小説(長編小説)ラ・ク・リ・マ|NO.001 1


 思い出すのは、百年以上昔のSF映画だ。
 Junk Movieジャンク・ムービー(ガラクタ映画)。
 西暦2000年以前に製作された映画は、今ではそのように呼ばれている。
 デジタル化された現代の映画界にとってみれば、「ビデオテープ」というアナログの形状に記録された当時の映画は、ガラクタ同然だった。よほど有名な作品ならばデジタル化し直されているが、ほとんどの映画は、ビデオテープのまま、骨董品店の奥底で眠っているありさまだ。
 もし見たいと思ったら、ビデオテープを手に入れることはもちろん、専用の再生機器を、古い写真を元に見つけ出さなければならない。多大な労力と金を必要とすることは言うまでもないだろう。
 もちろん、そんな苦労をせずに見る方法もないわけではない。
 たとえば映画博物館の展示試写。現代映画からジャンク映画まで、ありとあらゆる時代の映画を扱っていて、年代別に分けられたコーナーには必ず、その時代の映画が展示試写されている。ただし入場料が高い。
 もしもっと安価で見たいなら、ジャンク映画専門の映画館に行くという手もある。治安の悪い場所にしかなく、館内は汚物の悪臭と麻薬の匂いが漂っているし、妙な連中も絡んでくる。公開作品の直前変更なんてしょっちゅうで、アクションを見るつもりがいきなりポルノ映画になっていたりするが、映画には欠かせないポップコーン程度なら置いてある。
 ──だが、彼がそれを見たのは、街中だった。


 公衆電話のボックスに背をあずけ、掃除用ロボットが磨きに磨いたタイル張りの地面に、膝を抱えて座っていた。
 そこは通行人が足早に行き交う、大都市の目抜き通り。
 ロゴ入りの風船や、ティッシュを配る商業用ロボットの駆動音。エアジェットのクラクション。店から聞こえる雑多な音楽、街路樹のざわめき、人々の足音……。賑やかな音に囲まれて、けれど彼はそれらの喧騒を耳から追いだし、ただそのスクリーンを見ていた。
 通りを挟んで正面にそびえ立つ、三十階建て大型百貨店。その壁面に設置された巨大スクリーンは、普段は店の新商品のCMを流しているが、何故か時折、ジャンク映画を流しはじめる。
 その日流れていたのは、一本のSF映画だった。
 粒子の粗い平面画像。背景の合成も丸分かりで、臨場感など欠片もない映画。それでも彼は食いいるように、スクリーンの向こうの、仮想世界を見つめていた。
 物語の舞台は、何もかもが機械化された、その時代にとっての(今となってはもはや過去の)未来都市。全てが機械化された街に住む人間たちは、複雑で難解な人間関係よりも、従順な機械との関係に関心を向けていた。
 そうする内に、彼らはいつしか「感情」を失いはじめる。まるで自分自身が機械になってしまったように、優しい言葉も、温かな微笑みも、豊かな笑い声も、悲しみの涙も、何もかも忘れて機械のように無情になっていったのだ。
 主人公は、感情を失うことのできなかった、わずかな数の人間たち。
 彼らは必死に人々の感情を呼び覚まそうとする。しかし人間たちは無表情に彼らを見つめ、ただ冷たい顔をそむけるだけだった。


 ニナ、だっただろうか。
 主人公の恋人の名前。
 彼女の流した透明な涙が、
 ひどく印象に残っている。



 それは、彼が生まれて初めて見た、「涙」だった。

NO.001 MAD'S MAD CITY!



『……日新装開店! 五番街が誇る世界最大おもちゃ専門店F.A.OシューワルツXT! 新装開店セール、五十パーセント割引は当たり前! サイバーキッカー、グラフィック・デジオネス、他では売り切れ続出の人気玩具を、常に在──』


 高層都市の谷間を、派手なペイントを施した宣伝用ジェットが、妙に明るい女の声を流しながら、最低速度ぎりぎりで飛んでゆく。その横を、真っ赤に塗装されたエアジェットが、からかいのクラクションを鳴らしながら、高速で駆け抜けていった。
『規定速度超過、規定速度超過、赤のジェット、ただちに車体を停車区域に寄せよ』
 途端、二台のポリスジェットが、建物の影から飛びだした。
 サイレンを鳴らしながら、凄まじいスピードとアクロバット飛行で、赤いエアジェットの追跡を開始する。あっという間にポリスジェットに追いぬかれた赤いジェットは、仕方なく停車区域に車体を寄せた。横づけしてきたポリスジェットに、運転手が窓から運転免許証を差しだす。
『……を保有! 皆様のご来店を心よりお待ちしております!』
 その横を宣伝ジェットが、まるで馬鹿にしたようにのろのろと追いこしてゆく。赤いジェットの運転手が何か言ったのだろう、警察官がその頭を殴りつけた。


「手間かけさせやがって、クソめ」
 ぶつぶつと文句をたれつつ、警察官は受けとった免許証から、運転手の顔写真を呼びだした。免許証の上空に、確かに運転手本人の生意気な面が、立体画像ホログラフィで浮かびあがる。
「ちょっとスピード出しただけだ、いちいち目敏い連中だぜ」
 ジェットの中を覗いた警察官は、その悪趣味さに顔をしかめた。ボディの色に合わせたのだろう、シートカバーもハンドルも、何もかもが毒々しい血色で揃えられていた。運転手の愚痴とともに出した舌も、やけに赤い。
「そんなに急いでどこへ行く気だ?」
 警察官は首を振りながら、免許証の減点パネルを三回叩いた。免許証中央に埋めこまれた液晶画面の、すでに残り少ない点数ゲージから、三点分がさらに引かれる。
「愛しいオレのご主人サマを迎えに行くのさ。どうでもいいが、あんたらキップ切ってる暇があったら、道路が汚れないよう、もっと上の方見張ってろよ」
 返された免許証を乱暴に奪いかえし、運転手はがっしりした腕を窓の外に出し、親指をくいっと立てて上空に示した。
自殺志望者ダイバーを見かけましたよ〜、てっぺんの方で」
 にやりと笑う運転手の言葉に、警察官は忌々しげに舌打ちした。
「クソしかいねぇな、この街は」
「あんたもクソさ。政府のな」
「お前も主人のクソだろ、お迎えご苦労だな、とっとと行っちまえ……ガズ! 高度を上げろ!」
 運転席の同僚に指示を出すと、ポリスジェットはすぐさま赤いジェットの側を離れ、垂直に高度を上げて、飛び去っていった。耳障りなサイレンが遠ざかってゆく。
 運転手はそれを見送ってから、免許証のウィンドウを見下ろした。
「三点減点か。三点で済ませたことを後悔するこった」
 赤いジェットは急発進し、今度は捕まらないよう、超高速で飛び去っていった。

+++

 西暦2070年。
 世界の環境破壊は目に見えて深刻化し、気付かぬふりをし続けてきた人類は、足元にまで迫った世界崩壊の気配にようやく焦りを覚えはじめた。
 世界統一国家GPS(Global Peace Station)はこの危機的な状況に、世界規模の環境保全計画を発表。森林の過剰伐採を広く禁止し、同時に可能な限りの植林を行う──つまり人工の大森林で地上を埋め尽くすという、途方もなく大規模な計画が立案された。
 計画は三年という異例の速さで実行に移され、西暦2090年、世界は大きく変貌を遂げた。
 地上という地上を覆いつくした、若々しい大森林。鳥が空を舞い、花々に溢れた大地。人工の自然が息づく地球は生命に満ちていた。かつての大都市は瓦礫となって苔むし、まだ細い木々の根に埋もれて、人の目に触れることなく眠りについた。これらは「偉大なる廃墟」と呼ばれ、汚染された都市の姿は、少しずつ人々の記憶から消えてゆくこととなる。
 それにともない、人類の居住地もまた変化していった。
 従来の都市は、地面を土台に建物を横へ横へと並べてゆく、土地を基盤とした形をしていた。広大な土地を無駄に使用した形態だ。森林の過剰伐採禁止により、制限されることとなった人類の居住地。これまでの都市形態はそんな時代にあまりに不適合だった。
 そして現れたのが、「超高層型都市」である。
 超高層型都市とは少ない土地を基盤に、反対に無駄に余されていた「空」という空間を利用した、空間基盤の都市のことだ。建物の上に建物を、その上にさらに建物を。建物をまるで積み木のように上へ上へと重ねて建ててゆくのが、この都市の基本形態である。
 最高高度200メートルにもなるこの都市の建設には、技術者たちの最新技術が余すことなく注がれた。超高層化により遮断される太陽光に代わって、都市間に何千と浮遊し、地上に自然と変わらぬ光を降り注ぐ「浮遊人工太陽光体」、高層化により引き起こされる空気の悪循環、重い汚染空気の地上停滞を防ぐ「大気正循環システム」の開発など、本来ならば自然に行われるべき事象すらも、機械によってコントロールできるようになった。
 ゆえに超高層型都市は「超機械都市」とも呼ばれ、輝かしく発展し始めた世界の象徴として称えられることとなった。
 そして新世紀を迎えた、西暦2101年。
 この都市を中心として、世界は今まさに機械化社会全盛期に突入しようとしていた。


 ――2101年11月22日。
 世界国家GPS付属アメリカ行政区ニューヨーク州、
 超高層型都市「ファースト・ジオ・マンハッタン」


『……五番街が誇る世界最大のおもちゃ専門店F.A.OシューワルツXT! 新装開店セール、五十パーセント割引は当たり前! サイバーキッカー、グラフィック・デジオ……』
「デジオネス、他では売り切れ続出の人気玩具を、常に在庫補充で充実した……」
 ウェイは繰りかえし聞こえてくるおもちゃ専門店の宣伝を、うんざりと真似た。
 道路脇に置かれたゴミ箱の前で立ちどまり、手にしていたスナック菓子の袋を口元に運ぶ。底にたまっていたカスを口に流しいれ、きれいに空にしてから、ゴミ箱へと放りこんだ。袋はゴミ箱の中で光熱処理され、一瞬にして粉末と化した。
 ウェイはマフラーの下で生欠伸を噛み殺し、来た道を引きかえした。
 休日の昼だからか、大通りはいつもよりも人が多い。身軽に、ちょっと買い物に来た様子の者もいれば、いかにも観光客な者もいる。空車道からも、何台もの都市タクシーが下降してきては、客を降ろして飛び去っていった。
 その中の一台、街路樹脇に停車した黄色いタクシーから、家族連れが下りてきた。兎と猫を混ぜたような生き物を腕に抱えた子供が、荷物を引っ張りだしている親の側を離れ、駆けだす。よそ見をした一瞬、子供はショウウィンドウの前をのんびりと歩いていたウェイの背中に、勢いよく衝突した。
「……とっ」
 ウェイは数歩前によろめく。
 拍子でずれたサングラスを指で直し、何ごとかと背後を振りかえると、すぐ後ろで子供が一人、地面に尻餅をついて倒れていた。文句を言いかけたウェイだったが、子供の地面についた手の脇で、ジジジ……と音をたてながら痙攣を起こしている生き物に目を留め、口をつぐんだ。
 ウェイは身を屈めて、そのリアルな造りの『機械動物マンメイド・アニマル』を拾いあげる。彼は手の上でぎこちなく動くそれを見下ろすと、まだ起きあがらない子供に差しだしてやった。
「すぐ直る。……大丈夫だ」
 子供は地面に手をついて立ちあがり、ウェイの手の上で鈍く動いているペットを一瞥した。そしてそのまま無表情に身をひるがえすと、何ごともなかったように家族の元へと飛びこんでいった。
 振りかえりもせず、人ごみへと消えてゆく家族連れを無表情に見送り、ウェイは壊れた音をたてる動物を抱えて、再びゆっくりと歩きはじめた。








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