ラギルニットの突撃!隣の晩ご飯

いってらっしゃいっス編

「酒三昧っス」
 テーブルの上にでろんと顎を乗せ、シャークはどろんと呟いた。
 目の前には、空の酒瓶の列。トゥーダ産の高級果実酒から、ケナテラ産の純米酒まで、およそ口合わせが良いとは思えぬ数十種の酒瓶が、綺麗に三角形になるように並べ立てられている。
「破滅的人生っス」
 ゴロゴロゴロ。
 シャークの溜め息に、すぐ鼻先で起立した瓶が白く曇った。
 曇り硝子ごしに、何か丸い影が接近してくるのが見える。
 何だ、あの丸いの。
 そう思った瞬間。

 ガコーン!
 ゴッ。

「───」
 顔の半分ほどの大きさもある石の球が、シャークの鼻頭を瓶ごと叩き潰した。
「あ、悪い悪い、シャーク」
「……」
 シャークは、自分の可愛らしい小鼻を潰して止まった石球を手で払いのけ、四方に転がった十本の空き瓶の向こうで、あははと頭を掻いて笑っているバザークを、るるるーと見上げた。
「ひ、ひどいっス」
 払いのけた石球がテーブルをゴロゴロと転がり、「ズゴン!」という音とともに、船長室の床にめり込む。
「オレはボーリングのピンじゃないっスぅ」
「進路のど真ん中に座ってるお前が悪ぃんだよ」
 二球目の石球を手にして、バザークの後ろで順番待ちをしていたダラ金が、肩をそびやかして言った。友人とは思えぬ無情な一言である。
「オレが先に座ってたっスーひどいっスーめそっスー」
「だぁら初めに、ボーリングするからどけって言ったでしょーっての。はいはい、どいたどいた」
「シャークも混じれば? 楽しいよ」
 転がり散った酒瓶を拾い集めるバザークと、受け取って再びテーブルの上に並べ始めるダラ金に席を追いやられ、シャークは仕方なく、一人寂しく部屋の隅っこに腰を下ろした。
「はーいお待たせさん! 酒追加だよ~」
 そこへ嬉しそうに酒瓶を抱えたクロルが、扉を足であけて、船長室へと戻ってきた。
 クロルは床に背を丸めて座っているシャークを見下ろすと、真っ黒な目をまん丸くした。
「あれ、なんだいシャーク。床なんかに座っちゃって」
「……アンニュイ中なんでス」
 いつもながら、訳の分からない受け答えである。何やらへこんでいる様子のシャークに、クロルは「へぇ?」と適当に頷いて、とりあえず一本酒瓶を彼の前に置いてやった。
「あー、なんだいあんたたち! なにそんな楽しげなゲーム、あたし抜きでおっ始めてんだい!」
「だって……なかなか帰ってこねぇんだもん」
「文句あんなら自分でとってきな。か弱い女に労働させんじゃないよ!」
「一番欲しがったのは、クロルだろー」
「嗚呼、なんて身勝手な君オレの心は弄ばれるばかりだ!」
 クロルとダラ金とバザークが、酒が入ってようが入ってまいが、一向に変わらぬノリで、笑いながら小突きあいを始める。しかし彼らの興味はさっさと酒へと移り、馴れ合いの喧嘩はさくっと終了した。
「おおー! この酒、アルコール度60度だって!」
「さすが炎花現名物、火酒! そんじゃそこらのお酒どもとは、格が違いますなぁ!」
 瓶のコルクがきゅぽんっと外される。
 それとほぼ同時に、再び扉がギギギと開かれた。
「うっわー! ぐざい~っ!」
 現れたのは、即座に鼻をつまんだ船長ラギルニットである。
 クロルはケラケラと笑いながら、あらやだよ~と近所の奥さんみたいに手を払った。
「そこのシャークが、もう腐り始めてててねぇ」
「えー!? シャークの腐臭なの!?」
 酔っ払いのくだらぬ冗談に、ラギルニットが即座に乗ってくる。
「そうさーシャーク臭さー。そうさーしゃーくしゅうさー。なんだい! 言いにくいねぇ!」
 憤る部分でないところで憤慨するクロルに、ラギルニットはけたけたと笑い転げた。
 ゴロゴロゴロガコン!
 ダラ金が再びボーリングを始める。十本の酒瓶が、酒の残り香を撒き散らしながら、テーブルから床へと転がり落ちてゆく。
 シャークはふるふると酒瓶の長い首に手を伸ばした。
「そうさシャーク臭さ、って三回言ってみな、ラギル」
「そうさしゃーくしゅうしゃ、しょうささーくしゅうしゃ、しょうしゃーっ……ぎゃー!」
「あはははははは!」
「ぎゃ! 一本残った、くそー! この石球、歪んでんじゃねぇの!?」
「ららら、へったくそ~」
「美声でくだらねぇ歌を歌うな、バザーク!」
「そうさーシャーク臭さー!」
「あははははは!」
「うはははは!」
「ひーっひひひ!」
「はははは!」
 ──ぶちっ。

「っ不健康────!!!」

 突如のことである。
 雄叫びとともに、いきなりテーブルが反転して、宙を舞った。
 へ? とポカンとする四人の眼前で、全てはスローモーションに展開した。
 宙を飛ぶテーブル。天井にぶつかるテーブル。降って来るのは木屑。落下するテーブル。

 ズガシャァア──ン!

 十本の瓶が転がる床へと落下したテーブルは、砂埃と硝子の破片を吹き飛ばして、盛大に崩壊した。
「──」
 呆気にとられる海賊四人の前から、埃の煙幕が引いてゆく。
 やがて茶色い視界の向こうに、ずーんと現れたのは、丸眼鏡をギランと輝かせたシャークの姿だった。
「アンタら、不健康っス!」
 酒瓶を砕けんばかりに握りしめたシャークは、びしぃっと四人に指を突きつけた。
「毎日毎日毎日毎日、朝から昼から夜まで延々酒三昧の、酒酒酒! 不健康そのものな生活っス!」
 硬直する四人をよそに、シャークは丸眼鏡から大量の涙を零しながら、ぐあああっと吼えあがった。
「っこんな酒づくしな毎日だから! そんないやっらしい! ねちっこい! べろんべろんのどろんどろんのっ! オレのプリティノーズを石球で潰したって、反省一つできないような、不健康極まりない性格になるんスよ──っっっ!」
 はぁ、はぁっ。
 肩で息をするシャークを、大人三人は内心ムカッとしつつ、とりあえず穏やかにふるまって反論をはじめた。
「だってこの大雨で、航海の足止め食らってもう3日よ?」
「そうそう。酒でも飲んでなきゃ、やってらんないって」
「というか、アンタもさっきまで飲んべんだらりんだったじゃないさ」
「シャークさーん?」
 反論を始めるなり、耳に指を突っ込んで聞かないフリをしているシャークに、三人は白けた視線を向けた。シャークは三人の口の動きが止まったのを見ると、ビッと指を引っこ抜いて、再びガァッと口を開いた。
「こんな飯もろくに食べずに、酒ばっか飲んでるなんて、あんたらだけっス! 世の中の皆さん、もっと、まともな食生活してるっス!」
「だぁから! さっきからシャークも酒を飲んで……っ耳から指を離しなー!」
 性懲りもなく、耳の穴に突っ込まれたシャークの指を、強引に引っぺがして、クロルは丸眼鏡の耳下で大きく口を開いた。
「第一、あたしら以外の世間様だって、酒づくしに違いないよ! 人生くたびれはてて、毎夜酒に溺れてるに違いないね! 見てきたみたいなこと言いやがって……オラオラ、観念して酒に飲まれちまいな!」
「ああいやだいやだ! 酒の話となると、すーぐムキになるんスよ、酒に弱みのある人間というのは!」
「なぁんだってぇ!?」
 見苦しく酒について争う二人を、豪胆にも楽しげに眺めていたラギルニットは、互いの首を絞めあう二人をきょろきょろと見比べて、にぱっと笑った。
「じゃあさじゃあさ、今度タネキアに戻ったら、おれ、港町の友達んち行って、どんなご飯たべてるのか見てくるよ!」
「あ、それ楽しげ」
 暇を持て余しきっていたダラ金が、ラギルの提案におっと手を叩く。大砲の弾でボーリングするのも、最初は面白かったが、さすがに三日目ともなると飽き飽きなのだ。
 だがその提案に、誰よりも過剰に反応したのは、シャークだった。
「それっス」
 シャークはキランッと丸眼鏡の端を光らせると、どこぞの家庭教師みたいに、くいっと眼鏡のフレームを整えた。
「それっス! 疑うなら、そう、見てくるといいっス! ちょうどこれから夕飯時ッス。今からお隣さんの夕飯でも覗いてきて、そして人生をべこべこ反省すればいいんスあんたらなんか!」
 いつも通り唐突な提案に、酒に弱みのある人間扱いされたクロルがバンッと机を叩いた。
「ハァ!? アホかい、あんた! お邪魔しま~す夕飯見せてくださ~いで、食卓風景見せてくれるとでも思うんかい、不自然に無邪気なガキと、柄悪い金髪だらだら男と、無駄に美形が不審にドアノックしてさ!」
「無駄に美形て」
「クロル! クロルはそこに正座するっス!」
 超馬鹿にした顔で、鼻の穴からフンッと息を出すクロルの首を、ほとんど本気で絞めながら、シャークはビシィッと足元を指差す。ついで、その指をビシィッと見物人に回ってる三人に向けると、シャークは口早に先ほどの提案を繰り返した。
「そんで、バザークとダラ金と、ラギルは世間様の夕飯を見てくるっス!」
「は、はい!?」
「ちょっと、アタシは!?」
「クロルは更正の余地なし! 特別スペシャルシャークちゃんのお説教開始っス!」
 バザークが口元を引きつらせ、無理やり正座させられたクロルが思わず立ち上がろうとする。それをベシィとチョップで制して、シャークはおもむろに、部屋の隅にある寝棚に向った。
 そして。
 バサァッ!
「そこで一人さりげに寝こけてるホーバーも、行ってきて、他の人の平均睡眠時間を見てくるっスー惰民――――!」
 くるまっていた布団を剥かれ、この騒ぎの中、一人ぐーすか眠っていたホーバーは、「んあ?」とまるで状況の分からぬ顔のまま、寝棚から蹴り落とされた。

 ペッ!
 ペッペッ!
 ペッ!
「それじゃ」
 甲板へと蹴りだされたダラ金、ラギル、バザーク、ホーバーの四人は、扉の隙間から薄暗い笑みを向けてくるシャークを、冷や汗まじりに見返す。
「いってらっしゃいっス」
 ぱたん。

02へ

close
横書き 縦書き