老いた者たちの会合

03

 耳が痛くなるほどの静寂の中、街で過ごしていたバクスクラッシャーの面々が、小船を漕いで無人島へと向かう。
 雲一つなく晴れ渡った空から、白い光が海面を照りつけた。
 その美しい光景の中、誰もが無言だった。
 昨夜の凄まじい竜巻。港町の一部も竜巻に飲まれ、家々や木々や人々がその姿を消した。
 バックロー号に残った老人たちを助けに行きたかったが、それは不可能だった。
 眠れぬ苦しく長い夜。
 やっと風の治まった頃には、もう空は白みはじめていた。
 小船が無人島にたどり着き、彼らは船のあるはずの入り江へと駆ける。しかしそこに、見失うはずもないあの巨大なバックロー号の姿はなかった。
「船の巣かも! 行ってみよう!」
 船長のラギルニットが必死の思いで皆をうながす。
 その声に励まされ、船員たちは船の巣へと向かった。


 巨大な岩山に穿たれた自然の洞窟。その深い暗がりへと、ラギルは真っ先に飛び込んだ。
 目が慣れるまでの時間が鬱陶しい。黒い水をたたえる洞窟の壁際にある、自然に出来た細い道を歩き、一向は奥へ奥へと進んでゆく。
 誰かがカンテラに火を灯し、洞窟にわずかな光でほんのりと明るくなった。
 そしてその光は、巨大な船の影を浮かび上がらせた。
「バックローだ!」
 大きな歓声が洞窟内にこだまする。
 そこには確かにバックロー号がいた。見上げると圧倒的な巨大さでもって、船の側面部が迫って見える。
 だが、静まり返ったバックロー号は、ぞくっとするほどに不気味だった。
 カンテラに照らされ、微妙な陰影をつけるカラ・ミンスの船像が、異質なものに見える。
 静かすぎる。
 副船長のホーバーが左舷下まで近づくと、鉤つきのロープを縁へと投げつけた。それをつたって、何人かが甲板に上がる。


 甲板に着いた者たちは、一様に青ざめた。
 船上はひどい有様だった。
 破れた帆、転がるボート、穴の開いた床板、ぶちまけられた青いペンキと黒いタール。それらは昨夜の竜巻の凄さを、物語っているに違いなかった。
 だが、それよりも何よりも……。
「……じーちゃん!」
 ラギルが悲鳴をあげて、舵台へと駆け出した。
 舵台の側で、四人の老人が倒れていた。
「いびきかいてねぇ!」
 ラギルに続いて駆け寄ってきたワッセルが、そう言って首を振った。いつも寝るときは猛烈ないびきをかくヴェスが、いびきをかいていないのだ。
 まさか。
 船員たちの中に、嫌な予感が走った。
「いやだよ……! 目を開けてよ、じーちゃん!」
 ラギルの大きな瞳から、大粒の涙が零れだす。
「そ、そんな」
 誰もが愕然と頭を垂れた。
 やがて甲板は、堪えきれずに漏れ出でたすすり泣きでいっぱいになった。
 酷い神の皮肉だった。なんという皮肉なのだ。何故よりによって、四人の老人がクジを当てた時に竜巻が……。
「……じじい」
 いつも先頭に立って老人たちを罵っていたワッセルが、前に進み出た。
 誰もが言葉を失い、甲板に突っ伏して涙する中で、彼は静かに呟いた。
「老いぼれが無茶するから。──けどあんたらは、やっぱりすげぇよ。だってあんたらは、たった四人で船を守ったんだ」
 普段決して涙を見せることのない乱暴者ワッセルの頬を、一筋の光るものが伝い落ちた。
「……じいさん。あんたらは、バクスクラッシャーの英雄だ……!」
 張り上げた声に、誰もが顔を上げた。
 それに反対する者など、誰一人として存在しなかった。
「……気づくのが」
 ふと誰かが、ワッセルの後を継いで、彼らへの追悼の言葉を述べはじめる。
「……遅いっちゅーんじゃ、馬鹿者どもめ……」
 その感動的な言葉に、誰もが涙を流した。
 誰もが涙を……ん?
「おっはよーんっ!」
 突如、四つの皺枯れた死体が起き上がった。
 それは紛れもなく、あの四人の老人たちだった。
「…………な!?」
「そーうじゃろう、そうじゃろう! やっとすごいと認めたか!」
「老い先短いわてらじゃから、出来たっちょ! 未来あるガキどもにゃできん勇気ある行動だでけ!」
「やはり我輩らがバクスクラッシャーにいないと駄目だな」
「まったくです」
 涙を流したまま絶句する若者たちをよそに、蘇った死体たちは口々に自らを賞賛し始める。
 ラギルは真っ赤に腫れた目をパッと輝かせ、嬉しさのあまりラヴをぎゅっと抱きしめた。
「……っじーちゃん! 生きてたんだね!」
「おー、ラギルよ! 騙してスマンかったのう、これも若者どもを見返すためじゃて……許しておくれ。おーおー、めんこいのぅ!」
「まったく奇跡ですよ。あの時は本当に駄目かと思いましたから」
 頬をすりすりし合う二人の横で、マートンはしみじみと腕組した。
 あの時。
 四人全員が死を覚悟したあの時。
 まるで祈りが通じたかのように、暴風がふっとやんだ。
 それどころか、風もないのに緩やかな波がたち、完全に停止した船を船の巣まで運んでいってくれたのである。
 奇跡的に船の巣までたどりついた途端、再び洞窟の外は暴風が逆巻きはじめ──直後、竜巻が眼前を通過していった。
 それは、神の加護としか思えない奇跡だった。
「ああ、本当に、命拾いしたわ。まさにカラのご加護だな。我輩らの日ごろの行いがあまりに良いから」
 ヴェスの威張りくさった物言いに、老人たちとラギルがまったくだ!とばかりにうなずいた。
 しかし歓喜する彼とは反対に、洞窟内は奇妙な静けさで満たされてゆく。
「これを機に、お前ゃら、少しはわてらを敬うことっちょね!」
 隅にわだかまる暗闇が、どろどろと大きくなってゆく。
「我輩らのような大人な大人を目指して、ま、せいぜい我らの行いを見習うがいい」
 果ては気温までなんだか下がってゆく気がするのは、気のせいだろうか。
「……ま、わしら四人のような素っ晴らしい~爺ィになるのは、そりゃあ大変なことだがのぅ?」
「まったくです! あははは!」
「あ、フェルカ! くじの裏工作ありがとうっちょえ!おかげで若もんども、見返すことができっちょばい!」
「は、はい……ってそれは言わない約束……」


「……っふっざけんなぁー!! こんのもーろくスペシャルくそサンダーエロじじいどもぉぉぉぉ!」


「英雄に向かって何たる口の利き方じゃ、ワッセル!くそガキャぉあ!」
「だーれが英雄だボロぞーきん! てめーら何もしてねぇだろうが! 神のご加護なんだろうが能無し毛虫の老いぼれぇええ!」
「ワッセルに一票だバカがタコが皺くちゃ性悪ジジィどもがぁあ!」
「んー? 何も聞こえんなぁ。年じゃからして」


「さっさとくたばれ────!!」


 ラヴェッシュ六十五歳。
 カヴァンゼラ=ウァーシュ六十三歳。
 ヴェスドラル六十三歳。
 マートン六十歳。

 『船ピッカピカ作戦』は失敗に終わったが、彼らはバックロー号を救ったことで、自信と誇り、そして若者顔負けの元気を取り戻したのだった。


「また黄金の休暇、やりたいのう」
「そうっちょね!」
「……うむ」
「ではまたフェルカに……」

おわり

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