では誰もが時代遅れと言うだろうに、彼女には良く似合う。
 指先が、サングラスのフレームに触れる。
 ──だが、その手はすぐに引っこめられた。
「……いらっしゃい」
 アニーが姿勢を戻し、顔を酒場の入り口へと向ける。冷たい外の空気が入ってきて、ウェイはうつむいた。
『……のニュースをお伝えいたします。ペンシルバニア州ハーツ……』
 新たに入ってきた客は、ウェイも良く知っている常連客だった。前時代のラジオを小脇に抱え──店の性質上、常連客のほとんどが骨董マニアだ──、当人が無口なかわりにラジオに雄弁に語らせながら、壁際の席につく男だ。
 予想通り、男はそのようにした。新しいグラスを棚から取り出し、アニーはカウンターから出て男の方へと行く。
 カウンターを出る時、空になったナッツの小皿に、細い指がアーモンドを一つ落としていった。ウェイはうつむかせたままの顔を、かすかにほころばせた。
『……2098年、警察官殺害、および不法居住区において大量虐殺事件を起こした罪により服役中のフレデリック兄弟が、昨夜未明、脱獄。その続報が入ってきましたので、お伝えします』
「お、来たか」
 男が珍しく声を荒げて、ラジオへと身を乗りだした。
 アニーもまたテーブルに手をつき、ニュースに耳を傾ける。
『逃亡には外部からの手助けがあった模様で、脱獄後の行方はまだ分かっていません』
「……なんだ。昨日のニュースとちっとも変わらん」
「警察がこれじゃ、戻ってくるのも時間の問題ってところかしら……」
 ウェイは二杯目のブランデーを飲み干し、アーモンドを噛みしめた。ポケットからコインを三枚取り出し、空になったグラスの中に音をたてて落とす。
「ごちそうさま」
 立ち上がってアニーに声をかける。
 ラジオに聞き入っていたアニーは、ウェイの声に顔を上げた。
「これから仕事?」
 マフラーを首に巻きつけ、手に馴染むほど使いこんだ革手袋をはめながら、ウェイは乾いた笑いとともにうなずく。
「そろそろ家賃滞納がばれる頃だからな。こいつよろしく」
 ウェイは肩で丸まっていた機械動物をテーブルに下ろした。不思議そうに見上げてくる機械動物の頭を軽く叩き、笑う。
「いい飼い主、見つけろよ」
 アニーはカウンターに置いたままの畳まれた新聞を指さした。
「持っていって」
 うなずいてそちらへと足を向け、新聞を手に取ったウェイは、アニーに目を向けた。
「面白い記事は?」
 アニーは意味深げにウェイを見つめ、小さく首を振った。
「いいえ」
「そう……」
 不意に、彼女が含み笑いで続けた。
「ウェイ。もし暇があったら、ガスレンジを探してくれないかしら」
 ウェイは眉を上げ、降参とばかりに手をあげた。
「ガスときた」
「ガスのレンジの方がおいしく料理が出来るのよ。お代はペットの委託料、それに手作り料理でどう?」
「そりゃ楽しみ」
 ウェイは口端を持ち上げた。
「必ず見つけると約束しましょう?」







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